資本主義の次に来る世界秩序:SpaceXのIPOが告げる「計算工学」時代の幕開け
先日、世界を揺るがす大きなニュースがありました。SpaceXがIPO(新規株式公開)したという話です。
この出来事は、単なる一つの企業の資金調達という話に留まりません。これは、一つの時代が終わり、新しい時代が始まったことを示す、歴史的な転換点だと私は考えています。
SpaceXのIPOにおける評価額は初値で約2兆ドル(約320兆円)でした。これは、日本の国家予算(約130兆円)の2〜3年分に匹敵する桁違いの規模です。
もちろん、IPOによってSpaceXがその評価額すべてを現金として手にしたわけではありません。実際に流入した資金は30兆円程度ではないかという認識ですが、重要なのはそこではありません。重要なのは、「企業の価値がそこまで評価された」という事実そのものです。
この出来事をきっかけに、これまで世界を動かしてきた「資本主義(キャピタリズム)」という秩序が懐かしくなるような、新しい時代の再編が始まったと捉えるべきでしょう。
⚫︎資本主義の限界と「資本市場秩序(CMO)」という捉え方
AI、ロボティクス、それらを動かす半導体、そしてそれら全てを支えるエネルギー供給。これらの巨大なシステムは、もはや従来の資本主義の枠組みだけでは説明も処理もできないレベルに達しています。
私は、この状況を新しい「秩序」の誕生と捉えた方が、すっきりと理解できると考えています。
この40〜50年、世界は資本主義の下で回ってきました。貨幣経済のもと、あらゆるものが売買され、コミュニケーションの手段となってきました。
生命倫理に近い領域、例えば臓器売買やCO2排出権取引、遺伝子操作・遺伝子治療といったテーマでさえ、お金を介してやり取りされてきたのです。
ただ、私は「資本主義」という呼び名に少し違和感があります。「主義」という言葉には選択の意思が含まれますが、現実は資本市場の秩序に世界全体が包括されてきた、と見る方が実態に近い。そこで私は、これを「資本市場秩序(Capital Market Order、CMO)」と呼びたいと思います。
このCMOは、おおよそ1950年頃から、特に金本位制の崩壊を経て、各国(特にアメリカのドル)が自由に通貨を発行できる体制が確立されたことで成立しました。
人々はこれを自由主義経済やグローバル市場経済と呼び、世界はお金を中心にエネルギーを集約し、新しいものを生み出す単一の秩序で動いてきました。
しかし、30〜50年続いたこの秩序は、今まさに一段落しつつあります。なくなるわけではありませんが、その存在感は薄まり、新しい秩序が世界を動かし始めているのです。
⚫︎新秩序の名は「計算工学秩序(CEO)」
日経平均が7万円を超えた、という話が出ますが、市場全体が上がっているわけではありません。
実際に上昇しているのは、半導体、AI、宇宙開発、ロボットといったごく一部の関連銘柄だけです。
これらの領域は、従来の資本市場の論理ではもはや投資回収が追いつかないほどの規模に膨れ上がっており、資本市場秩序では説明がつかない状況に入りつつあります。
私はこの新しい秩序を「計算工学秩序(Computational Engineering Order、CEO)」と呼んでいます。
AIやロボティクス、計算資源としての半導体、そして宇宙太陽光発電のような新しいエネルギーシステムを基盤とする秩序です。
以前、イーロン・マスク氏の野望について話しましたが、ここで重要なのは「計算」と、その結果としての「工学(エンジニアリング)」によって、生成AIやロボットといった具体物が作られ、世界が拡張していくという点です。
人間の役割は、意思決定のボタンを押したり、プロンプトを叩いたりといった指示に限られ、それ以降は計算と制御が自動的に資源を投入し、ロボットや宇宙船、さらには火星基地といった人類の生存圏までを形作っていく。
そのようなレイヤーが、今まさに立ち上がろうとしているのです。
⚫︎新秩序がもたらす4つの世界と私たちの生き方
この計算工学秩序の台頭により、世界は一枚岩ではなくなりました。私は、現在の世界は少なくとも4つの異なる秩序が並行して存在する「フォーク(分岐)」した状態にあると考えています。
1. 計算工学秩序 (CEO):国境を超え、独自のトークン等で動くSF的な世界。
2. 資本市場秩序 (CMO):私たちが慣れ親しんできた、法定通貨ベースのグローバル資本主義。
3. 国家主導秩序 (SAO):国家が資源配分を管理する、統制経済的な世界。
4. シェアリズム/貢献公共秩序 (CCO):ローカルな信頼関係に基づく、顔の見えるコミュニティの世界。
この4つの秩序はそれぞれ異なるルールで動いており、ビットコインのフォークのように、世界が複数のレイヤーに分断されつつあるというのが私の直観です。完全に断絶しているわけではなく、グラデーション状に繋がっています。
たとえば、「時価総額150兆円」という資本市場秩序の話と、「道の駅の野菜の値段」というシェアリズムに近い世界の価格。この両者は階層が異なり、乱暴に同一線上で結びつけるべきではありません。
まず重要なのは、「世界はそのように分かれているのだ」という構造を理解し、自分たちが今どこにいるのかを認識することです。
【第1の秩序】計算工学秩序(Computational Engineering Order)
政府や中央銀行を介さず、独自のトークンや暗号資産で資金を調達し、プロジェクトを推進する世界です。その源流はビットコインにありますが、今後はロボットの労働力を担保にしたトークンなどが次々と生まれ、宇宙の果てまで拡張していくでしょう。
この秩序は、文化的な深みといった人間的な要素をあまり介さず、まるでSFのような発想が驚異的なスピードで実現していきます。イーロン・マスク氏の事業に「X」が多用されるのも、この秩序の持つある種の精神性を象徴しているのかもしれません。
経済規模で言えば、今後この領域が世界全体の20〜30%を占めるようになる可能性があり、これは巨大な変化です。
ただし、この秩序は人間を中心に設計されていません。それは何かを実現し、拡張するためだけに存在する、ある種、宿命的な力です。コーヒーにミルクが拡散していくエントロピーの法則のように、ただ拡張していく意思が働いているように見えます。
【第2の秩序】資本市場秩序(Capital Market Order)
これまで世界を席巻してきたグローバル資本主義です。かつてはニューヨークのヘッジファンドに代表されるように絶大な力を持っていましたが、米中対立や各国の「自国ファースト」化により、その影響力は相対的に低下しています。今回のSpaceXのIPOでも意外にも金融機関の儲けは少なく0.8%ほどの手数料に抑えられていました(通常、2-3%)。これはSpaceXの交渉力の方がゴールドマンサックスやモルガン・スタンレーといった主幹事証券会社よりも強かったからと言えます。
【第3の秩序】国家主導秩序(State-Allocation Order)
まるで19世紀の帝国主義のように、国家が経済や資源の配分を主導する秩序です。世界の分断によりグローバル・サプライチェーンが機能しなくなり、各国は自国内で経済を完結させようとブロック経済化を進めています。
この秩序の下では、国家は補助金や税で国民をコントロールし、個人の自由はコンプライアンス等の名の下に制約されがちです。今の日本もこの傾向が顕著で、多くの人が「生きづらさ」を感じています。
誰が舵取りをするかによって国の運命が大きく左右される、極めてリスクの高い世界です。かつての自由な資本主義が懐かしく感じられるのは、この国家による統制の息苦しさが現実となりつつあるからでしょう。
【第4の秩序】シェアリズム/貢献公共秩序(Contributive Commons Order)
ダンバー数(1)で示されるような、顔の見える関係性(約150人)を基盤とした、ローカルなコミュニティの秩序です。お金が絶対的な価値を持つのではなく、信頼や善意に基づく貢献が重視されます。田舎の生活を想像すると分かりやすいかもしれません。
⚫︎新しい世界地図を手に、どう生きるか
これら4つの秩序は相互に影響を及ぼし合います。計算工学秩序がエネルギー供給を止めれば、他の秩序は機能不全に陥るかもしれません。国家主導秩序が規制をかければ、他の秩序の自由は奪われます。
私たちは、自分が今どの秩序に属しているのかを自覚し、他の秩序とどう付き合うかを考えざるを得ません。
「イーロンマスクが偉い」「お金持ちが偉い」という一元的な価値観だけが世界のすべてではありません。シェアリズムの住民として、富や英雄性だけを格好いいと思わない価値観があっていいのです。畑を耕すほうが、悟りや豊かさに近づく可能性だってあります。
この多面的な見方ができると、心が楽になります。皆が同じものを目指す必要はないのです。私が提示したいのは、この複層的な世界の構造を理解するための新しい地図です。
新しい通貨が発行されるのか、という問いがありましたが、それよりも重要なのは、通貨と市場を中核とする「資本市場秩序」の説明力が落ち、私たちは新しい秩序の中で生きる設計へと移る必要がある、ということです。
これは単なるバブルだと片付けることもできます。しかし、「新しい世界秩序が立ち上がっている」と捉えた方が、これからの世界を理解し、生きやすくなるのではないか。私はそう考えています。
【注釈】
1 ダンバー数:イギリスの人類学者ロビン・ダンバーが提唱した、人間が安定的な社会関係を維持できる人数の認知的な上限。一般的に150人程度とされる。