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あらすじ

私の幼少期から大学3年現在までのフローを簡単に紹介します。これは私のほんの一部に過ぎません。

【幼少期】

 ・両親が共働きで2歳頃から保育園に通っていた。私は一人っ子だが同い年は長女長男が多く、友だちの妹や弟とも分け隔てなく遊んでいた。当時は「みんなと仲良く、喧嘩はなるべくしたくない、大人の言うことは聞いておく」という幼心があり、幼少期からとにかく平和主義だった。

 ・両親は私が6歳の年に離婚。それを機にアパートから同じ区内のマンションに引っ越す。父と過ごした生活のほとんどを覚えていない。数少ない写真を見返しても、怒られた記憶や褒められた記憶がなかなか蘇ってこないが、母との二人暮らしが始まる前、家族三人で最後にランドセルを買いに行ったことは鮮明に覚えている。当時の私は家族三人で過ごす最後の機会だと分かっていたが、駄々をこねず父とお別れした。私が泣き喚いてもこの状況は絶対に変わらないと幼いながらに感じていた。父と4年に一度位の頻度で会うが、少なくとも社会で働き続ける父を尊敬している。

【小学校時代】

 ・区内の小学校に進学し、3年生まで学童に通っていた。小学校は生徒数が少なく2クラス制だったため、学童で他学校の学生とも遊べることが嬉しかった。4年生になり携帯を持たせてもらってから放課後は友達と自由に遊ぶようになり、その合間に水泳、剣道、英語、算数の習い事に通った。5年生で代表委員になり、全学年通して交流する縦割り班での企画や年に一度のどんどこ集会の内容を練る中で計画することの楽しさを覚えた。次に所属した放送委員では昼休みに曲のリクエストを流したり、朝と放課後のアナウンスを放送したりと校内全体に自分の操作によって放送が流れる喜びと責任を感じた。

【中学時代】

 ・そのまま学区内の中学校に進学。小学校からの友人5人と共にソフトテニス部への所属を決めた。抱いていた華々しさとは裏腹に部活動は壮絶で、初めて挫折を経験し、自分への不甲斐なさを実感するものだった。一年生の頃は学業も良好に進み、定期考査の成績は上位をキープしていた。学年が上がると部活内で選抜決めがあり、試合には出場するものの勝ち進めず、部活内では所謂戦力外だった。そこから自己嫌悪に陥り、比例して成績がガクンと落ちてしまった。部活と学業の両立の困難にぶち当たった。片方に注力すると一方が疎かになってしまい、部活では戦力外の私が今できることをして気持ちに折り合いをつけた。

戦力外の私が部員としてできることは何か?

 →『常に周りを見て行動』

グラウンド全体を見張り次にすべきことを予測し、行動に移す。ただ周りを見て気づいたことに取り組むだけでなく、

「現状のままだと起こりうるであろうこと」を予想し「素早く行動に移す」ことを心がけた。

部活ではサポート側に回ることに徹した。一方、高校受験は第一志望不合格。私の中学生活は妥協の繰り返しだった。

【高校時代】

 ・私立杉並学院高等学校に入学。中学時代の部活漬けから心機一転ダンス部に所属するが、ダンスのセンスが皆無だったため文化祭のステージを機に退部。その後は地元のピザハットで半年間、セブンイレブンで二年半、合間に派遣のアルバイトをした。放課後はバイトで自ら稼いだお金で友人と新宿や渋谷で遊ぶ日々が続いた。大学受験を意識し始めたのは比較的早かった。中学時代から心の支えになっていたラジオに関する仕事に興味があり、日藝の放送学科を第一志望に河合塾へ通った。

学力検査は突破したが専門試験に落ち、第一志望不合格。

過去を振り返ると、私は一度も“成功”経験がないことに気がついた。

【大学時代】 

 ・第一志望に再度挑戦したかったが、母の意向により浪人は許されなかった。一人で家庭を支える母は私にとって絶対的存在になっていたため、私は現実を飲み込み受け入れていた。   

 ・第一志望でない玉川大学芸術学部に入学。大学に依拠せずに自分を強化したいという思いから、入学前にニッポン放送の野球中継補助のバイトを始めた。根っからの野球好きしか居らず、当初セ・パの意味も知らない私は野球のルールからスコアの取り方までの習得に心底苦労した。パリーグの中継を担当することが多かったため成績優秀だったホークスを応援するようになってから、常に緊張感が伴うこのバイトに楽しさを見出せた。

 ・大学で企画構想を学ぶことには充実感を得ていたが、表舞台を経験するための演技や身体表現のカリキュラムに辟易していた。この学びの先に何があるのか、本当に学びたいことは何なのかの意味を見出せず混迷を極めていた。

 ・2年次後半から上島珈琲店でのバイトを始めた。他大学生との交流を深めるうちに、彷徨い続ける自分への不甲斐なさを痛感した。一度自分と対峙して、今とこれからについて自分自身で考えた。

自己決定した目的に対して達成に向けた過程を構想し遂行、そして目的達成。過去を振り返ってみて成し遂げられたことがない成功。私は人との関係から構築される社会について、働くことについて、学ぶことを目的に他大学への編入を決意した。今努力を持続できなければ今後もできるわけがないと思い、誰のためでもなく自分のためだけに勉強した。

 ・現在は東京女子大学で社会学を専攻している。労働やジェンダーに関してのゼミに所属し、シングルマザーのキャリア形成について調査をする予定。

大学編入は自分にとって成功経験の一つと言えるが、この経験から自分の可能性を見出せたことが嬉しかった。今大学で社会学を勉強していることは人生に向けた一要素である。今後も自分と対話し、成功とその過程を積み重ねていきたいと思う。