「前は頼む側で、いまは頼まれる側。立場がひっくり返ったら、仕事の考え方まで変わりました」
2026年8月、HAMONに米川快斗が入りました。前職は、北海道にある人口2,400人ほどの自治体の職員。農政・商工・観光を兼務したあと、企画の部署でふるさと納税やシティプロモーションを担当してきました。
27歳で公務員を辞め、北海道から東京へ。家族には心配され、飲み会では自分で「どうかしてるよね」と笑う。それでも役場を出た理由と、外から地域に関わるようになって1ヶ月で見えてきたことを聞きました。
サッカーしかしてなかった高校生が、役場に入るまで
――そもそも、なぜ公務員になったんですか?
米川
正直、高校2年くらいまでサッカーしかしてなくて、将来のことは全然考えてなかったんです。兄が公務員だったので、じゃあ自分もなろうかな、くらいの気持ちでした。
学力は全然なかったので、札幌の公務員の専門学校に進んで、なんとか受かった。そういう感じです。
――採用された自治体は、どんな自治体だったんですか?
米川
北海道の、人口2,400人くらいの小さな自治体です。職員の数も限られているので、一人が持つ仕事の幅がとにかく広い。入ってから3年半は、農政と商工と観光を兼務していました。
朝5時の牧場から、役場の机へ
――どんな毎日だったんですか?
米川
農政のときは面白かったですね。毎日ではないんですけど、朝5時から公営の牧場の手伝いに行って、9時ごろ役場に戻って、そのまま外の仕事に出る。日中は事務作業が進まないので、残業しながらやってました。一次産業の現場は、本当にたくさん見ました。
その時はちょうどコロナの時期で、事業者さんへの緊急の対応にも追われていました。とにかく忙しかったのを覚えてます。
そのあと企画系の部署に移って、ふるさと納税、シティプロモーション、ブランディング、景観の仕事や、首長からの特命の事業、まちづくりに関わる業務を約3年担当しました。企画を立てて、企業や個人にお願いに回って、市場調査をして、公式SNSを回して、外から人が来ればアテンドもする。決まった1日の流れなんて、ほとんどなかったです。こう考えると、けっこうハードでしたね。
――住民の方との距離も近かったんですか?
米川
めちゃくちゃ近かったです。住民の人からしたら役場職員の担当なんて関係なく、何でも屋だったと思います。(笑)蜂の巣ができたら駆除しに行くし、つららができたら壊しに行く。コンビニや飲食店のことで相談の電話が来ることもあって、挙げたらキリがないです。行政の範囲を飛び越えて、困ったことがあればまず役場に電話が来る。
でも、そうやって地元の人や事業者さんと話すことでしか分からないことがたくさんあって。それがリアルな町の声だと思っていました。一次産業の施策やシティプロモーションに関わっていたので、そこで聞いた声をそのまま施策に活かせたのは良かったです。
返礼品に頼らない、と決めた
――役場時代で、いちばんやりがいがあった仕事は?
米川
「もう頭打ち」と言われていたふるさと納税の寄附額を、2倍以上にしたときですね。
そこまでに課題は山ほどありました。看板になっている返礼品の事業者さんからは「在庫が少ないから広告をかけないでほしい」と言われる。担当はほぼ僕ひとりで、事務がまわらない。庁内で予算の理解もなかなか得られない。
――そこから、どうやって伸ばしたんですか?
米川
返礼品に頼らない施策を組むことにしました。寄附の使い道をちゃんと充実させて、見える形にして寄附者に伝える。町のシティプロモーションやSNSとつなげる。返礼品なしの寄附を増やす。
いろんな業務を抱える担当だったからこそ、ふるさと納税だけに閉じない組み方ができたんだと思います。
26歳のとき、「このままでいいのか」と思った
――役場を出ようと思ったのは、いつごろですか?
米川
1年くらい前です。企画の部署で財政担当といろいろ話すうちに、率直に「やばいかも」と思いました。
僕がいた町は、周りからも財政は比較的安定していると言われていたし、僕もそう思っていたんです。実際、すぐに苦しくなるわけではないと思います。ただ、国からのお金がいつまで続くのか。公共施設の建て替えが同じ時期に重なり、そのとき人口は何人で、町はどれくらいの規模で、自分はどういう立場にいるのか。そう考えたら、一気に不安になりました。
――中にいて、もどかしかったことは?
米川
どの組織もそうなのかもしれないですけど、仕事ができる人ほど、ずっと忙しそうにしているんですよね。民間なら成果を出せば昇進や昇給につながるけど、公務員は仕事ができるからといって給料が大きく変わるわけじゃない。部署ごとに事情があるのは分かるんですけど、内部にいて、何とも言えない気持ちにはなりました。
それと、役場の職員には立場があって、できることとできないことがきっちり線引きされている。それは当たり前のことなんですけど、地域のことは行政だけでは動かせない。じゃあ、役場ができない部分は民間がやればいいし、自分がその立場になればいいと思いました。
――安定を手放す不安は?
米川
僕自身はあまりなかったです。でも家族や周りからは心配されました。親の世代は特に「公務員は安泰」というイメージが強いので、27歳でいきなり辞めて東京に行くと言ったら、そりゃ心配しますよね。(笑)
――転職活動では、ほかにどんな会社を見ていましたか?
米川
正直、ほかは考えてなかったです。小さな自治体にいたので地方は好きだったし、そこに関われる仕事だったら嬉しいなとは漠然と思っていました。そんなときにHAMONに誘ってもらって、点が線になった感覚でした。
飲み会の翌週に、資料が届いた
――HAMONとはどこで出会ったんですか?
米川
役場にいたころ、代表の小笠原と仕事で関わっていたんです。同い年で性格も合って、すぐ仲良くなりました。ちょうど会社を立ち上げたころで、面白いことをやる会社だなとは思っていましたけど、自分が入るとは全然思っていなかったです。(笑)
将来のことを漠然と考えはじめたころに、小笠原が僕の地元に来て。飲み食いしながら「これからのHAMONには、行政を知っている人間が必要なんだよね」という話をされました。
その次の週には、僕が入ったら会社をこうしていきたい、こんなことをやってほしい、というのを資料にして持ってきたんです。熱意とスピードにびっくりしました。
小笠原が僕に渡した資料には、最初の1年は役場のリズムをいったん離れて、民間と東京のスピードに体を慣らしてほしい、と書かれています。そのうえで、役場で見てきた現場の温度や人の顔、関係性を大事にする感覚は捨てなくていい、2年目以降はそれが武器になる、と。
――役場にいたころ、外の会社はどう見えていましたか?
米川
ECならECだけ、施策なら施策だけ、という会社が多かったです。地方だと、良い提案をもらっても「やりたいけど動ける人がいない」とか、町の規模や役場の内部体制的に受け止めきれないとかで、諦める施策もたくさんありました。
HAMONは、良い提案をしたら実行までやる会社でした。地域の特色も分かったうえで、ちゃんと中身のある施策を組んでくる。正直、「やるじゃん」と思ってました。(笑)
決め手は、ひとつだけ
――最終的に「ここだ」と決めた理由は?
米川
ひとつしかないです。小さな町の、ただの職員だった自分に「必要だ」と言ってくれたこと。それなら力になりたいし、ついていきたいと思いました。
――家族や元同僚に「なんで役場を辞めたの?」と聞かれたら、何と答えていますか?
米川
「自分の人生をもっと充実させたくて」と言っています。詳しく聞かれたら、将来に不安があったときに小笠原から話があって、とか、ベンチャーが面白そうで、とか。公務員のルーティンや人事異動に、この先ずっと合わせていけるかも正直不安だったし、少し飽きてもいたので、それも話します。
ふざけた飲み会だと「なんでだろうね」とか「どうかしてるよね」とか言ってます。(笑)
――入ってみて、会社の第一印象は?
米川
同年代の若い社員が多いな、と思いました。みんな良い人なのですぐ仲良くなれたし、雰囲気も良くて働きやすいです。
ひとつびっくりしたのは出張の多さですね。担当している仕事の関係もあると思うんですけど、月によってはオフィスにいる日の方が少ないんじゃないかというくらい。嫌だとは思わないですけど、「こんなに出張あるん!?」とは思いました。(笑)
1ヶ月前に自分が頼んでいた作業を、自分でやっている
――入社して最初に任された仕事は?
米川
ふるさと納税のメルマガやSNS投稿の作成です。ほんの1ヶ月前まで、自分が事業者さんにお願いしていた作業を、今度は自分がやっている。変な感覚でした。
やってみると、地味だけど大事で、思っていたよりずっと大変な仕事だと分かりました。
僕の肩書は「地域コミュニケーション」。最初は代表の商談に同席して提案の型を覚えるところからで、入社2日目には、ある町の町長との打ち合わせに同席しています。いまは自治体と民間の両方で営業の前に立ちながら、SNSやメルマガの制作、映像の進行まで、会社の仕事をひと通り担っています。
――役場と一番違うのは?
米川
スピードです。当たり前ですけど、仕事を受ける立場なので、返信ひとつから対応まで、早く動くことを心がけています。役場では事業取り組みまでに、内部決裁で時間を要しますが、HAMONだと代表が隣に居るので実行までのスピードも早いですね。
――入ってみて驚いたことは?
米川
覚えることの量です。自治体も企業も、いろんなジャンルの仕事があって、それをすぐ頭に入れて向き合わないといけない。「こんなこともやってるの!?」と今でもなります。
役場にいたころは、事業に対して必要な時に必要な知識を調べていたのですが、外の会社の側になるとそうはいかない。いろんな町や企業の事例を参考にして、そのクライアントに合った提案をしないといけないので、常にアンテナを張ってないといけない。毎日頭をパンパンにしながら働いてます。
――分からないことは、どうやって掴みにいっていますか?
米川
小笠原からは「ゼロから聞かないで」と言われています。なので、分からないことも、まず自分で調べて考える。すぐAIに頼るんじゃなくて、自分の考えを整理してから、周りに聞くようにしています。
中を知っていると、話が早い
――役場出身だから分かる、と思った場面は?
米川
自治体の担当の人が本当に困っていること、予算の感覚、首長や議会との兼ね合い、庁内の調整。役場の中でどう話が動いていくのか、担当者がどこでつまずいているのか。自分もそうだったので、すぐ共感できます。
――それが、いまの仕事でどう活きていますか?
米川
社内で自治体向けの提案をつくるときに、役場の肌感覚や予算からずれた、突飛な提案にならないように一度整理する役をやれていると思います。
あとは、部署をまたいだ提案です。例えば、観光とふるさと納税を組み合わせる、みたいな。役場の中で横につなげてきた経験があるので、自治体に対してより具体的な提案ができるようになってきました。
――逆に、外に出て初めて見えたことは?
米川
全部を役場で抱えなくていい、ということです。手がまわらなければ外にお願いすればいいし、その道のプロに任せてもいい。予算がからむので簡単ではないですけど、全部抱え込まなくて大丈夫だよ、と今は思っています。
――これからやりたいことは?
米川
北海道が好きなので北海道の仕事を取りにいきたいです。HAMONとしても縁のある道東に、ひとつ腰を据えて関わっていきたい。地元に良くなってほしいですしね。
1年後は、まず仕事に慣れていること。そのうえで、社内でも社外でも頼られる人になって、一緒に仕事をする企業や自治体の人たちと信頼関係を築けていたいです。
あと、10月から副業型地域活性化起業人として北海道標津町に嘱託されました。自分のルーツでもある北海道に月1で戻りながら、標津町の地域活性化に入り込むのもすごく楽しみです。
迷っているなら、来ちゃいな
――公務員から民間に移るか迷っている人に、何と言いますか?
米川
「迷ってるなら来ちゃいな!」です。役場を知っているから活かせることが、HAMONにはたくさんあります。自分が触れたことのない業種の仕事や、知らなかった地域の魅力に触れる機会が一気に増える。そこが楽しいです。
――どんな人が向いていると思いますか?
米川
仕事がどうこうより、明るくて元気な人。人と話すことや、地方のコミュニティが好きな人。休みの日に社員同士で飲んだり出かけたりすることもあって、それが苦じゃない人だと楽しいと思います。もちろん全員がそうではないし、強制もしないので、好まない人も安心してください。(笑)
――逆に、覚悟が要ることは?
米川
HAMONはECだけの会社でも、施策だけの会社でもなくて、最初から最後まで自分たちでやる会社です。だから慣れない仕事もあるし、責任もついてきます。
一緒に仕事をする企業や自治体に良い提案をして、実行するところまでが仕事。できないなら、できるまでやるしかない。そこに熱を持って向き合える人に来てほしいです。
代表・小笠原から
誘った時点で、米川には経験のない領域がたくさんありました。それでも声をかけたのは、小さな町で住民の電話を受け、牧場に通い、寄附額を2倍にしてきた人柄と、地域に向き合ってきた姿勢を信じたからです。
役場での経験は、米川にしかない財産です。でも最初の1年は、いったん民間に振り切ってほしいと伝えています。そこで身につけたスピードと数字の感覚が、2年目以降に役場の感覚と掛け合わさったとき、自治体の中と外の両方が分かる、ほとんどいない人になる。そう思っています。
役場の中にいて「外からなら動かせるのに」と感じたことがある人は、一度話しに来てください。米川が、その答えを一緒に話せると思います。