AIを導入すれば業務は変わる。そう言うのは簡単です。でも実際の現場は、外からの正論だけでは動きません。
今回話を聞いたのは、AIソリューション開発部と人事戦略部を兼務する塩谷圭甫さん。採用現場に入り込み、既存のフローを変えずに、面接データの集約や申し送り書の生成を自動化。月500件の面接データを処理し、月52時間の工数削減を実現しました。単なる効率化にとどまらず、候補者情報をつなぐ「基盤づくり」にまで発展しています。
この取り組みは、単なるAI活用事例ではありません。エンジニアが「言われたものを作る人」から、「現場に入り、共に走る人」へ越境していくプロセスそのものでもありました。
人事の現場に入って初めて見えた採用プロセスの“分断”
── まず、なぜAIソリューション開発部のエンジニアが、人事戦略部を兼務することになったのでしょうか。
もともと社内有志で立ち上げた「半労倍益プロジェクト」に参加しており、人事領域でも何か改善できることがあるのではないか模索していました。人事の方々からもぜひと言われて何回かヒアリングしたのが始まりです。
ただ、外から変えようとしていた時期はうまくいかなかったんです。日程調整SaaSを提案したり、生成AI活用を広げるためにプライバシーポリシーを改定を提案したりしましたが、現場の運用変更や複数部署を巻き込んだ動きが必要になり、実現には至りませんでした。
転機になったのは、2025年7月に兼務という形で人事の現場に入ったことです。毎週の定例に参加し、実際の採用オペレーションや面接プロセスに触れ、人事メンバーと同じ目線に立つようになってから、初めて本当の課題が見えてきました。
── 実際に入ってみて、どんな課題が見えたんですか。
大きくは3つありました。
1つ目は、面接中の負荷です。面接官は、会話しながらメモを取り、終わった後に申し送り書を作る必要がある。面接そのものに集中しきれない構造がありました。
2つ目は、録画の分散です。Google Meetの録画データが各主催者のドライブに保存されるので、人事として一元的に扱いにくい状態でした。
3つ目は、情報の分断です。カジュアル面談、一次面接、二次面接、最終面接と選考が進んでも、前の面接で何が話されていたかがつながりにくい。候補者の全体像が見えにくかったんです。
現場に浸透したのは“フローを変えない設計”
── その課題に対して、どんな仕組みをつくったのでしょうか。
ポイントは、既存の採用フローを変えなかったことです。採用管理システムに候補者を登録し、日程調整をして、オンラインで面接する。この流れ自体はそのままに、裏側だけ変えました。
オペレーション担当が、人事専用のGoogleアカウントをGoogle Meetの主催者に設定する。それだけで自動的に録画、文字起こし、申し送り書の生成まで進むようにしました。生成された内容は既存のGoogle Docsに追記されるので、現場から見ると「気づいたらできている」状態です。
── あえてフローを変えなかったのはなぜですか。
現場は、すでに回っているんです。そこに対して、外から「こっちのSaaSが便利です」「運用を変えましょう」と言っても、たいていは動きません。正しい提案でも、運用負荷が高ければ定着しない。だから今回は、現場が努力しなくても成果が出る設計を優先しました。“使ってください”ではなく、“もう動いている”状態をつくる。そこに徹したのが大きかったと思います。
定着の理由は、技術力より“現場配備型”の動き方にあり
── この仕組みが定着した理由を、どう捉えていますか。
私はこれを、Forward Deployed Engineer(現場配備型エンジニア)の動き方だったと思っています。外から提案するだけではなく、現場に入り込んで、同じ景色を見る。
運用を知り、制約を知り、何が負担で、どこなら変えられるのかを一緒に考える。そうやって、自分ごととして伴走したからこそ、机上の改善案で終わらず、実際に使われるものになったのだと思います。「兼務だったからできた」というより、現場に配備されたエンジニアとして動いたことに意味があった。それが、今回の経験で得た大きな実感です。
月52時間の削減は、スタート地点にすぎない
── 実際の成果についても教えてください。
定量的にはかなり明確で、申し送り書の作成時間は1件あたり10分から3分へ。約70%削減できました。
月間では52時間分の工数削減で、人件費換算では年間約250万円規模のインパクトになります。運用コストは月2,000円程度なので、費用対効果はかなり高いです。対象も一部ではなく、新卒・中途を含む候補者全体に広がっています。
ただ、この数字だけを成果だとは思っていません。本質は、分散していた情報がつながり、採用プロセス全体を見通せる基盤ができたことです。
面接ごとの情報を集約できるようになったことで、前工程から後工程への示唆出しや、候補者ドキュメントの自動生成も進められるようになりました。さらに今後は、オファーレターの生成、適性部署とのマッチング、面接官へのフィードバックなどにも展開できると考えています。採用を起点に、育成やパフォーマンス分析にまで広げていける余地があります。
一度の施策ではなく、“線で継続する”仕事だった
── プロジェクトは、どのように進んできたのでしょうか。
2025年7月に現場へ入って、まずは人事の当事者として採用プロセスを体感するところから始まりました。その後、法務やセキュリティとも連携しながら、プライバシーポリシーの改定を進めました。ここには3か月ほどかかっています。そこを乗り越えて、2025年10月に面談データの集約基盤が稼働し、2026年1月には議事録などを集約した候補者ドキュメントの自動生成もリリースしました。
振り返ると、これは一発の施策ではなかったですね。現場に入り、制度の壁を越え、基盤をつくり、安定運用しながら機能を足していく。点ではなく、線で継続してきた仕事だったと思います。
社内で機能した動き方は、社外でも価値になる
── この経験は、今の仕事全体にどうつながっていますか。
実はこの「現場に入り込む」働き方は、社外のクライアントワークでも同じように機能しています。私はAIソリューション開発部でも、クライアントの現場に密着しながら生成AIを活用したツールを個社ごとに開発しています。ツールを渡して終わるのではなく、現場の中に入り、制約も文脈も引き受けながら一緒に価値をつくっていく。
コーディングを生成AIに任せられるようになったエンジニアにとって、この動き方は付加価値を生み出すために重要になるという実感があります。
AI時代のエンジニアは、「作る人」だけでは足りない
── 最後に、塩谷さんが考えるこれからのエンジニア像を教えてください。
AIによって、実装そのもののハードルはこれから下がっていくと思います。だからこそ、エンジニアの価値は「何をどう作るか」だけではなく、「どこに入り込み、誰と並走し、どんな基盤をつくるか」に移っていくはずです。
私自身、このプロジェクトを通じて、「言われたものを作る人」から、「現場に住み、声を拾い、共に走る人」へ越境することの価値を実感しました。
現場に飛び込んで当事者になる。声を拾い続けて、線で伴走する。そして、その成果を面で広げていく。
そういう働き方を、オプトのエンジニアの新しい価値にしていきたいと思っています。