創業に近い頃からの売上推移のグラフです。
右肩上がりの時期もあれば、大きく落ち込んだ時期もあります。とりわけコロナ禍では、業績が急激に悪化し、そこから元の成長軌道へ戻るまでに、二年、三年という時間を要しました。(経営者人生の中で、やっぱり最も苦しかった時期です)
経営は、結果だけを振り返れば一本の線。
しかし、その線の内側には、数字には記録されない意思決定があります。迷いがあり、修正があり、踏みとどまった瞬間があります。
決して平坦な15年ではありませんでした。
会社の存続を現実的に考えなければならない局面もありましたし、容易に答えの出ない問いを抱え続けた時期もあります。それでも事業を続けてこられたのは、お客様が僕たちの提供する価値を信じてくださり、共に働く仲間が、それぞれの持ち場で責任を引き受けてくれたからです。企業の成長とは、経営者一人の能力でつくられるものではありません。
数多くの選択と、数多くの人の仕事が積み重なり、あとから一本の曲線として可視化されます。その意味で、会社のグラフは単なる業績推移ではなく、そこに関わった人たちの営為の集積なのだと思います。
5%を、どう見るか
僕たちが鍼灸業界に参入したのは、15年ほど前。
当時は、「美容鍼」という言葉は、ほとんど社会に浸透していませんでした。「鍼灸」と口にしても、「ん?しんきゅう・・・?何ですか」と聞き返されることが珍しくありません。今とはまるで異なる景色でした。
それが現在では、「美容鍼を受けてみたい」「以前、受けたことがある」と話す人が明らかに増えています。変化は確実に起きてきたということです。
私たちが事業を始めた頃、鍼灸の年間受療率、つまり一年以内に鍼治療を受けた人の割合は、わずか5%程度と言われていました。一方で、病院を受診する人の割合は、ほぼすべての国民に及びます。
この差を見て、「鍼灸はニッチな市場だ」と捉えることもできます。
けれど、我々は違う見方をしていました。
3000年近い歴史を持ち、実際に多くの人の身体を支えてきた医療が、現代の日本ではまだ5%にしか届いていません。そう考えれば、それは市場の小ささではなく、むしろ未開拓の余地の大きさを示します。
事実は一つでも、どの補助線を引くかによって、そこから導かれる意味は大きく変わる。
5%という数字を限界と見るのか、余白と見るのか。その解釈は、事業の射程を大きく規定します。
3000年続くもの
もちろん、長く続いているからといって、無条件に正しいとは限りません。
歴史の長さだけで、現代における価値を証明することはできません。伝統を免罪符のように扱えば、かえって思考停止に陥ります。
それでも、3000年という時間には、看過できない重みがあります。
東洋医学がこれほど長く受け継がれてきた背景には、時代や地域を越えて、人間の身体に対して何らかの有用性を持ち続けてきたという事実があるはずです。
一方で、なぜ現代社会では十分に普及していないのか。その理由にも目を向けなければなりません。
大前提、歴史的な背景があると言われています。また、西洋医学と比べて、作用機序を明快に説明しにくい。治療者の技量による差も生まれやすい。効果を定量化しにくい領域もあります。
つまり、価値がないのではなく、価値を伝え、再現し、社会の共通言語へ変換する仕組みが、まだ十分ではなかったのだと思います。
僕たちが担うべき仕事は、古いものをそのまま守ることではありません。
長い歴史のなかで培われてきた知恵を、現代の生活者が理解し、選択できる形へ翻訳することです。
技術が、伝統の解像度を上げる
これから、AIやセンシング技術、データ解析の進化によって、これまで統計的に経験則として語られてきた東洋医学の効果が、より高い解像度で捉えられるようになる可能性があります。
どのような症状に、どの施術が、どの程度作用するのか。
身体の変化をどの指標で捉え、どのように再現性を高められるのか。
従来は治療家一人ひとりの感覚や経験に依存していた領域に、データという新しい補助線を引けるようになるかもしれません。
AIにより、これまで言語化し切れなかった価値を可視化し、その本質を社会へ敷衍するための技術になり得ると思っています。ワクワクします。
ただし、証明されることだけが、価値のすべてではありません。
人間の身体には、数値だけでは捉え切れない機微があります。同じ症状でも、生活、感情、仕事、睡眠、人間関係などによって、その現れ方は異なります。
身体を部分ではなく全体として捉え、一人ひとりの状態に向き合う。
この東洋医学の姿勢は、時代が進展するほど、かえって重要になるのではないでしょうか。
15年の先へ
15年前、私たちが見ていた市場は、まだ輪郭の曖昧なものでした。
けれど今では、美容鍼という言葉が広がり、鍼灸を日常的な選択肢として捉える人も着実に増えています。
当時描いていた仮説は、少しずつ現実になりました。
しかし、まだ5%から始まった市場の途中にいるにすぎません。
僕たちが目指しているのは、鍼灸を一部の人だけが知る特別なものにすることではありません。
身体の調子が悪いとき。
疲れが抜けないとき。
病気になる前に、自分自身を整えたいとき。
そして、キレイになりたいとき。
そうした日常のなかで、東洋医学が自然に思い出される社会をつくることです。
「東洋医学をくらしに。」
この言葉は、広告のためにつくった標語ではありません。
僕たちが事業を続ける理由であり、これからの意思決定を規定する基準でもあります。
3000年続いてきたものを、次の時代へどう手渡すのか。
15年という時間を経て、その問いは以前よりも明確になりました。
これまでの歩みを誇るよりも、まだ届いていない人の多さに目を向けたいと思います。
グラフの続きは、まだまだ右上に伸びていきます。