「デザイナーはディレクションも担うべき?」「ディレクターも作れるべき?」という議論が、SNSで話題になることがあります。制作の現場では、常に議論されるテーマです。
Webやプロダクトが複雑化し、AIが制作工程を担うようになってきた現在、この問いは単なる役割論ではなくなっています。「何を作るかを決める人」と「それを形にする人」の境界が、少しずつ曖昧になってきていることも話題にあがりやすくなった理由のひとつではないでしょうか。
それに対しデザインコンサルティングファーム・バイネーム代表の井上は「分業か一体かは思想の問題ではなく、プロジェクトの構造によって適不適がある」と話します。
デザイナーがディレクションに踏み出すことで、何が変わるのか。そして、どのようなプロジェクトにおいて分業が必要になるのか。現場での実体験をもとに、その判断軸を探りました。
デザイナーとディレクターを分けるかどうかは、プロジェクトの規模と構造による
── デザイナーとディレクターは、分業したほうがいいのか、それとも一緒にやるべきなのか。井上さんの意見を教えてください。
ディレクターの役割は時代とともに変わってきました。Webなどデジタル媒体が主流になる前はデザイナー自身が方向性を考え、ディレクションも担うケースが多かったと思います。ただ、Webやシステムなどアウトプットが複雑化し、設計やビジネスとの接続まで求められるようになった結果、負荷が増え、分業が進んだのだと感じています。
今のディレクターは、要望を聞いて整理する役割に寄っている場面もあります。しかしそれが必ずしも良いこととは限らず、クライアントと作り手の間に人が入ることで解釈のズレが生まれることもある。例えばクライアントが「青がいい」と言ったとき、それがどんな青なのか、ニュアンスが伝わらないケースがあります。デザイナーが直接話していれば「こういう青ですか?」とその場の質問で理解できたことが、一旦持ち帰ることによって遠回りになってしまう。行き違いが起きれば修正コストも増えます。
── では、デザイナーがディレクションまで担うほうがいいという考えですか?
小〜中規模の案件ではデザイナーがディレクションまで担うのが合理的だと思います。直接ヒアリングし、その場で解釈しながら合意を取れれば、意思決定の往復が減ります。結果として生産性が上がります。
また、実際に手を動かしている立場だからこそ出てくる質問や提案もあります。仕様の現実性や実装難易度を踏まえた交渉は、制作経験があるほうが強い。最終的にデザイナーが作り直すのであれば、最初からまるっと担当してしまうことが効率的な場合もあります。
── とはいえ、分業のメリットもありますよね?
もちろんあります。関係者が多い大規模な案件では、情報を集約し、優先順位を決める役割が不可欠です。クライアント側に複数の意思決定者がいる場合、意見を整理し、どこに着地させるかを決める人がいなければ混乱します。
長期案件や余裕のあるスケジュールでは、進行管理や調整に専念する人がいることで全体は安定します。デザイナー一人が制作と並行して予算やレビュー管理まで行うのは現実的ではありません。制作に集中できる環境をつくることも、分業の大きなメリットです。
つまり、分業か一体かは思想の問題ではなく、プロジェクトの規模と構造の問題です。
── デザイナーがディレクションに踏み出すことについてどう考えますか?
ディレクションは肩書きではなく、解釈と合意形成の力だと思っています。自分のアウトプットに責任を持つなら、ニーズを引き出し、方向性を提案し、決めるところまで踏み込むことで価値は上がる。
AIによって制作工程は効率化されていきます。だからこそ、「何を作るか」を決められる人の価値は高まります。デザイナー自身がどこまで解釈に関わるのかを問い直すことが重要だと思います。
デザイナーがディレクションを担うことが中心となる、バイネームでの働き方
── バイネームでは、実際どのように役割分担していますか?
体感では6〜7割はデザイナー兼ディレクターで動いています。特に業務委託として長期的に関わる案件や伴走型の案件では自然とそうなります。進め方が整理されていない会社であれば、こちらがリードし、「ここは社内で決めておいてください」と提案する。クライアント側にPMがいる場合は、その人と連携しながら進めます。
毎月改修や追加が発生する長期案件も同様です。都度ディレクターを立てる余地はなく、デザイナーがそのまま方向づけを担う形になります。
一方で、関係者が多い大規模案件や、コーディングまで含めて1ヶ月といった超短期案件では、体制を固めます。進行と優先順位を管理する役割がいるほうが安定する。そういう場合は社内からデザイナー役、ディレクター役を別々でアサインする判断をします。
── 運用が前提とされる場合以外でも、デザインとディレクションをまとめてやったほうがうまくいくものはありますか?
小規模な案件です。クライアントが2〜3人、期間が2ヶ月ほどのプロジェクトであれば、デザイナーがディレクションまで担ったほうがスムーズだと思います。
最初の1週間でヒアリングとラフをつくり、その後5週間ほど制作に充てる。工程がある程度決まっているなら、その流れで一気に進めたほうが早い。途中でディレクターチェックを挟む余裕がないケースも多いです。自分で方向づけまで担っていれば、セルフチェックを経てそのまま出せる。意思決定の往復が減るぶん、合理的です。
── その他のデザイナーがディレクションを担うメリット・デメリットがあれば教えてください。
ディレクターが窓口に立つと、評価はまずディレクターに集まりやすい。良くも悪くも矢面に立つ人の印象が強く残ります。
一方で、デザイナーが窓口に立てば、評価や信頼は直接返ってきます。継続依頼や指名にもつながりやすい。バイネームが目指している「指名される」状態にとって、大切なことだと感じています。
さらに、クライアントと直接やり取りすることで関係性は深まります。一緒に悩みながら進める時間が増えると、提案もしやすくなる。
リアルタイムでFigmaを開きながら調整できるのも強みです。言葉だけでなく視覚で共有できるため、ニュアンスが伝わりやすい。その場でフィードバックをもらえるので、解釈のズレも減ります。これはデザイナーの大きな武器だと思っています。
── そういった体制ではアウトプットにはどんな違いが生まれますか?
まず初稿の精度が上がります。背景や意図を直接聞いているため、設計段階から反映できる。情報の取りこぼしが減り、後から大きく修正するリスクも下がります。
継続案件では、前回の文脈や解像度をそのまま活かせる。毎回ゼロから説明し直さなくて済むので、立ち上がりが早い。関係性が積み上がるほど、質もスピードも上がります。
また、提案と調整のバランスを体感できる点も大きいです。自分の表現だけでなく、クライアントのニーズをどう汲み取るかを実践の中で学べます。
AI時代のデザイナーは「作る力」と「決める力」が必要
── AIを使う場面が増える中で、「作れる人がディレクションできること」の価値はどう変わっていくと思いますか?
制作工程はAIによって効率化されていきます。そうなると、手を動かすだけの価値は相対的に薄まる。そんな中、AIを使って高速に提案できる人は強い。逆に方向づけができなければ、「ディレクターだけでいい」という話にもなりかねません。
今後はデザイナー・ディレクター・エンジニアの境界は曖昧になります。誰でも作れる時代に、自分の強みをどう活かすか。作る力と決める力の両方を持っている人の価値は、確実に上がると思っています。
さらに言えば、AIに対するディレクションも必要になります。IllustratorやPhotoshop、FigmaがAI化していくようなものです。今のところAIは「道具」に過ぎない。その道具をどう使いこなすかが仕事になります。
作りたいものを精度高く伝えるには、言語化と設計の力が欠かせない。つまりディレクション力です。アウトプットがコモディティ化していく中で、どこにアイデンティティを宿すのかをコントロールできる人が価値を持つ。それは、デザインの基礎を理解していなければできないことだと思っています。
── デザイナーがディレクションに踏み出すとしたら、まず意識するといいことは何でしょうか?
少し変な例えかもしれませんが、初恋を思い出してほしいんです。好きな人ができたとき、「この人は何が好きなんだろう」「何が嫌いなんだろう」と自然に知りたくなりますよね。あの感覚に近いと思っています。
ディレクションに踏み出すうえで大事なのは、初恋と同じ相手を知りたいと思う気持ちです。クライアントが何を大事にしていて、何を避けたいのか。どんな方向に進みたいのか。プロダクトや事業の背景まで関心を持つことです。
自分の担当範囲を越えて色々な視点から話を聞いてみると、「実はスケジュールがタイト」「この点はそこまで重要ではない」といった優先順位が見えてきます。こういった細やかな配慮から、一段踏み込んだ提案ができるようになります。
ヒアリングシートを読むことも大切ですが、それ以上に根幹にあるのは、相手を理解しようとする姿勢だと思っています。
── クライアントワークの場合、お客様はクライアントになりますが、事業会社の場合は、ユーザー視点を重視すべきなのでしょうか?
事業会社では、ユーザー視点だけでは語れません。ユーザーにどんな価値があるかは重要ですが、最終的には売上や事業戦略との整合も必要になります。
利用促進が目的なのか、事業仮説の検証なのか。そのプロジェクトの性質によって重視すべき視点は変わります。ユーザー・ビジネス・開発のバランスをどう取るかが鍵になります。
── ディレクションの本質はどこにあると考えていますか?
ディレクションの語源は「まっすぐに導く」「整列させる」といった意味だと言われます。自分が目指すアウトプットに向けて、物事を整えていくことだと思っています。
本質は、複数の要望や制約の中から着地点を決めることです。事業部の意向、開発の現実性、ユーザー価値がぶつかる中で、どこに落とすのかを判断する。その役割がディレクターです。
一方で、見た目や体験として形にしていくのはデザイナーの仕事。ただ、どう実装され、どう解釈されるかまで考えられるデザイナーは、意思決定にも関わることになります。
── 自分がどちらに向いているかの判断はどのようにできるのでしょうか?
まずはやってみるしかないと思います。一般的な理想像に当てはまるかより、自分がどんな価値を出せるかを考えることのほうが大事です。
極端な話、「今日なに食べたい?」「ハンバーグかな」という会話もディレクションかもしれません。ひき肉がなければ「じゃあステーキにしようか」と調整し、晩ごはんというアウトプットに導ければ成立している。共通認識をつくり、最終形まで持っていけるかどうかが本質です。
それを苦なくできるなら、ディレクターを担ってみてもいい。うまく話せるかより、相手の意見を引き出し、収束させられるかが重要です。
ただし、全部を相手に委ねるのではなく、自分の仮説を持って質問する。「こういう方向を目指すなら、こうしたほうがいいのではないか」と意見を添えられること。傾聴と提案のバランスが大切だと思っています。
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