「Slackを“死ぬほど”見て、情報を価値に変える。」
CXO intern / Yuma
「自分がインターンだとは思っていません。」
SEO、広告運用、EC、塾の立ち上げマーケ──学生のうちから複数の現場を渡り歩き、「なんでもわかる人」を目指してきたYumaさん。
CAPSULEではPR・HRインターンとして、日本市場での認知拡大から採用広報、メディア対応、ブログ・広告運用まで幅広く担当。経営層との距離が近い環境で視座を上げながら、一方で「PRは数字で語れない」という思い込みの壁にもぶつかりました。
“好き”を解像度高く仕事に変え、次は“成果”で証明する。
2026年4月、アニメIPの最前線へ。場所を変えてチャレンジを続けるYumaさん。
その一歩は、CAPSULEでの2年間から始まりました。
彼女がこの場所で見つけた答えは、
「貢献が目に見えるから、貢献したいと思える場所」でした。
01|「なんでもわかる人」になりたくて、意図的に現場を変えてきた
インターンは3社、業務委託や友人の手伝いまで含めると5〜6社。SEO、広告運用、EC、塾の集客、YouTube立ち上げ…と、領域を横断して経験を積んできました。
「前のインターンで得た知識を、次の現場で試す。これを繰り返して実践的に覚えていくのが好きでした。」
気になったことはすぐ調べるタイプで、小学生の頃は国語辞典を読むのが日課だったという“調査癖”は、今の仕事の土台になっています。
02|CAPSULEとの出会いは「中国語」と「福岡」
CAPSULEを知ったきっかけは、Wantedlyで見つけた募集。福岡×中国語というキーワードに引っかかり、応募したのが始まりでした。
「中国への交換留学がコロナで止まって、目標が一回なくなった時期がありました。何か熱中できるものが欲しくて、マーケの現場に飛び込んだんです。」
結果としてCAPSULEでは、PR/HRの枠を超えて“会社を前に進める仕事”に触れる機会が増えていきます。
03|PRは“経営の核”。だから、経営層にメンションする覚悟がついた
YumaさんのPRミッションは大きく2つ。
・日本市場での認知拡大
・問い合わせや売上につながる接点創出
そのために、ニュース更新、外部メディアとのやり取り、ブログ運用、広告運用まで一気通貫で対応。HR側では、日本人採用・バイリンガル採用、面接調整、採用広報を担当しています。
「PRは経営の根幹に関わるから、経営層に情報を集めて提案する必要がある。最初はメンションするのも怖かったけど、仕事を進めるために“恐れ”がなくなりました。」
日々、何十個もある各部署のSlackチャンネルを徹底的に追い、ニュースのタネや社内トピックを拾いにいくスタイルも、彼女の強みです。
04|一番の収穫は「視座が上がった」こと。ベンチャーの意思決定を間近で学んだ
福岡オフィスに出社する機会が増え、ピッチやスタートアップ関連イベントなどに参加し、“会社が世の中や投資家にどう見られるか”の現場も体感。
「ベンチャーがどうやって投資を集めるのか、スタートアップが世の中にどう見せるのか。学生のうちに間近で見られたのは大きかったです。」
プレイヤーとして動くだけでなく、経営の意思決定に近い視点で考える癖がつき、「3段階視座が上がった」と語ります。
何より、社会人としての一般常識や必要なスキル、振る舞いなど経営陣や先輩方に直接指摘いただくことも多く、勉強になりました。
05|壁だったのは「数字で貢献を示せない」こと。“稼げるPR”に挑みたい
一方で、悔しさもはっきり残っています。
「営業は数字。PRも“稼げるPRはある”って言われた時、私は会社にどう貢献できたかを数字で説明できていなかったと気づきました。」
日々のタスクで埋まってしまい、売上視点での設計やKPIの追い方が甘かった。その反省が、次の成長テーマになりました。今後は「これだけの投資で、これだけのリターンがあった」と示せる社会人へ。成果の可視化に挑むフェーズに入っています。
06|“好きを出せる”だけじゃない。「もっともっと」で伸ばされる環境
CAPSULEの好きなところは、がんばる人が評価されること、冷笑がないこと、そして個人の趣味や“好き”を隠さず出せること。
「私、たぶんドーパミン中毒なんです。常に刺激がほしいし、進化していないと落ち着かない。」
変化を楽しめる環境。新しい挑戦が次々に生まれる文化。「Adaptation (順応)ではなく、Evolution(進化)」を掲げる思想は、自分の性格と重なったといいます。
一見キラキラに見えるエンタメやインフルエンサーの領域でも、実態は“道を掘る”ような開拓の連続。 その泥臭さすら刺激に変えられる人が、この会社に向いているのかもしれません。
ーあなたにとってCAPSULEとは?ー
「人生を変えてくれた場所です。この春、就職のために生まれて初めて福岡を出る私にとって、地元福岡にある“帰れる場所”。海外メンバーとの交流も多く、全員の顔が浮かぶから、彼らのために貢献したいと思える。“貢献が目に見えるから、貢献したいと思える場所”です。」
※役職と仕事内容は記事公開時のものです。