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今回は弊社でインターンしてくれている学生さんに記事を書いていただきました。
大手が「ひとりに一人の店員」を置きはじめた
はじめに、僕はTAMABLEのインターン生で、口紅の推薦エンジンを作っていました。
6月17日、ロレアルとOpenAIが協業を発表しました。メイベリンのバーチャル試着が、ChatGPTの中に入ります。
ニュース自体は「へえ」くらいだったのですが、7月末にNewsPicksが出した現地取材の記事を読んで、手が止まりました。ロレアル側が語っていた狙いが、僕らが作ってきたものの説明とほぼ同じだったからです。
しかも、僕らのMVPの内容が固まったのは5月末で、発表の2週間前でした。
※メイベリンの機能は2026年夏ローンチ予定で、この記事の執筆時点ではまだ触れていません。以下は発表資料と報道ベースの分析で、実機検証は未了です。
その前に:最初は旅行サイトを作ろうとしていました
先に白状しておくと、僕はここに一直線で来たわけではありません。
最初にやろうとしていたのは、旅行サイトでした。地方創生の文脈で、地方の代理店をまとめる統合プラットフォームです。SUUMOの旅行版のようなものを考えていました。世の中にないから作る価値がある、くらいの感覚でした。
方向が変わったのは、週1のミーティングを何度か重ねた後です。作りたいものの説明をするたびに「なぜそれを作るのか」を問い返されました。答えているうちに、自分が市場規模の話しかしていないことに気づきました。困っている人の顔が、一人も浮かばなかったんです。
困っている人の課題を解決するプロダクトを作りたい。 芯はそこでした。旅行サイトは「作れそうなもの」であって、「誰かが困っていること」から出発していませんでした。
そこから、じゃあ誰が何に困っているのかを考え直して、口紅に辿り着きました。
ロレアルが言っていたこと
ロレアルには4つの事業部門があって、そのうち3つ——プロフェッショナル、皮膚科領域、ラグジュアリー——には美容師・皮膚科医・美容部員という人的な接点があります。
問題は4つ目の事業でした。ロレアル パリやメイベリンを擁するマス部門です。この部門だけで10億人以上に売っているのに、一人ひとりに助言する人を常時置けません。
理由は採算です。数百円から数千円の商品に接客員を一人ずつ付けたら、コストが合いません。だからマスブランドは、CMを打って棚の目立つ場所を取ることで戦ってきました。
AIによる接客は、顧客数に比例してコストが増えません。これまで高級ブランドの顧客しか持てなかった専属アドバイザーが、ドラッグストアで買い物をする人にも行き渡る——記事はそういう整理をしていました。
読んで、「あ、同じことを言っている」と思いました。
僕らが作っていたもの
口紅の推薦アプリです。社内検証段階のプロトタイプで、まだ一般公開はしていません。2人チームで、僕がロジックと推薦エンジン、相方がフロントとAR試着を担当しました。
想定したのは、コスメを始めたばかりの高校1年生です。困りごとは2つでした。
買っても色が思っていたのと違う。 テスターを試すのはハードルが高いので、ネットの画像で選びます。届いて塗ると違います。何本か外して「自分に似合う色はない」と思い込んでしまいます。
色が多すぎて選べない。 かといって、店員さんには話しかけられません。
要するに、この子には相談相手がいません。だから作ろうとしたのは、その子ひとりに付く専属の店員でした。
ロレアルは採算の話から、僕らは困っている子の話から出発して、同じ場所に着いていました。
課題1:似合う色がわからない
口紅は、唇の色の上に薄い膜が乗るだけです。絵の具を薄く塗ると下の紙が透けるのと同じで、自分の唇の色が透けます。
だから同じ口紅でも人によって違う色に出ますし、厚塗りと薄塗りでも変わります。商品ページのスウォッチは「その口紅の色」であって「あなたの唇に乗った色」ではありません。商品の色で判断している限り、外し続けます。
なので、勧める前に2段階の計算を入れました。
ひとつは、肌の色からパーソナルカラーを出す式です。腕の写真から色を取って、黄みか青みか、明るいか暗いかで、イエベ春・イエベ秋・ブルベ夏・ブルベ冬に振り分けます。ただし「あなたはイエベ春です」と言い切らず、4つそれぞれの確からしさを持たせています。診断は出発点であって、断定ではないからです。
もうひとつが、唇に乗せた後の色です。塗料の世界で使われている計算式を借りて、「唇の色 × 色数分 × 塗り厚21段階」を先に全部出しておきます。
推薦のスコアは、シーズンごとの「似合う色の中心」からの距離を、商品の色ではなくこの計算後の色で測ってつけています。ロレアルのAR技術も唇に色を乗せますが、あれは画面に見せるための描画です。僕らは勧める前の計算に使っています。そこが違います。
80%の答え合わせ
問題は、これが当たっているのか確かめる方法がなかったことでした。ユーザーがいないからです。
そこで使ったのが、公開されている商品情報です。色ごとに、想定されるパーソナルカラーが書かれているものがあります。こちらの式が出した推薦とその情報が一致するかを見れば、人がいなくても答え合わせができます。
結果は80%が一致しました。
残りの20%は外れではなく、わざと外している枠です。パーソナルカラーに合う商品だけを勧めていたら、それはただのパーソナルカラー診断アプリになってしまいます。「普段なら選ばないけど、言われてみれば気になる」を出すために、意図的に外側の商品を混ぜています。
100%一致してしまったら、むしろ設計として失敗でした。
課題2:色が多すぎて選べない
いい店員は質問が少ないです。何を聞けば一番あなたが分かるかを知っているからです。
アキネイターと同じで、いい質問は候補を半分に割る質問です。「それは人間ですか?」は効きますが、「それは織田信長ですか?」は外したらほとんど何も分かりません。
これを計算でやりました。2色を並べて「どっちが好き?」と聞くたびに、その子の好みの範囲が狭まっていきます。この狭まり具合を測った数字がエントロピーです。
【図1】質問するほど範囲が狭まる ※例示値
そして次に出す2色は、聞いたあとに一番狭まりそうなペアを全候補から計算して選びます。
これで、10問だったものが7〜8問で済む見込みになりました(シミュレーション上の値です)。
ここまでやった理由は身も蓋もなくて、ユーザーがゼロだったからです。集められない側が同じ体験を作るには、質問1回あたりの実入りを上げるしかありませんでした。
解いている壁が違った
ロレアルが壊したのは採算の壁でした。人件費が合わないから置けなかった店員を、AIで置けるようにしました。
僕らが向き合ったのはデータの壁です。ユーザーゼロから始まる店員に、どうやって短時間で目の前の人の好みを理解させるかを考えました。
ロレアルはこれを量で越えようとしているように見えます。2018年から27,000テラバイト規模のデータを積み上げ、バーチャル試着は年間1億2000万回、AIアシスタント「Beauty Genius」は1年半で140万人と会話しています。比べられる桁ではありません。
同じ場所を目指して、逆から登っていた感じです。
足りていないもの
色の計算が、実物と合っているか測れていない。 計算で出した色と、実際に口紅を塗った唇の色を比べる検証をまだやっていません。式が正しくても、商品画像から色を取る段階でどれだけ誤差が乗っているかが分かっていません。実物を何本か用意して差を測るのが、次の宿題です。
80%は「似合った」の検証ではない。 あれは公開されている商品情報との一致率です。その人に本当に似合ったかどうかは、人が見ないと分かりません。ここを飛ばして精度を語ることはできません。
パラメータが仮の値。 質問の選び方に使う定数は、実データではなく仮定に立っています。図の数字が例示値なのもこれが理由です。
扱える色数が足りない。 いまの色データは、公開情報をもとに整備したものです。色を抽出する処理が特定の商品画像の形式に依存しているので、対象を広げるには抽出のところから作り直す必要があります。
顔画像をサーバーに送っている。 ロレアルのAR技術は画像処理が端末の中で完結していて、写真自体が外に出ません。こちらはサーバー処理です。顔を扱うプロダクトとして、これは設計思想の遅れだと認識しています。
購買に繋がっていない。 推薦して終わりで、在庫も価格も決済も持っていません。ロレアルはAIが購入まで代行するエージェントコマースを見据えていて、ベイン・アンド・カンパニーは2030年までに米国のEC全体の15〜25%がここに移る可能性を示しています。
考察:ロレアルの本丸はデータではないか
ここからは僕の推測です。事実として確認できているのは、以下の3点だけです。
- ChatGPTの中で動く外部アプリは、会話の全文を受け取れないルールになっています(OpenAIの開発者向けドキュメント)
- ModiFaceは画像処理が手元の端末で完結し、写真がサーバーに送信されません(報道ベース)
- ロレアルが成果として挙げたのは、売上でも精度でもなく「新規顧客への効果」でした(NewsPicks記事)
ここから先は解釈です。
この3点を並べると、ロレアルにとってChatGPTは、データを取る場所ではないのではないかと考えています。会話はOpenAI側にあって、ロレアル側には積み上がらないはずだからです。
だとすると、二段構えなのではないかと思います。ChatGPTは借りた入り口で、人を捕まえる場所なのではないでしょうか。データの本丸は、会話も顔スキャンも自社に落ちるBeauty GeniusやNoli側にあるように見えます。成果として新規顧客獲得が挙がっていたのは、その読み方だと符合します。
もうひとつ、これも推測です。ChatGPTの中でも、LLMは「ブルベ夏なのでこの色が」と理由を喋ると思います。説明はあります。ただそれは説明の生成であって、説明の分解ではないのではないでしょうか。実際にスコアを動かした量ではなく、それらしい文章を後から組み立てているのだろうと読んでいます。
一方で、僕らが返している推薦理由は、どの好みの軸が何ポイント効いたかという実際の内訳です。計算式が詳細にわかるから、内訳に分解できます。同じ「説明」という言葉で括れない差があると思っています。
それでも、嬉しかった
正直に書くと、この一連を調べていて一番強かったのは分析の手応えではなく、嬉しさでした。
学生2人で、ユーザーゼロで、スプレッドシートをデータベースにして作っていたものと、全社で13億人の顧客を持つ会社が同じ方向を向いていました。ちなみにスプレッドシートを使ったのは手抜きではなく、検証段階ならこれで十分だと判断したからです。
自分たちの仮説が合っていたことの裏付けになり、自信につながりました。
スタートアップ側にしかない強み
最後に、足りないものを並べたあとで書くのもなんですが、規模で負けている側にしかない強みも、今回わりとはっきり見えました。
入る順番を逆にできる。
ロレアルがマス市場に店員を置けなかった理由は採算でした。裏を返すと、大手は「採算が合うか」から入るしかありません。10億人に売っているから、数百円の商品に人をつけられません。
僕らは高1の子ひとりから入れました。採算はまだ何も分かっていませんが、その子が何に困っているかからは始められます。順番が逆なので、大手が長い時間をかけて解いた前提を、こっちは最初から持っている状態でスタートできます。
持っていないから、解き方を発明することになる。
データがあったら、たぶん僕らも「たくさん集めて当てる」を選んでいました。ゼロだったから、データがない代わりにロジックの部分を考えるしかありませんでした。
質問の選び方に情報量の考え方を持ち込んだのも、検証できないから公開情報を正解ラベルに使ったのも、全部「持っていないから」出てきた解き方です。持っている側は、持っていないときの解き方を発明する必要がありません。
方向を変えるのが速い。
旅行サイトから口紅に変わったのは、週1のミーティング数回です。手を動かす前に「なぜそれを作るのか」を詰める時間があって、そこで芯が違うと分かったので畳みました。
TAMABLEはインターンにタスクを切り出して渡す会社ではなく、何を作るべきかから一緒に考えます。正直しんどい時もあるのですが、その時間があったから、大手と同じ方向に自力で辿り着けました。もしあのまま旅行サイトを作っていたら、この記事は書けていません。ロレアルの発表を見ても、たぶん何も感じなかったと思います。
総合すると、データ量では確かに負けます。それでも、ロジックの部分で補えるところはたくさんあると思っています。僕は数学を専攻しているので、その強みを活かして、これからも精進していきます。
出典
- NewsPicks「【試行錯誤】「AIで買い物」を実験したロレアルは、何を見たか」(冨岡久美子、2026/7/27)https://newspicks.com/news/17136990/body/
- ロレアル公式リリース(日本語)https://www.loreal.com/ja-jp/japan/press-releases/group/2026/06/19/03/55/jpn-pr-openai-hp/
- 同(英語)https://www.loreal.com/en/press-release/research-and-innovation/l-oreal-and-openai-join-forces-for-transformation-in-beauty-with-ai/
- BeautyTech.jp「ロレアルが描く未来の美容をプログラミングするイノベーションの提案【VivaTech 2026】」https://beautytech.jp/n/n5e2a0bbee13f
- Tech Times(ModiFaceの技術詳細・ローンチ時期)https://www.techtimes.com/articles/319173/20260626/maybelline-makeup-try-lands-chatgpt-leal-bets-ai-chat-beautys-new-front-door.htm
- OpenAI Apps SDK セキュリティ・プライバシー https://developers.openai.com/apps-sdk/guides/security-privacy
- ベイン・アンド・カンパニー(エージェンティックコマースの市場予測)https://www.bain.com/insights/2030-forecast-how-agentic-ai-will-reshape-us-retail-snap-chart/