「つながって、ひろがる」山の畑のしごと
前回は、事業所はどうして閉じてしまうのだろう、ということを書いた。
真面目にやろうとする中で。
守ろうとする中で。
失敗しないようにする中で。
気づけば、事業所の内側だけを向いてしまうことがある。
それは誰かの悪意ではなく、むしろ善意や責任感の中で静かに起きることなのかもしれない。
では、閉じないためにはどうしたらいいのだろう。
最近、僕はその答えのひとつが、
「つながって、ひろがる」
という言葉の中にある気がしている。
これは、ジョブテラス山の畑で大切にしているキーコンセプトだ。
人と人。
活動と意味。
事業所と地域。
小さな実践が次の可能性へとつながっていく。
そんな願いを込めている。
障害福祉の現場では、利用者さんを「支援される人」として見てしまいやすい。
もちろん支援は必要だ。
苦手なことがある。
一人では難しいことがある。
社会の中で傷ついてきた経験がある。
だから支援がある。
でも、その人は本当に「支援されるだけの人」なのだろうか。
僕は、そこに少し立ち止まりたい。
人は支えられる存在であると同時に、誰かを支える存在にもなれる。
助けてもらうだけでなく、何かを届けることもできる。
役割を持つことだってできる。
それは大きなことでなくていい。
商品を袋に入れる。
畑の草を取る。
収穫した野菜を並べる。
棚を整える。
ポップの言葉を考える。
「これ、おすすめです」と伝える。
そんな小さな行為の中にも、
誰かに価値を届ける
瞬間がある。
山の畑では、農作業を「グリーンワーク」と呼んでいる。
苗を植え、水をやり、収穫し、選別して出荷する。
一つひとつは地味な作業だ。
でも、その先には誰かの食卓がある。
「おいしかったよ」と言ってくれる人がいるかもしれない。
そう考えると、畑の仕事はただの時間つぶしでも、訓練のための訓練でもない。
土や商品、地域の暮らしへとつながる仕事になる。
もちろん、毎日がきれいに進むわけではない。
暑い日もある。
疲れる日もある。
やりたくない日もある。
途中で気持ちが切れてしまう日だってある。
それでいいと思う。
仕事とは、そもそもそういうものだ。
でも、そこに意味が見えると少し違ってくる。
「これは誰につながっているんだろう」
「この作業の先に何があるんだろう」
そんな問いが見えてくると、活動の景色も変わる。
ものづくりの仕事も同じだ。
受託業務では、利用者さんたちが黙々と手を動かす。
数を数える。
折る。
詰める。
そろえる。
確認する。
それは誰かの製品や仕事の一部になる。
名前が表に出ることは少ないかもしれない。
それでも、確かに社会のどこかにつながっている。
ただ最近は、受託業務が少なくなる時期もある。
そんなとき、ふと思う。
仕事がないとき、僕たちは何を「仕事」と呼ぶのだろう。
受託があるから仕事なのか。
お金になるから仕事なのか。
決められた作業があるから仕事なのか。
もちろん、それらは大事だ。
工賃も大事だし、任された仕事をやり遂げることも大事だ。
でも山の畑では、それだけではない働き方も考えていきたい。
たとえば、商品研究。
駄菓子を試食して、味を言葉にする。
「これは子どもに人気が出そう」
「これは大人も懐かしいかも」
「パッケージが目立つね」
そんな話をしながら、どう届けるかを考える。
一見すると遊びのように見えるかもしれない。
でも、お店で売るための言葉を考えることは立派な仕事だ。
誰かの「買ってみようかな」や「ちょっと楽しい」につながる。
そして、利用者さん自身の感覚や言葉が、商品の価値の一部になっていく。
これは、僕にとってとても大切なことだ。
支援者が考えた正解をこなすだけではなく、本人の感じたことや考えたことが仕事になる。
その人の視点が、誰かに届く。
そこに、働く意味の小さな芽がある気がしている。
三右衛門本舗も、そういう場所でありたい。
駄菓子があり、地域の商品があり、子どもたちがふらっと立ち寄る。
棚を整える人がいる。
ポップをつくる人がいる。
商品を選ぶ人がいる。
買いに来る人がいる。
そこで、ちょっとした会話が生まれる。
福祉施設の商品だから買ってもらうのではない。
かわいいから。
おもしろいから。
おいしそうだから。
誰かにあげたいから。
そんなふうに自然に手に取ってもらえること。
その中で、山の畑の仕事が地域の暮らしに少しずつ混ざっていくこと。
それが、僕たちの目指したい形なのかもしれない。
「福祉だから応援してください」
ではなく、
地域の中に、あってよかったと思ってもらえること。
それは少し難しい。
福祉の意味を隠したいわけではない。
でも、福祉の看板だけで関係をつくりたいわけでもない。
利用者さんを前面に出した感動物語にしたいわけでもない。
守るべき尊厳やプライバシーは守る。
そのうえで、仕事や商品、場所そのものが地域と自然につながっていく。
存在が無理に説明されなくても、価値として滲んでいく。
そんな形を探している。
山の畑の活動には、いくつかの入り口がある。
グリーンワーク。
ものづくりサポート。
ITワーク。
スマイルコネクト。
畑に関わる人。
商品に関わる人。
情報に関わる人。
お店や地域に関わる人。
別々に見えて、実は少しずつつながっている。
畑で収穫したものがお店に並ぶ。
商品をITワークでポップにする。
商品研究で生まれた言葉が売り場づくりにつながる。
地域の人の反応が、次の活動のヒントになる。
活動がつながり、役割が生まれ、人との関係が少しずつ広がっていく。
たぶん、これが山の畑の
「つながって、ひろがる」
なのだと思う。
大きな理想を掲げるだけではなく、日々の小さな作業の中に、その流れをつくっていく。
もちろん簡単ではない。
予定通りにいかないこともある。
受託が減ることもある。
人手が足りないこともある。
職員も悩む。
利用者さんも揺れる。
それでも、意味を見つけ直すことはできる。
この作業は何につながっているのか。
この人の力はどこで活きるのか。
この活動は地域に何を届けられるのか。
問い続けることで、閉じかけた活動がもう一度外へ向き始めることがある。
僕たちは、社会企業でありたいと思っている。
それは福祉サービスを提供するだけではなく、地域の中に価値をつくっていく会社でありたい、ということだ。
働く機会をつくる。
役割をつくる。
小さな商品を届ける。
子どもが立ち寄れる場所をつくる。
誰かの「助かった」「楽しかった」「また来たい」を少し増やす。
それは小さな社会貢献かもしれない。
でも、僕たちはその小ささを大切にしたい。
半径5kmを幸せにする。
この言葉も、やっぱりここにつながっている。
遠くの大きな世界ではなく、まずは近くの人たち。
顔の見える地域。
歩いて行ける距離。
声が届く範囲。
その中で、山の畑の仕事が誰かの暮らしに少し混ざっていく。
それで十分なのかもしれない。
いや、そこからしか始まらないのかもしれない。
支援される人から、価値を届ける人へ。
これはきれいごとではない。
毎日うまくいくわけではない。
でも、人は役割を持つと少し表情が変わることがある。
自分のしたことが誰かに届くと、少し背筋が伸びることがある。
「ありがとう」と言われると、次もやってみようかなと思えることがある。
そういう小さな変化を、僕は信じたい。
人は支えられるだけではなく、誰かを支えることもできる。
受け取るだけではなく、届けることもできる。
閉じない事業者であるということは、たぶん、その可能性を信じ続けることでもある。
山の畑は、まだまだ途中だ。
完成された仕組みではない。
迷いながら、試しながら、時々失敗しながら、少しずつ形を変えている。
でも、だからこそ面白い。
小さな活動が役割になり、役割が地域との関係になり、その関係がまた新しい可能性を連れてくる。
そんな循環を、これからも育てていきたい。
半径5kmの中で。
今日もまた、土に触れたり、商品を並べたり、言葉を考えたりしながら。
僕たちは、閉じない事業者であるための小さな練習を続けている。
※次回は、「閉じない事業者論④」として、主体性の回復について考えてみたい。支援とは、何かをしてあげることなのか。それとも、その人がもう一度、自分の人生の主人公に戻っていくための環境を整えることなのか。そんなことを書いてみたい。