創業の精神
襷を繋いで百十七年。それは、明治二十五年 青木タカの志から始まった。
京都市東山区建仁寺町(現小松町)にて、臨済宗総本山建仁寺の御用達として納豆の製造を始めました。
社名は本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)さまの菩提寺である鷹峯の光悦寺から名前を頂戴し光悦堂としました。二代目久三郎が菓子問屋を始め、三代目久太郎が昭和五十一年、株式会社青木光悦堂を設立。
タカの念いを受け継ぎ平成十三年より四代目隆明が社長に就任。
「頼りになる問屋」、「愛される問屋」を目指し、日々改革の精神で勤労、勤勉に今日まで努め、本物のお菓子を求めた厳格な姿勢の精神が今でも脈々と私たちに流れています。
それは
本阿弥光悦の「十人中、五、七人が正宗の刀と極めても、確かに<正宗>だと極めない厳格な姿勢と強い倫理観、そして刀目利きとしての自身」を受け継いでいるからと思われます。
菓子職人の魂のこもった『心なごむ故郷の銘菓』で、お客さまの喜びを創造することを創業の精神として精進しています。
そのためにも、「一つ一つを丁寧に、一人一人を大切に」の心で、本物の銘菓を日本中に、世界中にお届けします。