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中小企業の革命は言葉からはじまる

Photo by Bhushan Sadani on Unsplash

2022年最後の記事です。
仰々しく抽象的なタイトルで恐縮ですが今回は”言葉”についてです。僕が2020年4月に側島製罐に入社してから3年弱を振り返ってみて、大きく変わってきた弊社で最も重要なファクターだったのは言葉だったなと考えています。「組織改革」みたいな話になると行動規範だとかマネジメントだとかそういう冷えたワードが先行しがちですが、言葉という日常的でありながら人と人が繋がるうえで不可欠なツールを疑ったり見直したりしながら血を通わせていって、日々のコミュニケーションを大切にすることこそが、人や組織が変わっていく第一歩なんじゃないかな、というのが僕の感想です。

理念が人の行動を決定付けるという幻想

僕が2020年に側島製罐という中小企業に帰ってきて一番違和感を感じていたのは、会社に理念や社是といった行動原理となるべきものがなかったことです。ここから弊社は理念=MVVを全員で作り上げていった、という話は別記事でも書いてるので割愛しますが、とにかく自分の原体験からも”理念”に当たるものってすごく大事だと思ってたんですよね。僕の前職の金融機関では「政策金融の的確な実施」という明確な理念があり、民業補完という立場というのを全員が強く意識して日々仕事をしていました。やはり、目指すべきところやそこに進むための共通の価値観というのは大切で、仕事の軸になると思うんですよね。

というわけで、実際に側島製罐でもみんなで理念をつくって約1年間駆け抜けて来たわけなのですが、やっぱり理念への熱量を維持するのってすごく大変なんですよね。人は毎日見ているものに対してはやっぱり徐々に飽きていってしまいますし、変化がなければ何の問いも起こさなくなってしまいます。弊社では日々各自の想いを語ってもらったり、違う視点で考える機会をつくったりと色々試みてはいますが、ただ理念をつくって日々それに沿って各自が行動するというだけでは、理念に対する解像度が上がり続けることはないですし、それに結びつく行動も当然ながら変わらないと実感してます。

「理念が浸透すれば人の行動は変わる」というイメージが一般的にはあると思いますが、個人的にはそれだけでは全くもって不十分だと感じています。

「虐殺の文法」から見る学び

ジョン・ポール/伊藤計劃「虐殺器官」良心とは、要するに人間の脳にあるさまざまな価値判断のバランスのことだ。各モジュールが出してくる欲求を調整して、将来にわたるリスクを勘定し、その結果としての最善行動として良心が生まれる。膨大な数の価値判断が衝突し、ギリギリの均衡を保つ場所に、「良心と呼ばれる状態」はあるのさ、だから、あるモジュールをちょっと抑制してやれば、そのバランスはいともたやすく崩壊する。虐殺の文法は、脳の片隅にある極々小さな、とある領域の機能を抑制する。その結果、社会は混沌状態に転がり落ち、虐殺の下地が出来上がるのさ。

突然”虐殺”というワードが入った物々しいセンテンスですみませんが、これは僕が大好きなSF小説である伊藤計劃氏の「虐殺器官」からの引用です。SFフィクションの話なので現実に言語学の領域でこのような学術的文法があるわけではないですし、そもそも虐殺器官の中では音楽は言葉をバイパスするので言葉自体には意味がないと言われてるくらいなのであくまでも自分が都合良くこの概念を解釈しているだけなのですが、良くも悪くも言葉がこの価値判断のバランスを崩す決定打になりうるというのが学びが深く、逆に良心の方へ傾ける文法があるのではないかなと石川は妄想を膨らませています。

個人的なイメージでは「思想→言葉→行動」という体系で人間の行動はプログラムされているように見えますが、実はこの思想と行動の間には想像よりもずっと深い溝がある上に、この流れだけが唯一の思考プロセスではないように感じます。理念がインストールされるだけでは実行には結び付きにくいというのは前段で書いたとおりで、人間の思想とそれに基づきどのような行動を起こすかという価値判断の前提には極めて不安定で複雑な個人の感情があります。それをどう決定づけるかはどのような言葉を使うかによるのではないか、言葉は思想のアウトプットのように見えるがそうではなくて言葉自体にも思想や行動を決定づけるほどの影響力があるのではないか、というのが僕がこの3年間で人や組織と向き合ってきてたどり着いた仮説です。

思想と行動を浄化する「さん」付けの魔力

ひとつ、弊社を事例として興味深かったなと思うのが、「さん」付けによって考えや行動が目覚ましく変わっていったことでした。結構色んな経営者の方があちこちでお話しされている点な気がするので今更の極みかもしれませんが、恥ずかしながら弊社も例に漏れず数年前まで社内でお客様や協力会社様を呼称するときに呼び捨てにしていました。例えば「石川商店(仮)」というお客様があるとして、

「石川商店からまた注文はいったけどいつやる?」「石川商店の担当うるさいんだよなあ、早めにやっといて」

といった感じです。もちろん、今はこのようなことはなく、みんなが取引先のことを大事なパートナーとして強く認識していますし、言動も大きく変わったと思っていますが、当時のメンバーの行動はお世辞にも100%誠意がこもったものとは言えないものが多かった印象です。

僕はこの変化について、これまでずっと理念をつくったことによるものだと思っていたのですが、改めて振り返ってみると実は逆で、日々「さん」付けで呼ぶことになったことによって各自の思考プロセスに変化が起きたのではないかと思い直すようになりました。実際、この「さん」付けが社内で始まったのは、理念をつくるプロジェクトの途中だったんですよね。まだ理念も形になっておらずそういった概念の解像度も粗い状態の中で「さん」付けを呼称としたことによる思想や行動の変化が非常に大きかったわけです。

これは個人的な考えですが、「お客様のことを大事にしよう」というのは誰しも頭ではわかっているけど、実際に行動するときに都度その良心を頭の片隅から引っ張り出して行動に反映させていくことは難しいからだと思うんですよね。特に、日常という性質が強くなればなるほどです。人間は毎日ものすごく膨大な意思決定と価値判断をしているわけで、いくら頭の体操をしてみんなで大事にしようと総意をとって理念というカタチにしたとしても、その考えを意思決定や価値判断の度に都度引っ張り出して反映させていては頭はパンクしてしまいます。そこで、その良心を意図的に引っ張り出すのではなく、自然に思い出させる役割を果たしているのが「さん」という言葉の役割だったのではないかと思うわけです。どんな時でも「さん」付けをしていると「なんで”さん”づけしてるんだっけ?」という違和感が自然発生し、その違和感が良心に信号を送ることができるということですね。

実際、自分自身の体験を振り返ってみてもそうでした。「政策金融の的確な実施」というのを大事にしていたという結果ばかり見ていましたが、その前段には、「金融はサービス業だ」と叱ってくれる上司がいて、「お客様のことで案件”処理”という言葉を使うのはやめよう」と諭してくれる先輩がいて、そうした言葉の積み重ねが僕の思想を確固たるものにしてきたと思います。思想や行動が変化していく過程で良心を引っ張り出す役割を果たしてくれていたのは、こうしてクリティカルに心に刺さる日々の言葉だったんじゃないかなって感じています。

言葉が変われば世界はもっと良くなる

さて、というわけで、言葉って大事だよねっていう話を小難しく語ってしまっただけなのですが、この3年弱はこの言葉に向き合い続けてきた日々でした。日々のTwitterの投稿もそうですし、旗振り役として会社のみんなに伝える言葉だったり、広報的な役割での世の中の人への発信だったり、言葉ひとつひとつの解像度は少しは上げられたんじゃないかな、と実感しています。

そして、こうして言葉を大事にしてその意味を深く考えるようにしていると、当たり前のように使っている言葉にも良心と照らし合わせて違和感が出てくるようになってきました。「従業員」「仕事」「下請け先」「マネジメント」「上司部下」「報告連絡相談」といった主にビジネスで使っている言葉がすごく冷たく感じて、できるだけ使いたくないなって思ってます。

感情を持つ一人の人間である以上、思想は変わりますし、行動も100%理性的な価値判断に基づくものにはなりません。そんな中で言葉が粗雑だったり冷たいものであったりすれば、思想や行動もその影響を大きく受けて、無意識のうちに悪い方向へ変わって心は冷め切ってしまうのではないでしょうか。こうした血の通わない言葉をやめていくことも、思想や行動を磨いていく一つの方法なんだろうなと感じていますし、僕は「ビジネスだからそういうもの」という諦観でこういう言葉を流したくないなと思います。仕事だって諦めずに、僕らが言葉の一つ一つに血を通わせていって人の体温を上げていくことで、世の中はもっと良くしていけるのではないかなあ、なんて理想論の絵空事に聞こえるかもしれませんけどね。大企業の社長でもなければベンチャー企業でIPOするレベルでもない中小企業の凡庸なアトツギの戯言ではありますが、一人一人がそういう想いで言葉を大事にしていくことで、人の心の温かさが溢れる世の中にしていきたいなと強く願っています。

来年はもっと、僕らの手で良い世の中にしていけますように。

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