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採用担当ファイル④:新卒採用チームを率いるレスリング日本チャンピオン

ーー「採用チームにこんな人がいます!」が事前にわかった方が、よりWantedly面談に参加しやすいのではないか?
そんな思いから始まった採用チームメンバー紹介記事。
最終回である今回は、新卒採用担当のリーダーで、学生時代にレスリングで日本チャンピオンになった経験もある池田に、これまでの壮絶な経験について話してもらいました。

▽今までの記事はコチラ



■プロフィール
池田 雄人(人事部 採用課)
愛知県出身。近畿大学卒。
高校・大学で取り組んでいたレスリングでは2度日本一の栄冠に輝く。
MJEでは2016年に新卒入社して以来、一貫して採用業務を担当。
大阪本社→東京支社→大阪本社と、2回の転勤経験あり。

■Q1:学生時代どんなことに力を入れていましたか?

□柔道との出会いで、自分の性質を生かすことができた

兄が柔道をやっていた影響で、小学校3年生の時から道場に通うようになり、楽しく取り組んでいました。自分ではあまり記憶が無いのですが、幼少期はすごく喧嘩っ早い性格だったようで、何かあったらすぐ手を出していました。それが原因で学校の先生や親に怒られることも良くありました。

かつ、小さい頃からものすごく体格が良かったので、「学校最強」と称されたこともありました……ってこのエピソードを自ら話すのってすごく恥ずかしいですね……。
とにもかくにも、柔道に出会ったことで、ルールの中でなら相手を倒してもよくなりました。その上倒したら叱られるのではなく褒められるので、達成感を感じて競技が楽しかったのだと思います。

ーーその当時の成績について教えていただけますでしょうか。

振り返ると、小学校の時が最も結果が残せていない時期でした。地区大会では優勝し、代表選出されたことがあったのですが、県大会となると上位入賞は果たせず、最高で3回戦進出どまりでした。
中学生の時は、地元の公立校の部活に所属していたのですが、個人戦で愛知県3位、団体戦で2位を獲得できました。
その当時得意にしていたのは個人戦で、団体戦は好きだけど結果が残せるかわからなかったのですが、結果団体戦で個人戦以上の成績を残すことができて嬉しかったです。

ーーちなみに、なぜ団体戦が好きなのですか?

「全員で上を目指そう」という気概をより強く感じることができるからです。
団体戦は階級(体重別の分類)が同じ人同士、かつ体重軽い人から先に戦います。部活内では僕が一番重かったので、おのずと最終戦を担当していました。
例えば、5対5の試合で、自分の前が2勝2敗で回ってきたら、僕の力によってチームの勝敗が決まります。その試合の重みを体感することや、出番の直前に「頑張れよ池田」と声をかけてもらえることが、自分にとっては楽しくて、やりがいに感じていました。

ーー人によってはプレッシャーに感じそうな場面なのにすごいです。通われていた学校は、元々柔道の名門校だったのですか?

いえ、そうではありませんでした。それこそ、自分たちの前に同じ部活で県大会に入賞したのが僕の兄で、以降はしばらく間が空いていたので、このタイミングで力のある人が集まったことで団体入賞を果たせました。
特に自分の一個上の代では、柔道の経験者もいましたし、小学校の頃から活発…ちょっとヤンチャで有名な(笑)先輩が柔道を始め、ものすごく根性のある方だったのでめきめきと実力を付けていったりと、実力者が集まっていました。

ーー少し話を戻しますが、社会人になってから知り合った身としては、池田さん=穏やかで優しい先輩 というイメージが強いので、血気盛んな性格だったことが意外でした。現在の立ち振る舞いに変わった理由は何かありますでしょうか。

高校の監督の言葉が大きなきっかけでした。その方はとにかく厳しくて、体格も大きく存在を恐れていた方なのですが、その方から「レスリングやっているということは、本気になれば素手で人を殺せる力があるということ。だから絶対に人に手を出してはならない。」と指導されていました。
その言葉を聞いて、「そういうものなんだ」とはっきり自覚するようになりました。
ちょうど高校進学前に柔道の初段を取った際にも、有段者講習で同様の案内をされていたこともあって、高校以降は全くそのようなことはしなくなりました。

ーー確かに、高校生の身としては衝撃的な言葉かもしれませんね。

□理不尽な環境を乗り越えた高校時代

ーーなぜ高校からレスリングに転向されたのですか?

明確な意志があったわけではなく、偶然です(笑)。元々は県内の柔道の名門校にスポーツ推薦で行こうと考えていたのですが、志望校が「授業料半額免除」という扱いで、できれば「全額免除」の学校に行きたいと考えていたため悩みました。
その頃に、先ほどお話したレスリング部の怖い監督が中学校まで会いに来てくれて、レスリング未経験ではあったのですが、「授業料全額免除で進学しないか」という打診をくださり承諾した……というのが、競技を始めた経緯です。

ーーなんて親孝行……!

いや、その当時はそんなことは考えていなくて、「全額免除」の言葉の響きがカッコいい!という憧れでした(笑)。

ーー実際に入部してみていかがでしたか

地獄という言葉通りの環境でした。
そう言える要因が2点あって、まず1点目が純粋に練習がハードだったことです。練習はほぼ週に7日、土日は午前中のみでしたが、平日は朝7時からの練習と夕方練習があり、特に朝練は、3年間毎日練習終わりに過呼吸になるほどキツい内容でした。

もう1点が、上下関係です。入学先には元々いじめ問題があって、その情報を知った上で入部したのですが、残念ながら改善されていませんでした。なので本当に大変だったのは、監督が帰った後以降に行われる、先輩からの陰湿な嫌がらせへの対応でした。

ーーそんな経験があったなんて全く知りませんでした。辞めたいと思いませんでしたか

10000万回くらい辞めようと思いました(笑)。

それでも続けた理由は、部活中の母親の行動です。毎朝6時半に学校へ出発していたのですが、毎朝必ず作りたてのお弁当とでっかいおにぎりを3~4つ持たせてくれていました。
前日の作り置きでもいいのにそうではなく、暖かい食事を毎日作ってくれている。労力をかけてもらっているのにここで辞めたくない、という気持ちがありました。
「とりあえずこの人たちがいなくなるまで耐えよう」と1年間過ごした結果、先輩達が卒業したことで陰湿な環境は終わりを迎えました。

ーー壮絶な環境の最中とは思うのですが、成績を教えていただいても良いでしょうか

  • 全国大会個人戦…3位×3回 1位×1回
  • 全国大会団体戦…ベスト8
  • 日本代表選出×2回

成績で見ると高校の時が一番好調でした。柔道と比べて圧倒的に成績が伸びたので、色々ありましたがレスリングへの転向は結果的に正解だと思います。

□もちろん大学でもレスリング!と思いきや

ーー続けて大学での成績も教えてください。

西日本大会の2連覇と、全国大会の個人戦で3位と1位を獲得したことが主な成績です。あと、世界大会にも出場しました。

ーー大学でレスリングを続けるにあたって、他の進路への迷いはありませんでしたか?

むしろ、「レスリングは続けないぞ」という強い意志を持っていました。
長年部活をやっていたのでそろそろ遊びたかったですし、愛知県内でレスリングの強豪校が無く、続けるには関東か関西への進学が必須だったのも、地元が好きな僕にとってはマイナスでした。
このことを監督に伝えたところものすごく怒られました。
色々と説得された後に言われたのが「親孝行しろよ」という言葉で、こう言われたら……何も言い返せないですよね(笑)。ずるい言葉だなと思いつつ、続けることを承諾し、選んだのが近畿大学のレスリング部でした。



■Q2:どのような就職活動を行いましたか?

学生の方からよく聞かれる質問なので、いつも短時間内で伝えているのですが、それ故に伝えられていないこともありまして……。

実は、始めのうちはあまり就活に身を入れていませんでした。今でこそ自己分析や業界研究の大切さがわかりますし、やり方をお伝えしたりする身ですが、当時はそういう事も全くやらず、3年生の終わりごろからゆっくりと就活をスタートしました。
しばらくして、4年生のゴールデンウイーク明け頃に大学の友人から「お前の就活が心配だから、この会社の説明会に行ってこい」と紹介されたのが、MJEでした。

ーーとはいえ、将来への展望が一切無いままMJEに入社したわけではないと思います。当時思い描いていたなりたい姿や目標はありますか?

それで言うと、「有名になりたい」という欲は元々持っていました。この気持ちをいざ将来の展望に生かそうと考えた時に、まず思い当たったのがレスリングでした。
競技との出会いは偶然だったものの、幸い得意と言えるくらい結果を残すことはできました。
であれば、得意分野であるレスリングを仕事にする・レスリングで日本一になることが有名になる近道なのではと最初は考えていたのですが、先のことを考えた時にビジネスの場で日本一を目指した方がより幅広い可能性があるなと考えました。

本音を言うと地元の愛知県に帰りたい気持ちがあったのですが、その希望が叶えられないとしても、MJEで挑戦してみようかな、と素直に思えたため、選考に進み内定をもらい今に至ります。

ーーレスリングとの出会いといい、進学先・就職先といい、自分が強く願った環境ではない場所に身を置くことが多かったように思います。その中でも頑張ることができたのはなぜですか?

どう頑張るかか……僕は、自分のことを努力できる人間だと全く思っていないんです。その時々でうまくやろう、さぼろうとすることもよくありました。あの厳しかった高校時代でも抜け道を探していましたし(笑)。
大変なこととうまいこと付き合いつつ、「しばらく続けていればいいことが起こるんじゃないか」という気持ちで過ごした日々の積み重ねが今なので、「どう頑張ったか」を聞かると難しいですね。

ーー私からみたら努力しているように見えるので、驚きです……。もしかしたら気負いすぎないことが秘訣かもしれませんね。

■Q3.社会人になって得られたことを教えてください

ーー社会人になってからのターニングポイントを教えてください

1年目の12月に、大阪から東京に転勤した時です。
当時は、人材系の事業を担当している先輩(※現・人事部ゼネラルマネージャー)と、数ヵ月後に人事部採用課に配属予定の内定者は近くにいたものの、12月時点では採用担当は自分1人だけという状態でした。
その内定者は当時からすごく優秀だったので、「後輩にダサい姿は見せたくない」という一心で、この先どのように仕事を進めるべきか色々と考えました。

そこで決めたのは、①どうせ自分がカッコつけて立ち回ったとしても見透かされてしまうので、隙を見せないように繕わずにきちんと見せること。②対人面(接しやすさや親しみやすさ)では後輩に負けないように頑張ること。の2点でした。

そして、気を引き締めて仕事に取り組んだことと、東京支社のメンバーの明るさ・面白さに影響されたことで、どんどん仕事が面白くなっていきました。大きな環境の変化を経て、やる気スイッチが入ったような感覚でした。

ーーMJEで過ごしたことで得られた力があれば教えてください

自分の考えや意思を人に伝えられるようになったことが、成長した点かなと思います。
入社初期は、同期社員の中でも誰かが決めたことに対して、何でも「いいよ」と返事をするタイプでした。
現在は、役職のためか、あるいは経験の蓄積によるものかはわからないのですが、自分で考えて判断して行動を起こす機会がぐっと増えました。この内容は先日、同じ採用チームで同期でもある前本(※数か月前に営業部から異動)からかけてもらった言葉で、少し照れくさいのですが、非常に嬉しく思いました。

ーーいつからそのような力が発揮できるようになったと思いますか?

役職が上がり、チームを持つようになったタイミングです。それまでは一人のプレイヤーとして、自分が沢山の学生に会えばいい、自分の力でどうにかすればいい、と考えて行動していました。
役職が変わってからは、採用担当一人ひとりがどんな役割を持つべきなのか?メンバーがどう動けば学生の方と良い関係を築けるのか?ということに意識を向けるようになりました。
責任範囲が広がったことが自身の成長に繋がりました。

ーーありがとうございます。最後に、今後の展望を教えてください

“起業をしたい”というわけではないのですが、最終的に自分の力で稼いでいける人になりたいと思っています。今の自分は採用業務一筋でやってきたので、今後は採用以外の領域にも手を広げることで、稼げる力を高めていきたいです。
「では具体的には何が必要なのか?」ということは現在模索中なのですが、「面白いと思うことに取り組む」という姿勢はずらしたくないです。

もちろん、お金をたくさん稼ぎたいという気持ちもあるのですが、あくまで自分が楽しめているかどうかが先で、面白いことをやった結果、最終的にそれがお金に変わるという状態を作りたいですね。

この考えに至ったのも、東京に転勤した際に楽しく仕事に打ち込んだ経験があったからかもしれません。そう考えると、今までMJEに身を置いてきてよかったな、と感じます。

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