光弘 松田のプロフィール - Wantedly
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国内最先端「AI・数理最適化アルゴリズム」技術を駆使し、レガシー産業の改革に挑む。
株式会社Mark Doorは、東京大学/九州大学/トップ海外大学のPh.D.出身の開発者や、マッキンゼー、キーエンス出身者などの一流企業出身者で構成された、AIベンチャー企業です。
2030年までの東証グロース市場上場に向けて急成長中の弊社ですが、今までの道のりは決して華やかなものではなく、その裏には多くの挫折と苦悩があります。
今回は弊社代表の松田さんへ、起業に至るまでの軌跡と、その裏側にある仕事観・苦悩・挫折経験についてインタビューを行いました。
学生時代、社会人時代、起業後の三幕構成になっていますので、ぜひ最後までご一読いただけると嬉しいです。
それでは、「学生時代編」スタートです!
松田 光弘 (Mitsuhiro Matsuda) / 株式会社Mark Door 代表取締役
2019年3月に九州大学を卒業後、新卒で株式会社キーエンスに入社。新規法人営業を担当し、TOPセールスとして新卒の歴代記録を塗り替える。2年連続TOPを獲得後にGAテクノロジーズに転職。半年で月間2億円の売上を実現した後に退職し、株式会社MarkDoorを設立。
▼ 松田代表のプロフィールはこちらから!
よろしくお願いします!!
株式会社MarkDoor代表取締役の松田光弘と申します。九州大学卒業後、新卒で株式会社キーエンスに入社しました。その後、営業力を武器に転職。BtoC営業や別会社の代表として会社運営の経験を積んだ後に独立し、株式会社MarkDoorを設立しています。
今回は主に学生時代の話をインタビューいただけるとのことなので、色々と聞いてください!
中高時代は中高一貫の男子校で、ずっとアメフト部に所属していました。どんな生活だったかと言うと“お調子者”だったと思います。
真面目一本槍というより、場を回したり、空気を作ったりする側で常に問題児でしたね。(笑)
特に中学生時代はアメフトが好きだった訳ではないので、不貞腐れていることが多かったと記憶しています。
最初は全く入る気なかったんですよ。
ところが、顧問の先生に誘われて「まあ、やるか」くらいの温度感で入りました。
だから覚悟も薄いし、今思うと本当どうして続いていたのか不思議になります。
中学2年の時には普通に辞めたくなりました。
部活に行かなくなって、公園でユニフォームを練習で汚れた風に泥をつけて持って帰るみたいな日もザラにありましたね。今思うとかなりダメなことをしていました。
僕が出ていない練習試合に、親が応援に来てたんですよ。
あれを見た瞬間、やるせなくなりました。
申し訳ないとか、恥ずかしいとか、それ以上に「ちゃんとやってない自分」を突きつけられた感覚があって。
そこで腹をくくって、ちゃんと頑張るようになりました。結果的に大阪選抜に選ばれるようになって、大学の推薦もいただくことができました。
↑ 大学時代の集合写真。1番が松田さん
そうですね。ただ、大学は中高とは違う難しさがありました。
経験者がほとんどいなくて、僕はすぐレギュラーになれたんですけど、チーム全体としては土台がない。戦術以前に、競技理解も基礎も文化も弱い状態だったのです。
「まずは九州リーグで優勝するぞ!」と意気込んでいたものの、部としてはリーグ優勝なんて経験がないですし、正直夢のまた夢のような温度感でした。
そのため「勝つ」ってなると、自分自身のプレーが上手いだけじゃ足りなかったんです。
そうです。どうしても私の代で優勝したかったんですよ。リーグ優勝を目指して、勝てるチーム作りからやってやるぞ!と意気込んでいました。
優勝するには人数も必要ですし、戦えるメンバーが必要。ですので、メンバー集めもリクルートも、自分で全部やりました。
今振り返ると、あの頃から「組織で勝つ」って感覚の入口には立ってたのかもしれないです。でも、当時の僕はまだそこまで言語化できてなくて、とにかく必死でしたね。
正直、この時期が自分にとって大きな挫折ポイントになっています。
全然、上手くいかなかったです。
チームで勝つ動きができず「プレイヤーとして自分が目立ちたい」と考えてしまっていたところが失敗でした。
アメフトはチームスポーツなので、チームで勝利を掴み取るためには、メンバーにできてない部分があれば率直に指摘するべきなのですが、「嫌われることが怖い」「主将として部の習慣や伝統を守るべきだ」と言う先入観に囚われ過ぎていました。
当時の私は「ベクトルがチームの勝利に向いていなかった」のだと思います。
チームで勝利するためには、個人個人が強いチームではなく、サポートに強みを持つメンバーも含めて、「チームとして強い」状態を作り上げるべきでした。
しかし、私は「自分が強ければ問題ない」と考えるようになってしまい、チームとしての結束を軽んじてしまっていたのです。
例えば、縁の下の力持ちのような役割ってあるじゃないですか。チームとして最適解となるよう調和・調整するポジション。今思うと、そこを私がやるべきだったと反省しています。
チームって、全員が上手くなること以上に、全員が同じ方向を向くことが大事だと思うんですよ。
「能力に差があっても、ベクトルが揃っていれば強い」でも当時の僕は、みんなのベクトルを揃える立場なのに、自分のベクトルがチームでの優勝に向いてなかった。
主将として“絶対に合っていないといけない”部分が、私には欠けてました。
習慣を守る、伝統を守る、ぶれない基準を持つ。メンバーの意見を素直に受け入れる。ベクトルが本当に優勝に向いてたらできたはずなのに、できませんでした。
届かなかったです。九州のリーグで優勝すると、関西・関東の大会へ挑むことができるので、リーグ優勝は意味のある目標だったんです。
ただ、私達は優勝に全然届きませんでした。不完全燃焼してしまいましたね、、。
また、個人としての成績を評価されて表彰はもらったのですが、全く嬉しくなかったです。
「これじゃない」って感覚が残りました。
チームで勝てていないのに、自分だけ評価されても意味がないというか、むしろ虚しさの方が強かったことを今でも鮮明に覚えています。
まずは役割分担を明確にして、どんどん人に任せていくことを重要視しています。
全員が同じ方向を向くためには、精神論ではなくて仕組みが必要です。
例えばISチームでは、インセンティブを高く設計しています。
取ったアポイントに対してインセンティブが付く。資本主義のルールに則って、貢献に対する正当な成果が返るようにする。ルールを曖昧にしない。できていない部分があれば全員で改善策を提案し合う、そんな社風です。
また、「なぜこの設計なのか」をメンバーにちゃんと話すことも大切です。
仕組みだけ置くと、人は“やらされ感”になります。ベクトルを揃えるには、納得感が必要なので、向かうべき道のりも含めてチームとして言語化するようにしてます。
会社としてのゴール到達を最重要視しているので、自分だけの利益は度外視してチームに還元する組織であることも重要だと考えています。
大学時代に一番悔しかったことは、「勝てなかったこと」ことよりも、勝てなかった理由が自分の中にあると分かっていたことです。
ベクトルが自分に向いていた。勝ちたいと言いながら、自分を勝たせたかった。だから負けた。あの後悔は、今も自分の基盤になっています。
今は、仲間で勝つために仕組みを作る。役割を最適化する。一人一人が輝く配置を考える。全員が同じ方向を向けるように、目標を言語化し共有する。
そういった強いチームの“当たり前”を積み上げていきたいと考えています。
もしも、過去の私みたいに、「自分の力でなんとかしたい」と思ってしまう方がいるとしたら、伝えたいです。
組織で勝つって、個を捨てることではなくて、個が活きる環境作りを間違えないことなんだと思います。
\ご一読いただきありがとうございました!/
このストーリーを読んで、
「自分も、ベクトルを揃える側に回りたい」
「仲間で勝つ強いチームで働きたい」
そう感じた方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度お話ししてみませんか?
募集記事の「話を聞いてみたい」から是非お気軽にエントリーしてみてください。
あなたの一緒に働ける日を楽しみにしています。
次回は、松田代表のサラリーマン時代にスポットを当てて、「キーエンスで学んだこと」や「起業に至るまでの軌跡」についての記事を投稿いたします。
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