理解されなかった過去、葛藤、再出発。
最初にあったのは、大きな志ではなく、言葉にならない生きづらさでした。
救済ではなく共感を。
答えではなく共に考えることを。
こうした価値観の背景を辿る、あおいとり創業までの歩みです。
自分なんて、いなくなればいい
夜が来るたび、心がざわついた。
眠る前に何度も「明日こそは」と願って、
目覚ましを3つ、4つと並べてみても、やっぱり起きられない。
ある先生に言われた。
「本当に起きようと思えば、自然と目が覚めるもんだ。君は意識が足りないんだ」
その言葉を信じて、「朝7時に起きる!」と紙に書いて、枕元に貼って寝たこともあった。
でも、それでもダメだった。
修学旅行の朝。やっぱり寝坊して、
学年全員を、バスの中で1時間も待たせた。
僕がバスに乗り込んだ瞬間、車内は静まり返った。
誰も目を合わせてくれなかった。
「あんなやつ置いていけばよかったのに。」
そんな空気が、痛いほど伝わってきた。
あの時の恥ずかしさ、悔しさ、申し訳なさ。
自分なんて、いなくなればいいと思った。
現実を引き受けた日
社会に出ても変わらなかった。
遅刻が続いて、上司に何度も呼び出される。
言われるのは「自己管理ができていない」「社会人としての意識が足りない」という言葉。
どうしていいかわからなくなって、病院に行った。
脳波検査のあと、医師は言った。
「睡眠障害の傾向があります」
本当は、もっと別の言葉を期待していたのかもしれない。
「よくここまで頑張ったね」
そんなふうに言ってもらえたら、泣いてしまっていたと思う。でも、それは言われなかった。
それでも、「意識の問題ではなかった」という事実が、静かに、自分を救ってくれた。
誰かに理解されることを諦めて、現実を引き受けた日。
それが、僕にとってのスタートだった。
言って欲しかった言葉
ある日、昔のノートを読み返した。
修学旅行の朝、寝坊した日の記録が残っていた。
「申し訳なかった」「明日は絶対に起きる」
何度も自分に誓っては、何度も自分に裏切られてきた。
信じたいのに、信じきれない。
「どうせ明日も失敗する」
そんな本音に蓋をするように、
必死に言葉を重ねていた。
あの時、誰かに言って欲しかった言葉がある。
「こんなにも頑張って、それでもうまくいかないなんて、悔しいよな」
「どうすればいいか、一緒に考えよう」
今どこかで、その言葉を必要としている人がいるかもしれない。
過去の自分と同じように、言葉にできない生きづらさを抱えた人が──。
僕はその人のそばにいたいと思った。
わかってもらえなかった自分だからこそ、わかろうとする人でありたい。
分かり合えなくても、そばにいよう。
「支援」という言葉には、どこか違和感があった。
上から手を差し伸べるんじゃない。
ただ、横に座るように、誰かの孤独に、静かに寄り添える場所を、自分の手でつくってみたかった。
「ダメな自分」が、今ここにいてもいい。そう思える場所。
そこから少しずつ、一緒に前を向ける場所。
それが、あおいとりのはじまりだった。
人に理解されなかった痛みを、抱えているあなたへ。
その痛みは、誰かを勇気づける、やさしい力になる。
うまくいかない自分を、責めなくていい。
きっとみんな、弱さを抱えて、迷惑をかけ合いながら、支え合って生きている。
ときには、うまく伝わらないこともある。
すれ違うこともある。
それでも──
分かり合えなくても、そばにいよう。
等身大の自分で、生きていこう。