僕が都市計画を始めたワケ
最近、学生や初対面の方などに、よく聞かれる質問が「僕が都市計画を始めたワケ」である。
2003年に、日本大学理工学部建築学科に入学し、当時の建築設計中心の建築学科カリキュラムは、多くの学生の影響を与えていた。1-2年生は基礎固めということで、建築設計に関心があり、講義科目にはあまり惹かれず、不器用ながらも興味のある建築設計に身を注いでいたのを覚えている。どこかそこには建築設計の講評会に選出されるという競争もあり、学科定員が300名近いマンモス校ならではの激しい競争のある環境であったからかもしれない。建築設計は選択科目になる4年の都市的な建築設計まで、がむしゃらにやっていた。
ところで、私は、北海道札幌市生まれ、札幌市出身であるが、家族の転勤もあって、埼玉県本庄市育ちである。夏に暑さのニュースでよく出てくる熊谷や高崎の間にあり、高崎線で本庄駅、新幹線では本庄早稲田駅のある都市である。
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僕が都市計画を始めたワケ
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