私たちは「障がいを特別なものにせず、誰もがそこに居ていい社会」を目指して事業を展開しています。
このコーナーでは、KEIPEの最前線で働く社員の入社のきっかけや想いを探っていきます。
今回は広報・採用担当の田澤ゆかにインタビューしました。
▼ PROFILE
1987年生まれ。山梨県北杜市出身 東京の大学卒業後、Uターンし、地元銀行に入行。25歳でキャリアチェンジし、北杜市役所に入庁。12年の勤務を経て、「障がいを特別なものとせず、誰もがそこに居ていい社会にする」のビジョンに共感し、 2025年4月、KEIPE株式会社へ入社。広報と採用を担当。
銀行員と公務員の先に見たKEIPEとの出会い
ー田澤さんのこれまでのキャリアを教えてもらえますか?
私の最初のキャリアは、地元の銀行員でした。あまりやりたいことが明確になくて。憧れで東京の広告ベンチャー企業とか受けてたんですが、結局選んだのは地元の銀行員でした。比較的安定している職業かなと思って、軽い気持ちで入りましたね。ただ実際働いてみると、金融商品や投資信託を売ることに抵抗感が出てきてしまったんです。
それでせっかく地元に来たから、地域の人と関われる仕事がしたいと思って、市役所に入ることにしました。市役所にはトータル12年勤めて、総務課や商工課などに配属されて、創業支援とか、就職支援とか、異業種交流会みたいなことに関わっていました。地域の人と関わるのが楽しくなっちゃって、市役所の職員をしながらお祭りのお手伝いや子どもたちとお米作りなどをしていました。仕事外でも、積極的に地域の人と交流をしていたなという感じです。
ーずっと、山梨だったんですか?
いえ、市役所時代に出向して、東京の一般財団法人で2年間働きました。そこでは全国の公務員の人材育成や研修を組み立てたり、地方創生のいい事例を研究してまとめたりしてました。戻ってからは、広報課・観光課に配属されたという感じです。
ー最初、東京の広告ベンチャーと地元の銀行員ってかなりのギャップだと思うんですが、なぜ銀行員を選んだんですか?
地元で働くなら、お給料良ければいいかなって思っていたのはありました(笑)やりたいことも他になくて。
他にも、当時は「仕事=怖いもの」だと思っていたことも大きいですね。私が幼い頃から母親がバリバリ働いてて、毎日ストレスで頭痛に悩まされていたり、学生時代にやってたバイトでも社員さんが夜中まで対応していたり、そういう姿を見て怖いなと感じてました。
ー今の様子を見ていると、あまり仕事が怖いものってとらえている感じがしないですよね。
考え方が変わったのは、 市役所に入ってからです。人と関わる部署に配属されることが多くて、自分の考えを相手に伝えて、実行することが受け入れられやすい業務でした。地域のお祭りとかに積極的に参加している姿も、仕事の一つとして評価されていたこともあると思います。
市役所の仕事が楽しくて「私は、仕事って嫌いじゃないな」って徐々に気づいていきました。
ーそこからKEIPEに出会った?
はい。実は私、生まれつき左足に病気があって、障がい者手帳を持つほどではないですが、片足で立てないとか、ちょっとできないことがあるんです。あるときふと私の左足は、捉え方次第で「障がい」と言えるなと思って。社会から「障がい者」というレッテルを貼られてしまうことに気が付きました。私は普通に生きてきてるのに、かわいそうと勝手に思われる世界がすごく嫌でした。
また、東京にいたときに障がい者が利用する福祉施設へ1週間ほどインターンに行ったことがあって。そこには重度障がいを持った方がいて、ある方は自傷行為がかなり多かったそうなんです。でもその施設では、その方と個の関わり方をして、結果的に自傷行為がなくなったという現場を見ていました。そういった経験の中で、いつか障がい者福祉に携わる仕事がしたいと思いました。
そして山梨で新しい障がい者福祉の事例がないか探して、KEIPEを見つけたんです。当時は転職とか具体的に考えていなかったのですが、求人を見てピンと来て応募しました。
ー 市役所の職を手放すことに危機感はありましたか?
ありました。家庭もある中で、ゼロから新しい仕事を始めるパワーはあるのか不安でしたね。ただ面談のときに侑馬さん(代表)から「人生、欲張りに生きてください」って言われたんです。
「田澤さんのスキルを1としてそのまま頑張ってくださいとは言わない。KEIPEだったら2倍・3倍・4倍スキルを伸ばす仕事を任せたいし、それができるはず」って言われて「私にも可能性があるんだ!」って思って入社を決めました。
自分がどこまでできるのかやってみたい。やってみ精神で広報・採用担当へ
ー現在は何をしていますか?
今は広報・中途採用をしています。広報は社内・社外のマスメディアとKEIPEと社会をつなぐ仕事もしています。
ー2足のわらじって大変じゃないですか?
採用と広報は実はつながっているので、結構楽しめてます。侑馬さんから採用の話が来たときも「採用は会社の『顔』。田澤さんなら絶対向いてるし、できる」って言われて素直にできるかもって思えました。
ー入社後のギャップとかはありますか?
想像以上に愛情深い会社だなって思いました。お互いのことを応援し合える文化があって、人を大切にしていることが伝わってきます。自分のコンプレックスとか、普通だったら隠したくなっちゃうようなことも、隠さず話せる環境。カルチャーがすごく根付いてるなって。
入社前は、ベンチャーだし会社の未熟なところが見えたら「怖い」って思っちゃうかなと思ったけど、全然思わなかったです。「頑張るしかないし! 頑張るし!」みたいな(笑)
ーお話を聞いていると、未経験の仕事に対してプラスにとらえているなって思います。
最近気づきつつあるんですが、私は「自分の可能性」を見たいんです。できないからと言ってあきらめるのは嫌で。公務員からKEIPEに来たときも、中には「公務員は安定しているし、そのままいたほうがいいよ」と言う人もいました。ただ、自分がどこまでできるのか挑戦してみたい気持ちが勝ったんですよね。
KEIPEの広報として街の当たり前を1つ作る
ー今後、KEIPEでどんなことをしていきたいですか?
山梨にはいい会社がなくて、働けるところもないと思っている人たちに、KEIPEを知ってほしいですね。山梨の〇〇といえば、KEIPEと言われるくらいになりたいです。
また広報として、世の中の当たり前を1つ作りたいと思っています。例えば、街の中で就労支援を卒業して一般企業で働いているメンバー(KEIPEでは就労支援事業利用者を「メンバー」と呼んでいます)の姿をたくさん見たり、COLEREみたいな場所をたくさん作ったり。街のボーダーをなくしていきたいですね。
COLERE=KEIPEが運営するユニバーサルカフェ&レストラン「COLERE(コレル)。障害者と健常者がボーダーなく日々働いています。
ーありがとうございます。最後に未来で一緒に働く人へメッセージをお願いします。
環境を変えるときできない理由は100個くらい出てくると思うんですけど、できる理由が1つでもあるなら、やってみる方に動いたほうが後悔はないと思います。私が人生で大事にしてるジェーン・スーさんの言葉で、「目の前の不安を避けるために、無意識に不幸を選択してしまうことがある」というのがあります。
人は何が起こるか分からない不安よりも、結果がわかっている不幸を選んでしまいがちです。私は不安の先に、幸せになれる可能性が眠っていると信じています。迷っている人は、不安をあえて選ぶ勇気を持ってみてほしいです。