土壌汚染対策法の解説
土壌汚染対策法制定5年
(2007年5月)
各地の宅地から有害物質が相次いで見つかり、住民に不安が広がっている。汚染源はかつて操業していた工場などで、「負の遺産」ともいえる。住民の健康被害を防ぐため、土壌汚染対策法が制定されて5年になる。しかし、同法では救済されないケースも多くあり、改正論議も出てきている。
◆土地の浄化策、住民二分
岡山市郊外の住宅団地「小鳥が丘」。田畑や木立に囲まれた34戸の静かな町並みだが、約7900平方メートルの敷地に入ると、工場内のようなにおいがかすかにする。
「土の色を見ていてください」。住民が敷地内の土をシャベルで掘り返すと、茶色がかった土の色が深さ10センチほどで、急に青黒く変わった。ピンポン球ほどの青黒い土の塊を手に取ると油臭があり、触れるとぐにゃぐにゃとした弾力があった。
同団地は、1987年から90年にかけて地元の不動産会社によって分譲された。2004年夏、水道管工事のため、道路を掘り返したところ、表土の下から青黒い土が出てきた。わき出した黒い地下水から油臭もしたため、不安を感じた住民らが分譲した不動産会社や市に調査を依頼。表土などから、土壌汚染対策法の環境基準の20倍前後の揮発性有機化合物のトリクロロエチレン、ベンゼン、ジクロロエチレンを検出した。
同団地は、80年代まで操業していた油脂工場の跡地。トリクロロエチレンは一般に製品の洗浄剤として使われる。この問題で、不動産会社が設けた、有識者らによる環境対策検討委員会は05年1月、「操業中に汚染された地層の上に土をかぶせ、宅地分譲した可能性が高い」との報告書を出したが、「日常生活に直ちに重大問題になるとは考えにくい」とした。
住民は昨年から鼻炎と発疹(しん)に悩まされている。土壌汚染との因果関係ははっきりしないもののアレルギー症状と見られ、「家族も体調が良くなく、足元に汚染があると考えるだけで毎日、気が重い。何とかしてほしい」と言う。
土壌汚染対策法には、法施行(03年2月)の前にはさかのぼらない規定になっており、それ以前に分譲された同団地には適用されない。
不動産会社は、検討委員会の報告の後、土壌の有害ガスをポンプで吸引するなどの対策案を提示したが、住民側は、提示案を受け入れようとする意見と、汚染土の総入れ替えなど抜本的な解決を求める意見とに分かれた。
各戸の敷地によって汚染の度合いが一様でないことから、専門家を交えた関係者によるさらなる話し合いが必要になりそうだ。
宅地の土壌汚染問題としては、02年に「大阪アメニティーパーク(OAP)」(大阪市北区)のマンションで、セレンやヒ素などの土壌汚染を、分譲会社が隠ぺいしたまま販売した事件(宅建業法違反)が発覚、社会問題になった。その後も、各地の分譲宅地やマンション予定地で汚染が明らかになり、建設計画が変更を迫られるケースが相次いでいる。環境省によると、全国で土壌汚染の恐れのある土地は、大阪市の面積の約5倍にあたる約11万3000ヘクタール。
滋賀県立大の川地武教授(土壌環境学)は「同様の問題が全国で起きている。地形や汚染物質、土地利用形態など、それぞれのケースが異なるため、解決に向けては専門家のアドバイスが欠かせない」と話している。
◆射撃場周辺に鉛流出 散弾野ざらし
工場や事業所などの施設以外でも、土壌の汚染源がある。鉛の散弾を使う射撃場もその一つだ。
京都市右京区の旧京北町の山あいにある京都府射撃場。2004年6月、排水溝の水から環境基準の11倍の濃度の鉛が検出された。毎日のように放たれる鉛の散弾が回収されないまま野ざらしになり、雨で地下に溶け出したとみられている。
100~300メートル南の民家は、上水道がなく、井戸を飲み水にしていた。その井戸水にも鉛が混入するのではと、住民から不安の声が上がった。
射撃場を設置した京都府は、周辺の井戸11か所に水を濾過(ろか)する除鉛装置を無償で取り付け、ペットボトルの水を定期的に配布。だが、近くに住む小倉博子さん(47)は「野菜や食器を洗ったり、風呂や洗濯に使ったりは井戸水。健康被害は本当にないのか心配です」。
昨年3月、交換された除鉛装置のカートリッジを調べたところ、約1年で最高46・7ミリ・グラムの鉛が付着していた。住民の円城順子さん(60)は「こんなにたくさん含まれていたなんて……」とかえって不安を感じたと言い、「一日も早く安全な上水道を敷いてほしい」と求めている。
府は、鉛を含む土を表層から5~105センチの深さまで掘削し、今月初めまでにすべて処分した。現在、営業を休止している射撃場について、今後の利用法はまだ決まっていない。近くの神社宮司の中村重行さん(68)は「射撃場としては再開せず、土壌汚染を克服したシンボルの森にして、環境教育の場にできないだろうか」と言う。
環境省によると、射撃場は全国に449か所。ほかに自衛隊などの施設がある。京都府だけでなく、福井県、富山県内の一部の射撃場の土壌からも環境基準を超える濃度の鉛が検出されている。
射撃場の鉛汚染も土壌汚染対策法の対象ではなく、これまで事業者によって防止策や事後対策がばらばらだった。このため、環境省は今年3月、事業者などに向けた鉛汚染調査と対策のためのガイドラインを初めて策定した。
ガイドラインの検討会座長を務めた、東京農工大の細見正明教授は「汚染は見過ごせない。射撃場の事業者には予防措置を講じてもらい、万一、明らかになった時はきちんと対処することを求めなければならない」と話している。
◇大阪市立大 畑教授
◆操業中の工場 調査義務を
土壌汚染対策法は、▽汚染の調査義務は、工場などの廃止で宅地などに転用した時のみ▽調査と汚染対策は原則として土地所有者が行う▽すでに建てられた住宅・マンションは対象外--とされている。大阪市立大の畑明郎教授(環境政策論)は、対策法の問題点を指摘する。
現在、法の改正論議がなされているようだが、いくつかのポイントがある。まず、転用時に限定せず、操業中の工場などにも調査義務を課す必要がある。汚染された土地がそのまま放置される恐れがあり、土壌に漏れ出した有害物質は広がってしまう。
さらに、土地所有者ではなく、汚染原因者にまず対策を求めるべきだ。土地売買の円滑化を考えたのだろうが、現実には、マイホームを買った一般市民(所有者)が自分で汚染対策を行うことなど無理。汚染原因者がすでに倒産などで存在していなかったりも想定されるので、効力のある公的支援制度が必要だ。
今後、改正に向けた論議では、実際に家を建てて住む人の健康を第一に考え、救済措置をどう強化するかが重要になるだろう。
〈土壌汚染対策法〉
02年5月に制定された。有害物質を扱った工場などが操業を終えた土地を宅地などに転用する際、所有者が汚染の有無を調べて都道府県知事に報告。汚染が見つかれば、取り除いたり封じ込めたりの浄化策を行うことが定められている。