就労支援事業部 北関東エリアマネージャーの伊藤みな美です 。
1. 「私が救う」のではない。子どもたちに救われた日
私のキャリアの出発点は、優しさにあふれたものではありません。むしろ、過去の生育環境から自己肯定感が低く、常に「生きづらさ」という名の目に見えない重りを足首に縛り付けられているような感覚。それが私の原点でした。
自分自身の心を紐解きたいという一心で大学は心理学科へ進学。在学中、児童相談所や放課後等デイサービスでアルバイトを経験したとき、私の世界観は文字通りひっくり返りました。そこにいたのは、私以上に過酷な環境の波に揉まれながらも、必死に、そして懸命に今日を生きる子どもたちでした。
その輝きを前にしたとき、私は気づいたのです。
「私は可哀想な子どもたちを『救う側』になるんじゃない。この子たちの圧倒的な生命力に、私自身が『救われている』んだ」と。 この境界線が溶けた瞬間こそ、私が支援の道を一生の生業(なりわい)にしようと心に決めたブレない原体験です。
しかし、大学を卒業するタイミングで、地元・徳島には心理学を活かせる求人がほとんどありませんでした。就職活動は見事に全敗。半年間のフリーター生活を余儀なくされました。その後、アルバイト先の飲食店の代表から「経歴に傷がつくから、まずはうちで正社員になりなさい」と温かい手を差し伸べられ、4年間、副店長として店舗マネジメントや学生たちの教育に夢中で取り組みました。チームで成果を出す喜びはこの時に叩き込まれたものです。
それでも、「大学で学んだ福祉への想い」の火は消えませんでした。一念発起して上京し、放課後等デイサービスで2年間、子どもの療育に没頭しました。言葉による意思疎通が難しい子どもたちの、かすかな表情の変化、指先の仕草。そうした「非言語のメッセージ」を1ミリも見落とさずに汲み取る対話力は、今の私の最大の武器になっています。
2. 持続可能な支援のために、私が「ビジネス」にこだわった理由
福祉の現場は、純粋な善意と愛に満ちていました。しかし、どっぷりとその世界に浸かるにつれ、私はある強烈な「違和感」を抱くようになりました。 それは、福祉業界に蔓延する「売上向上や経費見直しを、あたかも悪であるかのように遠ざける姿勢」です 。
「目の前の人を救う」という美しい言葉の裏で、事業の持続可能性をないがしろにすれば、結局は施設が潰れ、利用者が路頭に迷うことになる。お金の話をしない福祉は、本当に優しさに満ちた福祉と言えるのでしょうか?
「持続可能な最高の支援を届けるためには、絶対に数字に向き合うビジネスの視点が必要だ」 ―そう確信した私は、あえて最も厳しい環境に身を置くことを決意しました。
選んだのは、金融業界の営業職 。 無形商材という、形のない信頼だけを売る世界。年間休日89日、月50時間の残業という、数字だけがすべての嵐のような日々 。そこで私は、テレアポのわずか数分の電話の中で相手の心の壁を溶かし、潜在的なニーズを引き出す圧倒的な営業力を磨き上げました 。結果はすぐに出ました。入社直後からのトップセールス、そしてチームリーダーへの就任 。
しかし、あまりにも過酷な環境に心身は摩耗し、燃え尽き症候群のように退職を選ぶことになります 。次なるステップを模索する中で、私の軸は明確でした。「福祉の経験」と「ビジネスの視点」、この2つのパズルピースが完璧に噛み合う場所はどこか 。
そのときに出会ったのが、キズキでした。 「福祉であっても、持続可能な事業として数字を追うべきだ」 キズキが掲げる経営方針を見たとき、全身に電流が走るほどの衝撃を受けました。私がずっと孤独に抱えていた違和感を、この会社はすでに言語化し、実践していたからです。さらに、成果を出した人間を年齢や経歴に関係なく正当に評価する仕組みもある。「ここだ。ここなら私のすべてをぶつけられる」。確信を胸に、2023年4月、私はキズキへ入社しました。
3. 「成果を出す」と「人を救う」が一致する仕事
入社当初は、現場での直接支援と会社が追う「数字」の関連性が結びつかず、葛藤した時期もありました。しかし、ある日気づいたのです。 私たちが追っている「利用日数」や「初回面談の件数」という数字は、ただの冷たいデータではない。それらは、生きづらさを抱えた方が一歩を踏み出し、社会と繋がることができた「命の回数」そのものなのだ、と 。
そう理解してから私は、アクセルを全開で踏み込みました。 利用者の皆さまと徹底的に対等に向き合い、金融営業で培った「心の壁を取り払う対話」を重ねていく 。 その結果、2024年5月、キズキビジネスカレッジ(KBC)単独売上での過去最高値を更新するという快挙を成し遂げることができました 。
この成果を評価していただき、入社からわずか1年あまりの2024年7月にマネージャーへ昇格 。そして2026年1月からは北関東エリアマネージャーという重責を任されています 。
現在の私の仕事は、経営層に近い視点で組織の成長戦略を描くこと。同時に、現場のスタッフが抱えるリアルな葛藤や声に耳を傾けること 。トップダウンの経営スピードと、ボトムアップの現場の温もり。その2つを繋ぐ強固な架け橋となるために、毎日泥臭く、しかし最高に充実した日々を駆け抜けています。
4. 「支援の上下関係」を無くし、誰もがフラットに挑戦できる社会へ
私が日々の支援、そして組織のマネジメントにおいて、絶対に、何があっても譲らない一線があります。 それは、「利用者さまと常に対等であること」です 。
従来の福祉現場にありがちな「支援する側」が上で、「支援される側」が下という、無意識の上下関係を私は心の底から嫌悪しています。障害の有無、過去の不登校や引きこもりの経歴、病気。そんなものは、その人の人生のほんの一部に貼られただけの、ただの“ラベル”に過ぎません 。私はラベルを見ない。一人の人間として、あなたの本質と対峙したいのです。
かつて支援の対象が子どもだった頃も、そして大人になった現在も、私の根底にある想いは1ミリもブレていません 。 「生きづらさを抱えた人々が、大人になったときに、少しでも選択肢が多く、自分らしく生きられる社会を創る」 。
今後はキズキのエリアマネージャーというポジションから、さらに事業を拡大させ、この「対等でフラットな支援」という文化を社会のデファクトスタンダード(世界標準)にしていきます。誰もが何度でも、どんな状態からでも、フラットに挑戦を開始できる社会的なセーフティネットを、この手でより強固に編み上げていくことが、私のこれからのキャリアの誓いです。
5. 過去の挫折は誰かの未来を照らす「最大の武器」に
キズキビジネスカレッジ(KBC)の扉を叩くか迷っているあなたへ 。 ここには、支援者と利用者の間にそびえ立つ冷たい壁はありません 。在籍するスタッフ全員が「対等でありたい」という熱いスタンスを共有し、お互いを一人の人間として尊重し合う、驚くほどフラットな世界が広がっています 。
もしあなたが過去に大きな挫折を経験していたり、自己肯定感が底をつくような苦しみを味わったり、あるいはビジネスの最前線で数字に追われ、激しくもがいた経験があるなら―
声を大にして言いたい。その経験こそが、ここでは他人の痛みを理解し、誰かを絶望から救い出すための「最大の武器」になります 。
キズキは、社会を良くしたいという純粋な「想い」と、それを綺麗事で終わらせないための「ビジネス視点」の両方を、圧倒的なスピードで磨ける場所です 。
あなたの過去の傷跡は、誰かの未来を照らす光になります。 どうか自分を飾らず、ありのままのあなたで、私たちの扉を叩いてください 。 私たちは、あなたの挑戦を全力で受け止めます 。一緒に、誰もが何度でもやり直せる未来を創りに行きましょう 。