こんにちは、アイデアプラス採用担当です。
今回は我らが社長、齋藤が登場。
彼の言葉を通して、ディレクターの会社であるアイデアプラスとはどんな会社なのかをみなさんに知ってもらいたいと思っています。
2013年1月、名古屋市にてアイデアプラスを創業。今年で13周年を迎えました。
実は、採用担当である私自身、入社してすぐの頃は「ディレクション専門の会社」ということがよく理解できませんでした。
なぜアイデアプラスは「ディレクター」にこだわるのか。
そこには、創業者である齋藤が紆余曲折を経て、そこから生まれた強い想いがありました。
「アイデアディレクション」で稼ぐ。
この度は改めて、よろしくお願いいたします。
まずは社長の言葉で、アイデアプラスとはどんな会社なのか、お話しいただけますか。
クリエイティブ業界の中でも数少ない、アイデアディレクションに特化した会社です。
クライアントから「こんな広告を作って欲しい」「こんなプロモーションをしたい」という依頼を受けた後、クライアントとディレクターがアイデアを膨らませて、それを形にするための予算や人をアサインし、案件の進行~完成まで導いていきます。
デザインやライティングなどの実作業はパートナーのみなさんにお願いしているので、社員はみんなディレクター。
アイデアで価値を生み出し、稼ぐ会社です。
今年で創業13年ですが、ありがたいことに名古屋を中心にいろいろなお取引先様からご相談をいただけていますよね。
この前ちょうど案件をすべて数えたんですが、これまで全部で大体6万件くらいの依頼実績がありました。
大小合わせて、にはなりますけどね。
6万件…!ちょっと想像もつかないくらいの数字ですが…ディレクターたちが日々案件と向き合っている姿の向こうに、これだけのアイデアが生まれていたのですね。
そう思うと感慨深いよね。
社長の仰る通り、ディレクションだけをする会社というのは他にあまりないと思うのですが…今回は、なぜ「アイデアディレクションの会社」を立ち上げたのか?その経緯を聞いていきたいと思います。
社員の前で、想いを語る。一人ひとりの顔を見て話すからこそ伝わるビジョンが、アイデアプラスを前へ前へと動かしてきました。
起業して稼ぎたい!から始まった仕事人生。
アイデアプラスを創業したのは2013年1月。
それまではどんなお仕事をされていたんですか?
原点から話すと、いちばん最初に仕事らしい仕事をしたのは大学生のとき。
アルバイトで名古屋の繁華街・錦にあるバーで働いていたんですよね。
そこは経営者やスポーツ選手みたいな、ある程度お金のある人たちが集まる「大人の社交場」みたいな場所で。
そこでいろいろな人に出会って、お金を稼ぐっていうことに触れて、自分もいつか起業して経営者になりたい!と憧れを持ったのが最初です。
そうだったんですね。
それは大学卒業後の進路にも影響したのですか?
起業用の資金を貯めるためにも、勉強のためにも、まずは商いを学ばないといけない。
そこで呉服屋さんの営業として、社会人のスタートを切りました。
呉服屋ですか?稼げるイメージがあまりないのですが……。
そう思うでしょ?
でも、意外にめちゃくちゃ稼げるんですよ。
そもそも呉服って一着が高価だし買ってもらうのも大変。
だからこそ、いかにお客様に価値を感じてもらうかっていう営業ノウハウが確立されていて、それを理解すればどんどん売れる営業になれるんですよ。
もちろんその分は自分のインセンティブになるから、当時の同世代と比べてもかなり稼げる仕事でしたね。
そこで起業用の資金を貯めて、アイデアプラスを?
いや、当時は若かったからお金の使い方も分からなくて、稼いだらすぐ使ってあっという間になくなっちゃいました(笑)。
自分で言うのもなんですが、当時はかなり成績が良かったんです。
ただ、2年経たないうちに辞めちゃいました。
それはどうしてですか?
その会社の営業ノウハウって、お客様の人生とか将来とかに関係なく、とにかくいかに売って稼ぐかっていうものでしかないことに、ある日突然気付いてしまって。
そうしたら「自分は何をしてるんだろう」って気持ちが切れてしまいました。
お金を稼いで遊ぶのは楽しかったけど、誰のためにもならない仕事をしても、何の意味もないという事をここで理解したんですよね。
そうだったんですね……。辞めた後は、どんな仕事を?
Macのパソコンスクールで、卒業生を企業に派遣する人材派遣ビジネスを始めました。
たまたま求人雑誌に載っていたのを見たことがきっかけでしたが(笑)。
一応新規事業の責任者という立ち位置だから、経営者に近いポジションでした。
次はお金を稼ぐだけじゃなくて、人を大切にできる仕事ができたら……という思いがあったので、当時の自分にちょうど良い仕事でした。
派遣スタッフの方はどんな仕事をしていたんですか?
今でいうDTPオペレーターとか、グラフィックデザイナーとか。
アイデアプラスを創業する上での基盤となったのはこのときの経験ですね。
当時はまだこういった仕事自体は新しくて依頼も多かったので事業はどんどん成長していって……。
仕事がすごく面白い時期でしたね。
オフィスでメンバーにフィードバックする齋藤。仲間を大事にしながら働く齋藤の原点は、創業前の経験にありました。
クリエイティブが価値を生む会社を、自分の手でつくる。
何か転機があったのでしょうか。
きっかけと言えば、2008年のリーマンショックでどん底まで落ちたことですかね……。
業績が下がった企業がどんどん派遣社員を切って、300人くらいにクビを伝えなきゃいけなくなったんですよ。
当然みんなに次の仕事を探すために毎日必死で営業をかけるんだけど、上手く行かなくて……正直自暴自棄。壮絶でした。
目の前で大切なスタッフたちが仕事を失って、明日から働く場所がないっていうことに耐えられなくて、途中からもう心がボロボロで。
営業行くフリして会社出て、パチンコ屋に行って、朝から晩までひたすら台の前に座っていた時期もありました。
もう感覚が麻痺しちゃって、現実から逃げることしか考えられなかったんです。
……立ち直るきっかけはあったんですか?
2011年3月11日。
あの東日本大震災の日、僕はいつものようにパチンコ屋にいて、そこで地震に遭った。その後いろいろな報道を見て、一気に目が覚めました。
居ても立っても居られなくて、つてを辿って釜石に行って、1ヶ月間無心でボランティア活動に参加しました。
高圧洗浄機を1日中握って、瓦礫片付けて……。
その後また名古屋に戻ったんだけど、そうこうしているうちに事業がグループ会社に売却されることが決まりました。
そこでその仕事を離れることになり、ずっと憧れていた「起業」に向き合って、アイデアプラスを創業しました。
そんな背景があったんですね。
それまでの経験や生み出す価値から、クリエイティブの会社をやるっていうのはすぐに決まりました。
そしてこだわったのは、クリエイティブやアイデアそのものに価値を感じて貰い、報酬を頂く会社にすること。
人材派遣ビジネスでは、クリエイターの本当の価値を正しく理解出来ないまま、作業者として扱うような選択をして来てしまいました。
クリエイターが正当な価値で働くために、ディレクターがアイデアの創造をしてその価値をクライアントに伝え、仕事をとりつけ、クリエイターにお金を渡せる仕組みになれば、もうあんな想いはしなくて良い。それがアイデアプラスの原点になっているんです。
まさに、ディレクターの会社にこだわる理由ですね。
実際に今、うちの会社が稼いだお金から、50%をパートナーさんの報酬にしてるんだよね。
うちの取り分とパートナーさんの取り分は、50:50。
アイデアディレクションでいただいたお金で、パートナーさんにより良いクリエイティブを作っていただく。
この関係性は何があっても維持していくつもりです。
ありがとうございます。
社長の信念に迫るお話を聞いて、身が引き締まる思いです。
そんな創業の背景を踏まえて、アイデアプラスで活躍できるのは、どんな人材だと思いますか?
アイデアディレクションって、自分ですべてをコントロールして作り出せるわけじゃないんです。
もちろんディレクションはするし芯はぶれちゃいけないんだけど、予想外のことも受け入れてポジティブに活かす柔軟な姿勢がすごく大事。
だから、余白を楽しむ余裕があると上手くいくんじゃないかなと思います。
もちろん最初からみんなできるわけじゃないと思うけど、オフィスにしても働き方にしても、余白を感じられる環境は整えているつもりです。
だから、枠組みの中でキチキチ仕事を進めるより、自分なりに新しいものを思い描いて楽しみたい、自分で枠を広げていきたいという気持ちのある人は、きっとうちに合うと思いますよ。
今回は、社長の齋藤へのインタビューからアイデアプラスとはどんな会社なのか?ということを紐解いてみましたが、いかがでしたでしょうか。
少しでも気になった方は、気軽にご連絡くださいね。
面接では齋藤がメインで対応させていただきます!
それでは、次回の更新もお楽しみに。