▍今日は、少しだけ昔の話をさせてください
今日は、私のキャリアの中の
一つの側面について、少しだけ書いてみようと思います。
もうずいぶん前の話なので、本当は社名やサービス名もそのまま出してしまってもいいのですが、今回は少しぼかしながら書きます。
ただ、この話は今の仕事にも直結しています。
むしろ、「なぜ今こういうスタンスで仕事をしているのか」
その原点に近い話です。
▍まだWEBが“主役ではなかった”時代
社会人になったころ、広告の世界でWEBはまだまだ黎明期でした。
リスティング広告がようやく始まり、「SEO」という言葉が出てきた頃。スマホなんて、もちろんない(笑)まだまだ枠売りのバナー広告の時代ですね。
広告の主戦場はテレビ、新聞、雑誌、ラジオ!、チラシ。
私は、どれだけコールセンターへの問い合わせを稼ぐか。
当時の言葉でいう「ダイレクトマーケティング」をやっていました。もちろん、広告費に対してのROIを細かく追いかけ、PDCAを連続で回し続けるスタイルです。
▍“数字で回すマーケティング”の始まり
その後、ITソリューション企業でデジタルマーケティングに本格的に関わることになります。毎月、数百万円規模のWEB広告を運用し、日々、数字を追い続ける。
今では当たり前の「運用」ですが、当時はまだその概念自体が生まれたばかりの時代です。マーケティング責任者として、「ダイレクトマーケティング」の経験を活かし、ひたすら数値と向き合い、指示を出し、判断する日々でした。まだ「デジタルマーケティング」とは言わなかったと記憶しています。
因みに、当時使っていたのは SiteCatalyst(Omniture)。
…この名前でピンと来る人は、このWantedlyにはたぶんいないと思います(笑)
▍データとクリエイティブが“つながった瞬間”
その頃、デジタルマーケティングの世界に大きな転換点が訪れます。私はやはりこのタイミングが変換点だと思っています。Overture、アドネットワークと急拡大した時代です。
先ほどお伝えした解析ツール企業が、あるグローバルソフトウェア企業に買収され、
「クリエイティブ(表)」と「データ・マーケティング(裏)」が
一体化し始めたタイミングです。みんな知っているあの会社です。
それまで分断されていた領域がつながり、
デジタル領域でのマーケティングのあり方そのものが変わっていく瞬間でした。
▍デジマ市場が立ち上がる“現場”にいた
実は当時これまでの経験や縁もあり、そのグローバル企業の日本法人におけるマーケティング活動にも関わり、日本市場におけるデジタルマーケティング領域における認知拡大や導入促進を支援していました。戦略つくって実行する。今と同じですね。
世界に比べて日本のマーケティング・広告領域は
”デジマ”が遅れていますよ!と
振り返るとその活動は成功し、日本におけるデジマ市場そのもの立ち上げに参加できた良い想い出でもあります。
▍年間100億円の広告を回して見えたこと
その後、縁があり
年間100億円規模の広告予算を持つ日本の大手食品メーカーの通販事業の立て直しに入ります。誰もが知っている商材です。
徹底的に数字を見て、改善していく。このやり方は、間違いなく正しい。
これまでお伝えしてきた通り、私のキャリアからも正直に言うと、「なんとなく認知が上がった」で終わるような広告やマーケティングは、好きではありません。
この会社も大手広告代理店が一生懸命、この商材のマーケティングを支えていました。
▍でも、あるところで“必ず詰まる”
ただ、その現場に私が呼ばれたは、「刈り取り」の限界に到達していたからです。
数字に向き合い続けると、
- 市場は増えない
- CPAは上がる
- 競争は激化する
- 最後はコストの叩き合いになる
実際に、100億円規模の事業でさえその状態に陥っていました。
▍マーケティングは“市場をつくる仕事”だと思う
だからこそ思うんです。いっぱい見てきた、やってきたからこそ、私はマーケティングは、本来「市場を創るもの」であるべきだと。
もちろん、刈り取りで成長するフェーズは必要です。ただ、ある段階に来たら次は“市場を広げる側”に回らないといけない。
少しマニアックな話になりましたが(笑)そんな想いで日々マーケティングに向き合っています。