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私、3/31をもってフェリックスを退職させていただきます。

エンジニア未経験から入社して2年。
私はフェリックスの退職を決めた。
これからは、個人事業主として生きていく。

退職を決めるまで

私はこれまで、フェリックスでのキャリアと並行して、切り絵作家としても活動して来た
もともとフェリックスに入社を決めた理由の一つが、複業を推奨する社内の空気だったのだが、入ってみたらその通り、オフィスに切り絵を飾ってもらったり、メンバーが展示会を見にきてくれたりと、働きながら作家活動することを気持ちよく応援してもらえる環境だった。

それなのに。
それでもやめよう、と決めたのはなぜか。

自分の力でどこまでいけるか試してみたい。
会社員という安定を手放して、自由を掴んでみたい。

そう思ったからだ。
甘っちょろい、青い考えかもしれない。
でも、魂の声に従ってみようと思った。

現在パートナーが海外で生活していることもあり、ゆくゆくは海外と日本を行き来する生活になることも想定して、リモートワークすることも検討した。
それでもやはり、ここを離れるのだ、と決めた。

この結論に到るまで、対話の時間をたくさんいただき、最後の4ヶ月は独立の準備を進めつつ、週2日勤務する、という形式を選択させていただいた。
本当に、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだ。


私はフェリックスで何を学んだか

正直、技術的な面を見れば、この2年間だけで立派な一人前のエンジニアになれた、とは言えないだろう。
けれども、この2年間で非常に多くのことを吸収したことで、エンジニアとしてだけでなく、もっと広く「表現者」として大きく成長することができたと感じている。

例えば、案件で学んだコーディングや技術を活かし、自分のホームページの立ち上げ・改修をしたり、切り絵とデジタル技術を組み合わせた作品作りを加速させたりすることができた。さらに今年の6月には、銀座のギャラリーでWebAR切り絵を展示することも決まった。

学んだことは技術的な話に留まらない。
一つのプロジェクトのタスクに細分化して予実管理する手法。
全く触ったことのないツールや技術でも敬遠せず、調べて使いながら自分のものにしていく力。
それが個展開催や制作のタスク管理や、切り絵というアナログ芸術の表現の幅を格段に広げることに役立った。

未経験の右も左もわからない状況からフェリックスに飛び込んだ当初、わからないことだらけの状況がしんどく、心細かった。けれども少し背伸びしながらガツガツ仕事に取り組んで学び続けたことで、「ものづくりの体力」のようなものが身について、会社での仕事も個人の創作活動もスムーズに進むようになった。
フェリックスに入っていなかったら、たった2年間でここまで来られなかったことは間違いないだろう。

「別れ」ではなく「分かれ」

私はフェリックスの退職を決めた。
でも、これはフェリックスとの「別れ」でなく、「分かれ」なのではないかな、と思う。
ここで一つ、私の好きな曲を引用したい。

行くと決めた道だから
一人でも行くつもりだった
だから君に出会えたことは嬉しい出来事だった
丁度複雑に入り組んだ
高速道路のジャンクションさ
分かれ道までのカーブ
並んで走ったのが君でよかった
(「おさらばだ」 作詞・作曲 槇原敬之 )

このジャンクションのカーブを曲がった後、またどこかで道が重なり合うかもしれない。
その時にひと回りもふた回りも成長した姿を見せられるよう、しっかり一歩を踏み出したい。


完成した水墨画風 龍の切り絵。清重さんが在職しながら最後に手がけた作品。

人事のひとりごと

誤解のないようお伝えしたいのは、フェリックスは、決して「分かれ」を推進・推奨しているわけではないということ。
清重さんも同様で、なんとか一緒にできないか、なんとか両立できる道はないか、何度も何度も時間を貰い、とことん相談を積み上げた結果である。

フェリックスは「幸せ者」のサイン。お客様や社内メンバ、かかわる全員が、幸せを感じて生きていける未来に向けて、何ができるかを日々考え、なんらかの形でずっと周囲の皆さんと一緒に成長したい、そんな想いに共感いただける方と、これからもお会いしたい。

清重さん、ありがとう!また!!

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