ユウジは、小さな名瀬の街を仲間たちと探索することが好きだった。自転車さえあれば、宇宙のどこへでも行ける気がした。
長浜の振興会館の裏手にある下水処理場をさらに奥に行くと、立神を望む小さな海岸がある。未舗装の小道を抜けた先には、家もなければ、人もいない。ただ美しいビーチと波の音だけが響いていた。大浜海岸まで行くには、あの峠は未成年の足には遠すぎた。だから、平たんな道で行けるこの「名もなき浜」は、いつしか、ユウジたちの秘密のビーチになった。
その存在を知るのは信頼できる仲間だけ。親にも先生にも話さない。夏になると堤防で釣り竿を振り、家からこっそり持ち出したカセットコンロでバーベキューをした。泊まりに行くと嘘をついて、夜を明かしたこともある。そんな、何でもありの場所だったが、入り口に立つ「遊泳禁止区域」の看板には、素直に従っていた。
ある日、見知らぬ少年がビーチにいた。明るく声を掛けると、ユキノブと名乗るその少年はすぐに仲間になった。どこの学校か知らずとも、全く気にならなかった。夏も終わりだというのに35度を超えた炎天の下、ユウジたちは自分たちの掟を破り、海に飛び込んだ。名瀬の市街地にこんなきれいな海があったとは。歓喜を上げた瞬間、潮の流れが急に変わった。離岸流だった。
泳げど泳げど、岸が遠のいていく。恐怖で頭が真っ白になったとき、ユキノブが大きな声で叫んだ。「横だ、横に向かって泳げ!」。僕らは向きを変えて必死に泳ぐと、逆流から抜け出すことができた。間一髪、九死に一生を得た。岸に戻った僕らは何も話すことはなかった。
それ以来、ユウジたちはビーチには行くことも、ユキノブと会うこともなかった。
数年後、図書室で古い新聞をめくっていると、「長浜の海岸で少年死亡」という記事が目に留まった。日付は30年前。そこにあった名前は―。幸信(ユキノブ)だった。
寄稿:南海日日新聞 つむぎ随筆(2025年10月)