こんにちは。
事業再生アドバイザリーチームの相馬と申します。
2014年に新卒入社して7年が経ちました。
公認会計士の資格を持つ人の1つのキャリアとして読んでいただければ嬉しいです。
1.なぜLBPに入社しようと思ったか?
大学を卒業後、公認会計士試験に合格しました。
会計士のキャリアを歩もうとも思いましたが、結局就職せずに大学院に進学しました。
卒業後、27歳でLBPに実質新卒として入社。
他の人よりスタートの遅いキャリアを歩み始めます。
入社の決め手の1つは、自らを厳しい環境におくことができる労働環境がある点です。
私は普通の人よりもキャリアが出遅れているので「人より頑張らないといけない」という
プレッシャーを感じており、ハードワークの環境があるかを重視していました。
もう1つは面接官への共感でした。
入社面接で弊社のパートナーの牛越から、リーマン・ショック、東日本大震災での事業再生案件について話を聴きました。
地域の中堅中小企業に貢献したいというマインドや事業再生への想いに共感したことが、
入社の決め手になりました。
2. 今まで何をしてきたか(自己紹介)
入社後から現在までの経歴は下記の通りです。
<入社1〜4年目>
地域の中堅中小企業の事業再生を担当。財務・事業DD、事業計画策定、モニタリング業務に従事。
<入社5〜6年目>
地域経済活性化支援機構(REVIC)に出向。九州広域復興支援ファンドのフロント業務を担当。
<入社6年目〜現在>
スポンサー型の事業再生業務を担当。
新卒入社後は、主に地域の中堅中小企業向けの事業再生アドバイザリーを担当しました。
毎週地方出張で現地の企業を訪問。財務(BS)とビジネス(PL)の観点から経営状況を調査・分析して、
経営層とディスカッションをします。
当初はExcelワークが中心でしたが、関数やショートカットも分からない所からのスタートでした。
入社3年目にはじめてプロジェクトの責任者に。なにしろ現場経験が浅く、仕事のスキルも高くなかった当時、上司やクライアントから叱咤を受ける毎日。
途中で頓挫したプロジェクトは、後にも先にもこれが初めてでした。この時の悔しさと失敗経験が以後の仕事に活きています。
5年目から官民ファンドのREVICに出向。再生企業だけではなく、ベンチャー企業等の成長企業への投資検討も経験しました。その後、スポンサー型事業再生(通常のM&Aではなく、債権放棄を伴うM&A)の業務を担当しています。
3.LBPの仕事のやりがい
1つ目は、社会に必要な人助けをしていることです。
私が担当した案件で印象的だったのが、北海道の水産卸売業者様です。
オーナーが高齢になり業績が低迷。自力で経営が継続できず、再生する力もない状況でした。
社員も抱えているので、このまま廃業したくないというお客様。
結果的に、なんとか地元の企業がスポンサーとなり事業承継が成立。
私自身の力で解決できない課題を、スポンサーの力を借りて事業再生でき、
社員の皆様の生活にも貢献できたという感覚があります。
2つ目は、クライアントと伴走しながら、経営全体を見ることができる点です。
会計士は監査法人に就職するケースが一般的ですが、それと比較すると、
事業再生やファンドの仕事はより泥臭く、顧客(経営者)との距離が非常に近いです。
どうやってコストを削減するか、売上を伸ばすのかを膝を突き合わせて考えていきます。
財務データという机上の数字から企業価値評価をするだけでなく、数字からは見えてこない、
経営の想いや現場の実態を把握してコンサルティングをします。
これはLBPならではの醍醐味ですね。
4.LBPに入社してみてギャップはあるか?
正直なところ、入社してからの数年間は、覚えなければいけない知識や仕事量の多さは想定以上でした。
プロジェクトの終盤の追い込み時期は、終電近くになったり、
徹夜でレポートを仕上げる、ということもありました。
ただ、自分自身のスキルアップの側面もありますが、
組織規模が拡大していくにつれて社内的な仕組みが整ってきたこともあり、
労働環境は徐々に整いつつあります。
それぞれの価値観に合わせた働き方ができる組織に変革しようと模索している状況なのかな、
と捉えています。
5.現在の働き方
入社から数年間はハードワークの毎日でしたが、REVIC在籍中の2018年12月に結婚し、
2021年1月に子供(娘)が産まれました。
そのタイミングで、現地常駐から東京に軸足を移すような働き方に変えています。
ライフスタイルの変化で働き方を変えていけるのは有難い点です。
私は会計士の資格を持っていますが、大企業相手の監査法人などよりも、
裁量が大きくスピードも早いLBPの労働環境がマッチしていると思っています。
結婚式の際、LBPメンバーと共に!
娘とのツーショットです!