森ビルで長年にわたり、六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズをはじめとする都市開発を牽引してきた大森みどりが、NOT A HOTELの新たな試みである「NOT A TOKYO」の代表取締役 CEOに就任した。
都市のハードとソフトの両面を熟知し、「都市を育む」という長期的な視点を持ち続けてきた大森の思想は、なぜNOT A HOTELの思想に共鳴したのか。そして、「NOT A TOKYO」という社名に込められた真意とは何か。
森ビルで培われた「東京」の文脈を踏まえながら、新しい都市のあり方について語ってもらった。
「NOT A TOKYO」に込めた二重の意味
━━━まずは、長年日本の都市開発をリードしてきた森ビルから、NOT A HOTELという新しい舞台へ挑戦される今、どのような心境ですか。
大森:「人生って面白いな」というのが率直な感想ですね。森ビルを辞めるという決断をしたときは、社外取締役やいくつかの会社の顧問といったオファーがあり、退社後はもう少しのんびりした暮らしを想像していました。
森ビルで最後に担当していた六本木五丁目のプロジェクトも計画がほぼまとまり、私自身の役割は果たせたかなと感じていたタイミングだったんです。そんなときに急に新しいお話が舞い込んできて、自分でも驚いています。でも、思い切ってこの道に進んでみるのが、自分らしいかなと思ったんです。
大森みどり:早稲田大学卒業後、1985年に森ビルへ入社。 六本木ヒルズの森美術館やオフィス、住宅の設計を担当。都市開発本部異動後、海外建築家のマネジメントに従事。六本木ヒルズ開業後はタウンマネジメント事業部でマーケティングやイベントの責任者を務め、ヒルズライフの創刊やヒルズカフェの企画運営などを行った。その後、再び都市開発本部へ。計画推進部で虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズ、六本木五丁目プロジェクトの企画・計画に携わる。2025年9月、NOT A HOTELへ参画。NOT A TOKYO 代表取締役CEOへ就任。
━━━「NOT A TOKYO」というこの挑戦的な社名に、大森さん自身はどのような第一印象を?
大森:社名の「NOT A TOKYO」は、NOT A HOTEL代表の濵渦さんの提案でした。最初に聞いたときは「文法的に間違っているな」と多少の違和感が(笑)。でも、それが逆にいいなと思ったんです。ネイティブの人が聞いたら、「A TOKYO」だから、普通は東京は一つしかないけど、実は東京ってたくさんあるんだ、と感じてくれると思うんですよね。東京の典型的なイメージではない、多様な側面を追求していくという、一つ目の意味があると思います。
そして二つ目は、本当に「NOT TOKYO」、つまり東京ではない場所で開発をしていくという意味です。東京はすでに世界的にも完成度の高い都市ですが、日本全国に目を向けると、新しい価値を生み出せる都市がたくさんあります。地方や自然豊かな土地に新たな価値を生み出すことで、東京とは異なる価値観を提示できるのではないかと。
これは「東京」の否定ではなく、むしろ可能性を最大化する取り組みでもある。この二重の意味を聞いて、長年都市開発を東京で実践してきた私にとって、とても面白い挑戦だと思いました。
東京のみならず日本全国をフィールドにエリア開発を目指す「NOT A TOKYO」
都市は「建てて終わり」ではない
━━━大森さんのキャリアのスタートについて教えてください。森ビルではどのような仕事から始まったのでしょうか。
大森:入社当時は社員が300名ほどで、今のNOT A HOTELと同じくらいの組織規模でした。私は建築学科を卒業して設計部に配属され、六本木ヒルズの設計を17年間担当しました。建築というハード面からキャリアがスタートしたんです。
━━━森ビルでのキャリアにおいて、特に六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズなどは、東京の風景を大きく変えた巨大プロジェクトですよね。そうした経験のなかで、大森さん自身が強く影響を受けたことは何だったのでしょうか。
大森:森ビルの「都市を育む」というフィロソフィーを最も強く体感したのは、六本木ヒルズ開業後にタウンマネジメント事業部に異動したときですね。それまで設計部で建物を創ることに専念していましたが、実際に街を運営してみて、自分が手がけたものがどう使われるか、何が課題なのかを肌で感じました。
たとえば、六本木けやき坂の花壇。東西に伸びる道路の南側にあるので、終日日陰になってしまうんです。維持管理に莫大な費用がかかることに、運営側になって初めて気がつきました。街は建てて終わりではなく、人々の生活、営みや環境の変化に合わせて、常に育てていくものなのだと学んだんです。あとは「文化への投資」ですね
━━━というと?
大森:一見すると直接的な効果が見えにくい文化・芸術施設や街中でのイベントこそが、地域のブランド価値を長期的に高めるうえで最も重要なことを学びました。
六本木ヒルズには森美術館やアカデミーヒルズがありますし、クリスマスマーケットやヒルズカフェといった、文化的なイベントや場を創り出すことで、人々が「この街に行きたい」と感じる理由を生み出しました。都市の価値とは、集団的知性を育む「場」であると私は考えています。そこにいるだけで創造性や交流が生まれる、そんな舞台を創ることが、都市開発の本質ではないでしょうか。
都市に「野生」を取り戻したい
━━━さまざまなアプローチで都市開発に関わる選択肢があったなかで、なぜNOT A HOTELだったのでしょうか。
大森:森ビルの事業は、都市のインフラを整える大規模開発が中心です。ほとんどのプロジェクトが莫大な投資を伴い、完成までに何十年もの歳月を要します。それはまるで、富士山の山頂を目指すように、一歩一歩積み重ねていく仕事でした。
一方で、NOT A HOTELはスタートアップならではのスピード感とテクノロジーを強みにしながら、暮らしや都市のあり方そのものを更新しようとしている。 その姿勢に、自分が培ってきた経験と未来への可能性の両方が響き合うのを感じました。だからこそ、「ここでなら新しい挑戦ができる」と確信しましたし、自分自身も大きな変化を起こす当事者になりたいと思ったんです。
そしてもう一つが、都市に「野生」を取り戻したいという野望です。
━━━「都市」に「野生」ですか?
大森:人間は「都市」と「野生」の両方がなければバランスを保てないと思うんです。森ビルで培ってきた都市のノウハウと、NOT A HOTELが持つ新しい視点が融合することで、これまでにはなかった、都市と自然が共生する新しいライフスタイルを提案できるのではないかと考えています。
森ビルの開発は、都市に住む人々をギュッと集中させる、いわば「重力」を創り出すものでした。都市に人が集まることのメリットはたくさんありますが、自然と触れ合う「野生」のような機会が失われてしまう側面もあります。
都市に「本物の森」があったらいいのにな、と漠然と思っていた私は、NOT A HOTELが地方に新しい価値を生み出し、人々が「野生」に戻れるような体験を提供していることに強く惹かれたんです。
「NOT A TOKYO」が描く次の風景
━━━現時点で言える範囲で構いませんので、新たに立ち上がる「NOT A TOKYO」は、どのような事業を展開していくのか、教えてください。
大森:まだ構想段階ですが、これまでの「東京の延長ではない都市や街」を提案していきたいと思っています。森ビルが手がけるような大規模再開発には、数十年の時間を要します。それはそれで必要なアプローチではあると思いつつ、同時に地域の特性を活かしたスピーディな開発も必要だと感じています。
先日訪れた中国・深圳では、都市開発が驚くほど速く、明確なビジョンに基づいて進んでいました。一方で、東京には雑多で多様な魅力があり、それはスピード一辺倒の開発とは違う文脈で守り育てていくべきものです。
「NOT A TOKYO」では、この二つのどちらでもない、新しい都市のあり方を模索したい。たとえば、価値を見出されにくい古い雑居ビルを現代に蘇らせるような取り組みもその一つです。都市の魅力を守りながら、新しい価値を生み出していく。そうしたアプローチを東京に限らず、日本全国で挑戦していきたいですね。
━━━「NOT A TOKYO」によってライフスタイルそのものも変化しそうですね。
大森:ライフスタイルに変化を与えることは相当難しい。ただ、目指していきたいですね。先ほども触れましたが、「NOT A TOKYO」が実現したいのは、都市に新しい「野生」を創造することです。それによって暮らしがより豊かになり、多様な生き方が許容される社会になってほしい。都市と地方、都市と自然、そして仕事と休息。これら二項対立で考えられがちだったものが、シームレスにつながっていく。そんな新しい都市や街の風景を手がけていきたいと思っています。
NOT A HOTELとしての歩みも、今はちょうど「点から線へ」というフェーズにあります。各拠点という“点”を、NOT A GARAGE(モビリティ)によってつなぎ合わせ“線”にしている最中です。そしてこれからは、その線をさらに「面」へと広げていくことで、「日本の価値を上げる」という私たちのミッションを実現していきたい。
その構想を体現し、次のステージへと押し上げていく存在こそが「NOT A TOKYO」だと思っています。
イベント情報
NOT A HOTELでは建築をはじめ会社や採用イベントを開催しています。ぜひご参加ください。
9/20(土):TOKYO・RUSUTSUプロジェクトの舞台裏
NOT A HOTEL ARCHITECTSが語る、TOKYO・RUSUTSUプロジェクトの舞台裏【抽選イベント】
10/03(金):代表・濵渦が明かす、これからのNOT A HOTELが目指すこと
代表・濵渦が明かす、これからのNOT A HOTELが目指すこと
採用情報
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