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再生核研究所声明 564(2020.6.4):  女性数学者の減少について


再生核研究所声明 564(2020.6.4):  女性数学者の減少について

(数学通信2020年5月号:写真展 Women of Mathematics: A Gallery of Portraits 開催報告と個人的な感想 (坂内健一) を読んで 数学界の在りようを考えた)
坂内氏の数学界の在りようについての存念は その最後の部分に上手く表現されているように思われる、すなわち、

数学は本来は、とてもおおらかな分野だと思います。 計算が好きな人も、抽象論が好きな人も、具体的なことが好きな人も、緻密な議論が好きな人も、大胆な発想が好きな人も、複雑な問題が好きな人も、素朴な問題が好きな人も、頭の回転が速い人も、じっくりと考えることが好きな人も、それら多様な人材が、出目や経済力、服装や髪形、家庭環境や国籍、そして性別などと関係なく、
各人それぞれの持ち味や強みが尊重されて自由に研究できてこそ、数学分野が力強く発展すると確信しています。

また、題名からも分かるように、女性数学者の割合の減少に憂慮の念を抱いておられることも分かります。
そこで、大学などでの 数学の研究者の構成上の問題 について、感想を纏めてみたい。
ここで、研究者は 数学の研究者になりたいと志し、一定の評価を得て、職を得る。それで、研究者の構成は決まって来る事実があります。それ故に 数学界を充実させ、数学を発展させるためには、まずは数学好きの人々を多くし、数学者の魅力が広く認められることが大事ではないだろうか。
これには逆の意見が出てくる可能性があるが一応は相当に認められるのではないだろうか。 - 数学は天才が開拓し、発展させるもので、大衆的になる必要はない 一部の才能のある者を考えれば良い と発想されても、高い峰は大きな広がりが有ってこそ、高くなり得、大きな広がりがあってこそ 文化は広く享受される と考えられるのではないでしょうか。
人口構成から言って、「国立10大学の数学系大学院の博士課程の女性比率が 3.5%」で 尚現象傾向にあるとの報告は 実情が実感できても 思えば幾ら何でも 既に何かおかしいのではないかと思われてしまう。逆にみると 数学は男性の学問かと考えられてしまうが、そのような考えは存在する可能性があるが、行き過ぎであると考える。その大義名分にも触れたい。
数学に関する情勢は どんどん厳しくなっていて、数学界は縮小傾向に有るのではないか との感覚が湧いて来る:

数学が高級すぎて 難しくなりすぎている、
数学界には 天才や秀才が多く、近づけない、また数学者は変わっている、
テレビで放映された 岡 潔 先生の生活では、厳しくて とても近づけない、
多くの数学者の人生は 厳しい感じを受ける、数学者の家庭は大変な印象を受ける、
人工知能を備えた計算機の発展で、数学者の必要性が減って行くように見える、
数学者の社会貢献が教育には認められても、研究成果の社会貢献は見えにくい、
数学者の数学教育は、必ずしも評価できるものではなく、逆に数学嫌いな人々を生んでいるような要素が感じられる、
コロナウイルスの流行で 数学の無力さを感じてしまう等。

さらに いわゆる大学の法人化後、評価、評価、さらに多くの要務の増大で大学の教育・研究環境の悪化は 抽象的な数学界の存在基盤を弱めているのではないだろうか。このような状況を思うと、女性数学者の減少は 簡単に理解できるばかりではなく、男性ですら 数学を志す者の減少はさけられないように考えてしまう。
日本数学会から発せられる様々な情報も 高等研究状況の扱いが多く、いわば世界の先端部分の情報で、数学や数学通信の題材は 高級すぎる、難しすぎて、いわば最高峰の情報が多く、数学の厳しさを表現しているように見える。多くの数学会の会員ですら、その様に感じられているのではないだろうか。 それで退職とともに会員を止められてしまう状況が結構あるが、これは淋しい。ー 志した仲間の集まりである会員を退職時に止めるは 淋しいのでは。基本的な交流、情報を断つように思えるからである。また、これでは仕方なく、会員であったとなりかねない。数学を研究ばかりではなく、文化の面から捉えて、より多くの人に目を向けていくのが良い方法ではないだろうか。数学で、研究、研究では厳しすぎるのではないだろうか。永い歴史を有する数学の創造的な研究は厳しく、急かされると修正的な、補助的な細かい結果を探して手っ取り早く成果を挙げたいと誰でも発想してしまうだろう。そうなれば小さな修正のお互いに、お互いに分からず ほんの仲間うちでの趣味の数学のようになってしまい、少し時間が経てば 空しい結果となりデータだけとして残り兼ねない。また確立した研究課題や、評判の研究課題に取り組めば、創造的な研究とは ある意味では言えない。真の意味での創造とは言えない。大事な結果とは、初期の基本的な概念にあるとも言え、高級で分からない結果は 抹消の結果と言える視点も存在する。
数学界はどのように在るべきか、それは生物繁茂のある原理を想起すれば良いのではないだろうか。 それは単に数学ばかりではなく、世の多くについても同様ではないだろうか。その原理を多様性に求めることができるのではないだろうか。 多くの多様な中にいろいろな芽があり、 雄大な世界に適用できるものがあり、それらの芽の幾つかがその組織を発展させる。このような視点を重んじて変わった研究課題を大事にし、多様な意見の中から新しい芽を探す態度が 大事ではないだろうか。 女性が少ないということは、 女性的な感覚や発想が疎かにされて、男性の世界観の偏見を増強させかねない。文化の享受の視点からも はなはだまずい状況と危惧される。
人事評価の面で、固定したある視点で 一様に評価する傾向は 問題の本質に抵触するのではないだろうか。 多様な価値、評価こそ、問題の本質であると考える。評価、評価の時代は 数値化の世相を生んで、発想を貧しくして研究や創造性の精神を退化させていると感じられる。真理の追究よりも 研究成果を見せかける研究の状況を生み出し、いたるところに見られるのは 本末転倒の現象である。ー この節の心は、それは 数学として面白いか、大事か、
そして 社会における影響を考えること である。

歴史はある自然な流れで展開しており、現状のそれらは自然とも言えるが、未来のある時点からみると 現在の状況は ある種の末期的な時代だと見えるようになるのではないだろうか。それはもちろん悪いとは言えない。歴史の流れである。

                                以 上

2020.6.2.4:48 それでは散歩に
2020.6.2.11:40 一気に書き進めた。少し晴れ間も、温かい。昼食後2時間くらい野外活動を予定。
2020.6.2.19:24今日は朝食前、昼食後、それぞれ2時間半くらい山である作業を行い、夕食前に風呂に入る。疲れが心地良い。 体を動かすのは良い。声明 相当形になる。
2020.6.2.22:13 良い、雷なり始める。
2020.6.3.04:21 朝食前2時間の散策を予定、メールが少なくなっている。これは大体良い。
2020.6.3.04:58 それでは散策に
2020.6.3.11:50 買い物に出かけてくる。立派なショッピングセンターで日本の流通システムのすばらしさと食品の高質さと多様性に関心する。高価さは仕方ないが。 これは思ったより良い。
2020.6.3.14:25 良い。 坂内氏の再び精読を。
2020.6.3.15:04 良い、上記確認した。坂内氏の所見が必ずしも事態の本質を突いているとは言えない。
2020.6.3.19:00 明朝公表できる。完成できる。
2020.6.3.22:00 良い。熊本数学会中止のニュースが入る。
2020.6.4.04:04 静かな朝、ゼロ除算をやって人間とは拘って教育された考えを変えるのにどうしようもなく難しい存在であると思い知らされている。幾ら言っても 新しい考えを受け入れられない。これは良い。朝食前2時間の山の散策を予定。本当に静かな朝。
2020.6.4.04:30 小鳥たち啼き始める。良いとする。完成、公表。


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