スタートアップ支援のエッジグロース、「ビッグウェーブ・カンパニー株式会社(Bigwave & Co.)」に社名変更
ビッグウェーブ・カンパニー株式会社のプレスリリース(2026年2月27日 10時00分)スタートアップ支援のエッジグロース、「ビッグウェーブ・カンパニー株式会社(Bigwave & Co.)」に社名変更
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000154066.html
2026年2月、スタートアップ支援会社「EdgeGrowth」が「ビッグウェーブ・カンパニー株式会社(Bigwave & Co.)」に生まれ変わりました。
新しいサイトのトップには、葛飾北斎の大波が広がっています。ロゴには波と人の字が重なっています。そして社名の真ん中にあるのは、代表・大波周一が父から受け継いだ「大波」という姓です。
なぜ今、このタイミングで。なぜ父の姓を会社の名前に。その答えを聞くと、一人の父親の話から始まりました。
寡黙な父と、「大波」という姓
長男が生まれた夜に、決めた
「人と未知をつなぐ」という使命
仕事を、もっと面白くしていこう
大波の父は、横浜国立大学に勤める教授でした。早大レベルだったそうですが、お金がなくて大学に行かず、日産で働いていたものの政治的環境が嫌で辞めてしまったそうです。その後、脱サラして農業に挑み、30代で横浜国立大学から引き抜かれるという、ちょっと変わったキャリアを歩んだ人でした。
「普段はあんまり話さない人でしたね。でもお酒を飲むと人が変わるんです(笑)。ちびまる子ちゃんに出てくるヒロシみたいな。夜ひとりで、飼ってたウサギに話しかけてる姿とか、今でも覚えてます」
無口な父でしたが、子どもの発表会には必ず来てくれました。ピアノもダンスも高校野球も、「絶対興味ないはずなのに(笑)」と大波は笑います。
父が肺ガンで他界したのは、大波が21歳のとき。61歳、定年を迎えた直後でした。
「今まで生きてきた中で一番泣いた日でした。134号線をバイクで泣き叫びながら走ってた記憶があります。それくらい、ぐちゃぐちゃでした」
ひとつだけ、心残りがありました。
「社会人になる前に亡くなってしまったので、初任給でプレゼントできなかったんです。子育てをやり切ってくれた父に、何も返せなかった。それだけがずっと引っかかってました」
他界する半年前の福島旅行で最初で最後の晩酌。「この時はまだガンと知りませんでした。」
EdgeGrowthとして3年間、スタートアップの支援を続けながら、社名変更はずっと頭の片隅にありました。事業が多角化していくなかで、「いつか変えたい」とは思っていた。でも、「何に変えるか」がなかなか決まらなかったと言います。
転機は、2025年の夏に訪れました。第二子、長男の誕生です。
「子どもが生まれた瞬間に、考え方がガラッと変わりました。もともとは事業売却を見据えて、とにかく伸ばすことだけ考えてたんですが——父から受け継いだ姓を、未来に繋いでいきたいと思ったんです」
もしかしたら、いつか子ども達が会社を継いでくれるかもしれない。
「父が子育てをやり切ってくれたみたいに、私も2人の子どもを育て切りたい。会社も同じで、EXIT最優先じゃなくて、長く続く会社をつくりたいという気持ちになった」
「大波」という姓を、会社の名前にする——それはリブランディング以上の意味を持った決断でした。
新しいMissionは「人と未知をつなぎ、成長と変革のうねりを起こす。」という言葉になりました。
AIが急速に進化して、仕事の形がどんどん変わっていく時代。Bigwave & Co.が信じているのは、それでも「人の可能性」が中心にあり続けるということです。
「不透明な時代ほど、チャンスが大きい。変化を恐れずに一歩踏み出せる人と、一緒に次の時代をつくっていきたいと思っています」
採用ページにはこんな言葉があります。「挑戦する理由なんて、後でいい」「経験よりも、やってみたい、を尊重する」。
大波自身もそうでした。父は余計なことを言わずに、ただ背中を押してくれた。ピアノの発表会に来てくれた。野球の試合を見に来てくれた。それだけで十分だったと、大人になってから気づいたと言います。
「Bigwave & Co.も、そういう場所でありたいんです。やってみたいという気持ちさえあれば、仕事はどんどん面白くなる。一緒に面白い未来をつくれる人を、本気で探しています」