ふと思い立ち、尚雅堂という社名の由来を祖父に聞いたことがある。
返ってきた答えは、実にあっさりとしていた。
「高尚優雅や」
その瞬間、ああ、京都の人間の嫌な部分が出とるな、と少し苦笑したのを覚えている。
祖父は文具問屋で働いていた人間で、その会社の社長の弟とともに、共同創業者という形で会社を立ち上げた。
事業自体はそれなりにうまくいっていたようだが、仕事に対して厳しい祖父は、自分の考えややり方とのズレを良しとしない性格だったらしい。
孫である私から見た祖父は、ごく普通の、むしろ優しいおじいちゃんだった。
おもちゃを買ってくれ、美味しいものを食べに連れて行ってくれる。怒っている姿を見た記憶はほとんどない。
しかし、仕事となると人が変わる。
家族からは、社内で激しく言い合っていたという話を、後になってよく聞かされた。
そうした積み重ねの末、共同で創業した会社ではあったものの、次第に馬が合わなくなり、祖父は独立という道を選ぶことになる。
独立にあたって、それまで築いてきた得意先をどう分けるか、という話になった際、
「東はやる」
そう決まり、尚雅堂のスタートは東日本、特に北関東や東北エリアが中心となった。
創業当初の尚雅堂は、祖父がそれまで関わってきた東の得意先から、一軒一軒、関係を紡ぐところから始まっている。
尚雅堂という社名自体は、独立以前からすでに決まっていたらしい。
「高尚優雅」という言葉から取られたその名前は、今もどこか、尚雅堂の佇まいに残っているように思う。
社章に使われている文字は、祖母の兄が書いたものだという。
家族や身近な縁が、自然と会社の中に入り込んでいた。
独立後、すべてが思い通りに進んだわけではなかったはずだ。
それでも尚雅堂は、派手さはなくとも、確かな歩みで今日まで続いてきた。