※この連載は、BODY SPROUT20周年企画として、
創業から現在までの20年間を、代表の妻の視点から振り返るストーリー連載です。
開業当時の出来事や、家族・地域・仲間との歩みを、当時のリアルな記憶とともにお届けします。
2006年5月。
夫が整骨院を開業した月は、第三子の出産予定月でもありました。
「2006年5月に開業する。」
その言葉を聞いたのは、2005年の夏頃。
正直、「本当にこのタイミングでやるの?」
と思いました。
しかも、その数週間後に第三子の妊娠が発覚。
当時の私は、フルタイム勤務をしながら2人の子育て中。
もちろんワンオペです。
そこへさらに新しい命が増える。
だから何度も聞きました。
「出産予定日と重なるし、少し延期するよね?」
でも返ってくる言葉は、毎回同じでした。
「いや、やる。絶対にやる。」
話し合っても、夫の決意は変わりませんでした。
そして私はついに言いました。
「それなら、私は何も手伝えないからね。」
本当は応援したかった。
支えたかった。
でも、自分の体も思うように動かず、育児も限界。
“挑戦したい夫”と、“身動きが取れない自分”。
そのギャップが苦しかったのだと思います。
それでも結局、私は手伝わずにはいられませんでした。
開業当初から、整骨院では無料送迎を行っていました。
ある日、送迎担当スタッフがお休みになり、患者様が来られなくなると知った時。
私は、生後3週間の娘をベビースリングに入れて送迎へ向かっていました。
さらに、給与計算や銀行業務も担当。
「やらなくていい」と言われていたのに、気づけば動いていました。
そして追い打ちをかけるように、開業資金が半年も経たずに底をつきます。
私はすぐに就職活動を始め、生後5ヶ月の娘を保育園へ預けて働き始めました。
0歳児は兄たちと同じ保育園に入れず、別々の園へ送迎。
時短勤務、母乳育児、そして整骨院に泊まり込みで働く夫。
今振り返ると、よく乗り越えたなと思います。
3人目が生まれてからの記憶は、ほとんどありません。
それくらい毎日を生き抜くことに必死でした。
でも今なら、あの頃の自分にこう言えます。
「ようやったな。みんな、生きてるぞ。」
夫も、同じくらい修羅場だったと思います。
あの頃は、
20年後にこんな景色を見るなんて想像もしていませんでした。
花に囲まれた小さな整骨院から始まったBODY SPROUT。
決して順風満帆ではありませんでした。
それでも、
地域の方々、支えてくれた仲間、家族のおかげで、
20周年を迎えることができました。
BODY SPROUT 20周年連載について
2006年の開業から20年。
BODY SPROUTが歩んできた歴史や、
その裏側にあった出来事を連載形式でお届けしています。
“姿勢から健康をつくる”
その想いが、どのように生まれ、どのように続いてきたのか。
少しずつ振り返っていきます。
次回、
“仕事ができない新人”が教えてくれたこと。