代表取締役社長(写真右):尾形 優(オガタ マサル)
専務取締役(写真左):水越 聖(ミズコシ サトル)
こんにちは。株式会社リバイブル採用担当です。
今回は、リバイブルの原点を知る「創業ストーリー」をお届けします。
登場するのは、代表取締役社長の尾形優と、専務取締役の水越聖。
二人が出会ったのは、まだ10歳の頃。幼い頃から同じ時間を過ごしてきた二人が、なぜ一緒に会社を立ち上げることになったのか。そして、リーマンショック直後という決して順風満帆とはいえない環境の中で、どのように事業をつくり、会社を成長させてきたのか。
現在のリバイブルだけを見ていると、なかなか想像できない創業当時の話も含めて、二人に振り返ってもらいました。
会社の歴史だけではなく、今のリバイブルにも受け継がれている「考え方」や「価値観」を感じてもらえればと思います。
目次
将来を描きながら走り続けてきた。会社の成長をどう見ているのか。
まずは今のリバイブルから振り返ってみたいと思います。創業から時間が経ち、社員も事業も増えました。お二人は、現在の会社の姿をどんな気持ちで見ていますか? 創業当時から、今の景色は見えていたのでしょうか。
水越:僕自身は、ここまで具体的には想像していませんでした。その時々で目の前にあることに一生懸命取り組んできて、振り返ってみたら会社も人も大きくなっていた、という感覚の方が近いですね。
水越さんらしいですね。目の前の一つひとつを積み重ねてきた実感がある一方で、尾形さんは少し違う見方をしていたのでしょうか。
尾形:僕はある程度、想像していました。創業当初から、「何年後にはこれくらいの売上
をつくる」「一人あたりどれくらいの売上を生み出して、そのためには何人くらいの組織が必要なのか」ということは考えていました。もちろん、実際にここまで社員が増えていく姿を見ると、不思議な感覚もあります。
ただ、漠然と大きくしたいと思っていたわけではなく、将来の姿から逆算して会社をつくっていく意識は、当時から持っていました。
「いつか大きくなれたら」ではなく、先の姿を数字まで含めて描いていたんですね。ここまでの道のりでは、リーマンショックや新型コロナウイルスなど、会社だけではコントロールできない大きな変化もありました。そういう局面では、どんなことを大切にしていたのでしょうか。
尾形:新型コロナウイルスが広がり始めた頃は、誰にとっても先が読めない状況でした。だからこそ、まず会社を守るために何ができるかを考えて、支出を見直したり、利用できる制度を確認したり、できるだけ早く判断しました。
結果的には、リモートワーク需要など社会の変化によって、テラスハウスの商品が評価されるなど、事業にとってプラスに働いた部分もありました。ただ、「結果的に良かった」ということと、「何もしなくても良かった」ということは全く違います。先が見えないからこそ、まず考えて、早く動く。それは昔から変わっていないと思います。
状況が落ち着くのを待つのではなく、その時点でできることを考えて動く。社員として働いていても、リバイブルにはそういう判断の速さを感じる場面があります。水越さんは、組織の面ではどんな変化を感じましたか?
水越:会社としてのコミュニケーションも大きく変わりましたね。それまでは直接会って話したり、食事をしながら解決したりすることも多かったのですが、それができなくなった。だからこそ、「どうすれば離れていても意思疎通できるのか」「どう組織として動いていくのか」を改めて考えるきっかけにもなりました。
環境が変わるたびに、やり方そのものを見直してきたんですね。
尾形さんが今話してくださった“まず考えて早く動く”という感覚は、創業当初からあったのでしょうか。
尾形:それはあると思います。そもそも僕たちは、リーマンショック直後に会社を立ち上げています。最初から何かに守られていたわけでもないので、何か起きたときに「誰かが答えを出してくれる」と考える習慣がないんですよね。自分たちで状況を見て、自分たちで決めて、自分たちで動く。そういう感覚は創業時から身についていると思います。
二人の出会いは10歳。三度目の誘いが「一緒に会社をやろう」だった
ここからは、今のリバイブルから一気に時間を戻したいと思います。お二人は社長と専務という関係になるずっと前、10歳の頃からの知り合いなんですよね。
尾形:10歳くらいですね。小学生の頃、同じグループで遊んでいた仲間の一人でした。いつから特別に仲が良くなったのかは、正直あまり覚えていないんです。
水越:昔から知ってはいましたけど、ずっと二人で行動していたわけではないんですよね。
幼馴染ではあるけれど、ずっと一緒にいた二人というわけではなかったんですね。それでも、結果的には一緒に会社をつくることになります。そこまでには、何度か“誘い”があったと聞きました。
尾形:そうなんです。振り返ると、水越のことは何度か誘っています。最初は高校。「八王子の方の高校に一緒に行こう」と誘ったけど断られました。次は大学。これも誘ったけど断られた。そして三回目が、「一緒に会社をやろう」。そこでようやく来てくれました(笑)。
水越:三回目でようやくですね(笑)。
高校、大学と断られて、三回目が“起業”というのも、お二人らしいエピソードですね(笑)。でも、会社を始めるというのは進学とは比べものにならない大きな決断です。以前から、いつか一緒に何かをやるイメージはあったのでしょうか。
尾形:10代、20代の頃から、いつか独立したいという話はしていました。最初から「この事業で起業する」と決めていたわけではなくて、起業したいという意志が先にあって、「では何をやるのか」を考えていたんです。
そのタイミングで、僕が働いていた会社がリーマンショックの影響を受けました。そこで、「今が動くタイミングなのかもしれない」と考えました。新宿で水越に事業の構想を説明したところ、「面白そうだ」と言ってくれて。僕が会社を辞め、水越も仕事を辞めて、本格的に二人で会社を始めることになりました。
長い付き合いがあるからこそ、勢いだけではなく“この人とならやれる”という感覚もあったのかもしれませんね。ここからは、なぜ不動産という事業を選んだのか、その背景も聞かせてください。
「全部を経験できる人になりたい」。前職で抱いた危機感が、現在の事業につながった。
起業するときから、不動産業界で事業をすることはある程度決めていたのでしょうか。
尾形:ある程度は考えていました。今のリバイブルは、土地を仕入れて、企画して、開発して、販売するところまで関わります。この考え方の原点は、前職で経験したことにあります。
新卒で会社に入ったとき、僕は仕入れから販売まで一連の仕事を経験できる部署に行きたいと伝えました。当然、「新卒なのに、いきなりそんなことを言うのか」という反応でした。
新卒の段階から、担当領域を狭く持つのではなく、不動産の一連の流れを理解したいと考えていたんですね。なぜそこまで強く思っていたのでしょうか。
尾形:当時の僕には、かなり危機感があったんです。一部分の業務だけを知っているのではなく、不動産という事業全体を理解できる人間にならなければ、自分自身の価値をつくれないと思っていました。その経験や考え方が、今のリバイブルの開発事業にもつながっています。
今の事業の形が、後から偶然できたのではなく、会社員時代に感じた問題意識からつながっているんですね。ただ、創業したのはリーマンショック直後。理想通りにスタートできたわけではなかったと思います。
尾形:そうなんです。やりたいことはあっても、当時はすぐに不動産開発ができる環境ではありませんでした。そこで最初に取り組んだのが、家賃交渉の仕事でした。
理想の事業ができないから何もしない、ではなくて、今ある環境の中で自分たちにできることを探す。創業期は、その繰り返しでしたね。
やりたい事業へのこだわりを持ちながらも、“今できること”に柔軟に切り替える。その姿勢も、今のリバイブルの事業の広がりにつながっているように感じます。
資金も設備も十分ではない。それでも「時間だけは無駄にしない」と決めた
ここまで聞くと、創業に向けた意思はかなり固まっていたように感じます。一方で、リーマンショック直後に起業するとなると、資金面も含めて現実的なハードルはかなり大きかったのではないでしょうか。
尾形:それ以前に、まず資金がありませんでした(笑)。事業の構想はできた。でも、それを始めるためのお金がない。
「一年間アルバイトをして資金をつくってから起業する」という選択肢も考えました。ただ、それでは一年という時間を失ってしまう。僕たちにとって、お金以上に時間の方が重要でした。そこで何とか資金を用意して、二人で会社をスタートしました。
“資金ができるまで待つ”よりも、“今動ける方法を探す”ことを選んだんですね。今の環境が十分に整っていなくても、まず一歩を踏み出すという考え方がよく分かります。最初のオフィスも、かなり手づくりだったそうですね。
尾形:全く整っていませんでした。最初はFAXすらなかったので、必要になって電器店へ買いに行きました。電話も新品をそろえられる状況ではなく、知人から譲ってもらった家庭用のものを使っていました。今思えば、本当に何もなかったですね。
水越:「使えるものは使おう」という感じでしたね(笑)。
今のオフィスを知っている社員からすると、なかなか想像できないスタートですね(笑)。でも、その“不足している状態”だからこそ身についたものもありそうです。
尾形:お金がないからこそ、「どうすればできるのか」を常に考えていました。十分な資金や設備があれば、それに越したことはありません。でも、ないことを理由に止まっていても何も始まらない。工夫することや、自分たちで手を動かすことは、創業期にかなり鍛えられたと思います。
和室から始まった会社。昼は会社、夜はアルバイトという生活
では実際に、創業当初はどんな場所で、どんな毎日を過ごしていたのでしょうか。今の社員にもぜひ知ってもらいたいところです。
尾形:最初は和室です。そこが仕事場でもあり、生活する場所でもありました。
創業して一か月くらいするともう一人加わって、徐々に仲間も増えていきました。僕たちはそこに住んでいたのでラフな格好で仕事をしていて、新しく入ってきた人だけスーツを着ていたりして(笑)。さすがに「この状態ではお客様を呼べないよね」と話していました。
会社であり、自宅でもある。しかも途中から仲間も増えていく。かなり濃い時間ですね(笑)。仕事だけで生活できる状態になるまでには、どんな働き方をしていたんですか?
尾形:当時は昼間に会社の仕事をして、夜は別のアルバイトをするような生活でした。体力的には大変でしたが、「会社を軌道に乗せる」という一つの目標があったので、必死でしたね。
水越:今振り返れば、よくやっていたなと思います。でも当時は、それが特別だとはあまり思っていなかったですね。
後から聞くとかなり大変な生活なのに、当時は“やるのが当たり前”だったんですね。二人とも同じ目標を見ていたからこそ続けられたのかもしれません。
初めて「これは仕事になる」と実感した瞬間
そんな日々の中で、初めて「会社としてやっていけるかもしれない」と手応えを感じた瞬間は覚えていますか?
尾形:最初に取り組んだ家賃交渉の仕事で、実際に売上が立ったときですね。それまでは、「本当にこれがビジネスとして成立するのか」という不安もありました。
でも実際にお客様から対価をいただいて、「自分たちが提供した価値にお金を払ってもらえるんだ」と実感した。そこで初めて、「これは仕事として成立する」と感じました。そこから少しずつ案件を増やして、会社も広がっていきました。
“売上が立った”という事実以上に、自分たちの価値を誰かに認めてもらえた実感が大きかったんですね。創業当初の不安が、少しずつ確信に変わっていく節目だったことが伝わります。
和室から、初めてのオフィスへ
そして、いよいよ和室を卒業して、初めてオフィスを構えることになります。そのときのことは覚えていますか?
尾形:よく覚えています。いくつか物件を見ていた中に、僕が新卒で入った会社が開発したビルがあったんです。そこに自分たちの会社として入居することになった。それはすごく嬉しかったですね。
会社員だった頃に見ていた世界に、今度は経営者として戻ってきたような感覚がありました。
それは感慨深いですね。自分が社員として見ていた場所に、今度は自分の会社を率いる立場で入る。創業からの時間を考えると、ひとつの大きな節目だったのだと思います。
水越:その前が和室ですからね(笑)。ようやく会社らしい場所を持てた、という感覚はありました。
たしかに、振れ幅が大きいですね(笑)。その後も会社の成長に合わせてオフィスを移転していきますが、単純に人数に合う広さを選んでいたわけではなかったんですよね。
尾形:オフィスを移転するときも、単純に「今の会社規模に合う場所」を探しているわけではありません。少し先の自分たちを想像して、その会社にふさわしい場所を選ぶ。
「この家賃を払える会社になる」という覚悟を決める意味もありました。現状に合わせるのではなく、未来から逆算して環境を決める。会社経営では、そういう考え方も大切だと思っています。
最初に話してもらった“未来から逆算する”という考え方が、オフィス選びのような具体的な意思決定にも一貫しているんですね。創業時から今まで、判断の基準そのものは大きく変わっていないのかもしれません。
今のリバイブルにも残る、「まず自分たちで考える」という姿勢
10歳で出会った二人が会社を立ち上げ、十分な資金も設備もない環境からスタートしたリバイブル。
創業当初から、すべてが計画通りだったわけではありません。
リーマンショックによって思い描いていた事業をすぐには始められず、資金も十分ではない。それでも、「今の環境で何ができるのか」「どうすれば前に進めるのか」を考え続けてきました。
今回、二人の話を聞いていて印象に残ったのは、特別な環境が整っていたから前に進めたのではなく、環境が整っていないからこそ、自分たちで答えをつくってきたということでした。
環境が整うのを待つのではなく、自分たちで判断し、自分たちで動く。そして、現在だけを見るのではなく、数年先の姿から逆算して意思決定する。
創業当時のエピソードを振り返ると、現在のリバイブルにもつながる価値観が、すでにこの頃から形づくられていたことが分かります。
採用担当として日々社員と接していると、この姿勢は経営陣だけのものではなく、少しずつ組織の中にも受け継がれているように感じます。自分で考えて動くことも、うまくいかないときに周囲と知恵を出し合うことも、創業時から続くリバイブルらしさの一つなのかもしれません。
後編では、二人が会社を経営するうえで大切にしてきた考え方や、会社が成長しても変えたくないものについて、さらに掘り下げていきます。