1. 継がない、と言った日
実家は、小さな自転車店だった。父が一台一台、パンクを直し、サドルの高さを調整し、常連客の名前を全部覚えている。そういう店だった。子どもの頃は誇らしかったその仕事を、大学を出る頃には「継ぎたくない」と思っていた。理由は単純で、儲かる仕事に見えなかったからだ。個人店の自転車屋が、これから先も同じやり方で成り立つとは思えなかった。
私は普通に就職し、法人向けの物流機器を扱う商社で働き始めた。自転車とは関係のない仕事のつもりだった。
2. 現場で見た、小さな困りごと
配属されたのは、配送業者や小売店の物流現場を回る営業だった。ある日、担当していた配送会社の所長から、こんな相談を受けた。「うちの配達員が使ってる自転車、ちょっとずつ壊れるんだけど、直しながら使うか、買い替えるか、いつも迷うんだよね」。
その場では聞き流しそうになったが、後日たまたま実家に立ち寄ったとき、父がその手の相談を日常的に受けていたことを思い出した。個人店では当たり前だったその対応が、法人の現場では誰も専門的にやっていないという事実に、そのとき初めて気がついた。
3. 「それ、他でもやってほしい」
半分興味本位で、休日にその配送会社の車両整備を手伝ってみた。父から教わった知識がそのまま役に立った。数週間後、その所長からこう言われた。「知り合いの運送会社にも、同じような悩みを持ってるところがあるんだけど、紹介していい?」
これが最初の転機だった。個人店では地域の顧客にしか届かなかった技術が、法人という単位でまとめれば、もっと広く必要とされている。そのことに気づいたとき、初めて「継がない」という自分の判断が、半分正しくて半分間違っていたと思った。継ぐべきは店ではなく、その店にあった技術と姿勢だったのだ。
4. 会社を辞める前夜に考えたこと
起業を決めた夜、何度も自問した。個人店を続けていた父の商売が、なぜ大きくならなかったのか。答えは、事業として仕組み化されていなかったからだと思った。技術も、信頼も、十分にあった。足りなかったのは、それを一つの店を超えて届ける仕組みだけだった。
法人向けに特化し、車両選定から日々の整備、故障対応までを一括で引き受ける。個人店ではできなかった規模で、個人店にしかできなかった対応を提供する。矛盾しているようで、これが自分にしかできない事業だと思えた。
5. 今、創業して思うこと
創業して以来、何度も助けられているのは、あの実家の店で見てきた光景だ。効率や規模だけでは測れない、現場との向き合い方。数字の裏には必ず、困っている誰かの顔があるということ。
継がないと決めた店の姿勢を、形を変えて今も引き継いでいるのだと思う。これから先も、現場の小さな困りごとに、法人という規模で応え続けられる会社でありたい。その現場を一緒に見に行ってくれる仲間を、探しています。