あの頃の自分へ
この記事を読んでほしい人は、はっきりしている。
──頭がいいわけじゃない。部活も長いこと"やめなかった"けど、トップレベルには程遠かった。
まさに、昔の僕と同じ境遇にいる人だ。
秀才たちの中で、能力の差に絶望する
僕は高校までサッカー部で、そのあとは調理師学校を出た。いわゆる「勉強ができる」人生ではなかった。
その僕が、いまは有名大学を出た人たちと毎日働いている。社内にも社外にも、びっくりするくらい頭のいい人、優秀な人がたくさんいる。
恥ずかしい話だけど、能力の差に絶望することは今でも多々ある。理解のスピード、話の組み立て、知っている言葉の数。会議で置いていかれて、自分の頭の遅さにへこむ日は、今もある。
でも、なぜか「頼られる」
ところが、不思議なことが起きる。
その秀才たちから、期待されたり、信用されたり、「これは矢野さんに頼みたい」と求められたりするのだ。学歴でも、頭の回転でも勝てないはずの僕が、なぜか必要とされている。その秀才達にはきっと他にも相談・依頼できる友人知人はいるはずなのに。
この"ねじれ"は何なのか。ずっと考えてきて、たどり着いた答え。このねじれの源泉は意外なところにあった。
小中高と続けてきたサッカーだった。
サッカーが、僕に3つのものをくれた
トップにはなれなかった。それでも、小学校から高校まで続けたサッカーは、確かに3つのものを僕に残してくれたと思う。
その①:理不尽への耐性
「とりあえず走ろうか」と言う監督。体格差がありすぎてどうにもならなかった試合。時間に関しても、「頑張ったからといって、すぐに結果が出るわけじゃない」という個人差がある。しかし、この「暗闇を走らされるかのような不安」を抱きながらも、今続けている努力に何かしら意味を見つけながら続けることができた。いや、「やめることを選ばなかった」と言う方が正しいかもしれない。
その②:コツを掴むプロセス
心と頭と体の感覚をすりあわせて、できなかったことを「できる」に変えていく手順。これは仕事においても変わらない。ノウハウ本も、言うことが違う先輩達も、全ては「自分がコツを掴むためのアイテム」でしかない。ほとんどの答え(コツ)は自分自身の中に隠れている。
その③:勝つことへの心構え
大会前、試合前は「縁起の悪いことは言わない」「食べるもの、寝る時間にこだわる」など、運も体調も"管理する準備"を怠らない。結果を出すために、あらゆるものを調整していく。それは「どうやったら勝てるのか」から逆算して動く習慣だとも言える。
経験をビジネスの勘に転換させるには
基礎練習も反復練習も、コツコツやってきた。なのに、なかなか成果が出ない。出なかった。僕の小学校から高校までのサッカー人生は、まさにこれだった。同じような人も、多いんじゃないだろうか。こんな話、スポーツに限らず、何かを続けてきた人にとって特別なことではない。
でも、24歳で起業して、同年代より多くの苦労をするなかで「コツコツやるだけでは足りない。ビジネスの勘には、育て方がある」ということに気づいたのは33歳の頃だった。
ヒントは自分の中にすでにあった
SEKAI HOTELという新規事業を目指して、当時よく相談していた先輩経営者と、有名国立大学に通う学生と3人で食事に行く機会があった。先輩は「少し頭の運動しようか」とお題を出してくれた。
──日本が再び、世界を席巻するほどの国を目指すために、東大の入試方法を自由に変えるとしたらどうする?
頭の中に?がたくさん浮かんだが、「面接官をこういう人にすれば…」「入試会場を離島にする…」など理由も添えて、何度も答えた。笑いながら茶化してくる先輩に、正解に辿り着きたい僕は必死に食らいついた。そして30分ほどした時の先輩の言葉が今でも忘れられない。
「(学生の)●●君、よく聞いてな。この30分の間によく考えて3つほど答えてくれた。でも、矢野さんは、大学に行ってもないし、今も経営者として正直半人前やけど(笑)、20個近く意見を出したよね。これがベンチャー企業を経営しながら、潰さずに、新しいチャレンジをし続けている大人の姿やで」
少し恥ずかしくなった後に、僕はとても大きな気づきを得た。
成果を出すための頭の使い方、的を射るまで何回も続ける姿勢、とにかく頭に思い浮かべたものを言語化していく作業。
これこそがサッカー部で身につけた所作を、ビジネスの勘に転換させるものなんだと。
学歴も、トップも、関係ない
──自分が感じていること、考えていることを、とにかく言語化する
サッカーでは、なんとなく体で掴んでいた「コツ」。それを、ビジネスでは言葉にした。今なにを感じたか、なぜうまくいったか、なぜ外したか。それを毎回、言葉にして残していく。感覚のままだと一回きりで消えてしまうものが、言葉にすると次に使える「勘」になる。
ビジネスでは、スポーツの世界のようにチャンスの回数に制限が無い。あきらめずにトライし続ければ自ずと結果はついてくる。
こういう視点で見てみると、しっかり成功されている著名な経営者もいる。
RIZAPを作った瀬戸健さんも、いわゆるエリート街道の人ではない。福岡の高校を出たあと、しばらくフリーターをしていたという。そこから一念発起して大学の夜間部に入るのだけれど、在学中に起業して中退してしまう。奇しくも、僕と同じ24歳で会社を立ち上げている。
その後RIZAPを大きく当てた瀬戸さんも、順風満帆だったわけじゃない。2018年には会社が巨額の赤字に転落し、自分の役員報酬を全額返上してまで立て直しにかかった。逆風のなかで踏ん張って、また立たせた人だ。
学歴でもない。スタートの良さでもない。理不尽な状況に耐えて、それでも勝ちにいく。その力で結果を出している人は、ちゃんといる。
「やめなかった」ことは、それだけで才能だ
だから、最後にこれだけ言わせてほしい。
トップになれなくてもいい。頭が良くなくてもいい。ひとつのことを、長く"やめなかった"。その経験のなかに、理不尽への耐性も、コツを掴む手順も、勝ちへの執着も、全部眠っている。あなたはもう、持っている。
あとは、それを言葉にするだけだ。今、自分が何を感じて、何を考えているか。うまく書けなくていいから、とにかく言語化してみてほしい。
それが、あなたのビジネス勘を育てはじめる。あの頃の僕が、そうだったように。