物理的な「建物」と「ソフトウェア」を融合させ、ゲストやオーナーの滞在体験を最大化させる。そんな「スマートホームインテグレーター」という未踏の領域に挑むエンジニアたちが、NOT A HOTELには多く集結している。
その一翼を担い、創業初期から現場をリードしてきたのがAlyssa Chang(アリッサ・チャン)だ。アメリカの大学で電気・コンピューター工学を専攻し、新卒で入社したメルカリではソフトウェアエンジニアとして着実にキャリアを積んできた。そんな彼女が2022年2月、次なる舞台として選んだのがNOT A HOTELだった。
純粋なソフトウェアの世界から領域を飛び越え、ハードウェアや建築が絡み合うスマートホームの世界へ身を投じて約4年。初の拠点となった「NOT A HOTEL AOSHIMA」から、自分たちで担う領域を大きく広げた「NOT A HOTEL SETOUCHI」プロジェクトまで、時には「電気工事士」の資格を手に現場を駆け抜けてきた。
「世界を跨ぐインテグレーターになりたい」と語る彼女を突き動かすものは何なのか。自らの手で新たな職種を定義し続ける、その挑戦の軌跡を聞いた。
コードの先にある、物理の世界
━━━ まずは、NOT A HOTELへ参画するまでの経緯から教えてください。
Alyssa:もともとアメリカで生まれ育ち、大学では電気工学とコンピューター工学を学んでいました。卒業後は日本に住んでみたいという気持ちが強く、インターンでお世話になったメルカリにソフトウェアエンジニアとして新卒入社したのがキャリアのスタートです。その後グループ会社での開発を経て、2022年2月に縁あってNOT A HOTELのスマートホームチームの2人目として入社しました。
━━━ なぜ、ソフトウェアからスマートホームという「ハードウェア」も絡む領域に?
Alyssa:実は、最初からスマートホーム志望だったわけではなく、最初はPMS(Property Management System:ホテル管理システム)の開発をお手伝いしていたんです。正社員入社のタイミングでCPOの八代から「スマートホーム、興味ある?」と聞かれて。
大学時代の研究に近かったので「興味はあります」と伝えたところ、私の適性を最大限に考慮してくれた結果として、現在のチームへの配属が決まりました。 偶然のようで、実は自分のバックグラウンドを一番活かせる場所に導いてもらったなと感じています。
アリッサ・チャン:スマートホームインテグレーター。カーネギーメロン大学 電気・コンピューター工学部卒。メルカリに新卒入社後、社内評価ツールの開発に従事。後にメルペイに転籍。他数社で開発に従事後、2022年2月NOT A HOTEL参画。スマートホームのPMや開発を担当している。
━━━ 実際にチームに入ってみて、どうでしたか?
Alyssa:当時はまだスマートホームチームが立ち上がったばかりで、外部パートナーさんと協力しながら「どのハウスにどの機器を入れ、(オーナーさま専用の)アプリからどう操作させるか」という仕様を一から詰めている段階でした。入社して最初の半年は、1行もコードを書かず、ひたすら仕様を考えていましたね。
━━━コードを書かない日々への戸惑いはなかった?
Alyssa:かなりありましたね。「肩書きはソフトウェアエンジニアなのに、何をやっているんだろう」というギャップを感じる時期も、正直ありました。ただ、初拠点である「NOT A HOTEL AOSHIMA」の現場に入ったとき、その感覚がガラッと変わったんです。
現場でひたすらデバッグを繰り返していたときのことです。ソフトウェアの世界と違って、物理的な機材は現場に行かないと正解がわからない。設定を入れても動かない原因が、機材そのものなのか、制御ロジックなのか、配線なのか……。それらの原因を一つずつ潰していき、最後にiPadをタップしてシーリングファンが「ブォーン」と回り出したときは、チームのみんなで感動しました。
今思えばシンプルな制御ではありましたが、あの瞬間の「自分の書いたコードが、現実の空間を動かすという震えるような達成感」は、NOT A HOTELでしか味わえない唯一無二の体験だと思います。あの瞬間に味わった高揚感が、文字通り「やみつき」になってしまったんです。その手応えを何度でも再現したい、より進化させたいという想いが、最大の原動力になっています。
NOT A HOTELにとって原点と呼べる「NOT A HOTEL AOSHIMA」
挫折をバネに手にしたインテグレーターの素養
━━━ 「スマートホームインテグレーター」として日々奮闘しているAlyssaさんですが、そこに行き着くまでは結構泥臭い下積みもあったみたいですね。
Alyssa:そうですね。大きな転換期は、スマートホームにおいて、外部パートナーと協働しながら、自分たちで担う領域を広げていったタイミングです。以前は外部パートナーさんに頼る部分も多かったのですが、スピード感や保守性を考えると、自分たちでハードウェアの仕様まで完全に把握し、コントロールできる状態にしなければならない。そのために、より深くプロダクトに踏み込んでいくプロジェクトが立ち上がりました。
━━━ そのプロジェクトで、Alyssaさんはリードを任されたんですよね。
Alyssa:はい。でも、正直に言うと最初は全然ダメでした。電気工事の領域や現場の動き方が全くわからなくて、プロジェクトを停滞させてしまったんです。最終的には、後から入社したメンバーに頼るかたちになり、一時期はプロジェクトが中断してしまいました。それが本当に悔しくて。
━━━ その「悔しさ」が、その後のアクションに繋がった?
Alyssa:私は性格上、任されたタスクを自分の力不足で達成できないのがすごく嫌なんです。何が足りないのかを考えたとき、インテグレーターとして現場でバリューを出すには、ソフトウェアの知識だけでなく、電気工事や物理的な仕様の深い理解が不可欠だと痛感しました。その経験があり、電気工事士の資格も取得しました。
約20名規模にまで成長したスマートホームチームには、スマートホームインテグレーターのほか、バックエンド、ネットワーク、プロダクトマネージャーなど多様な職種が在籍する
━━━ ソフトウェアエンジニアが、自ら電気工事の資格を取って現場に入る。まさに「インテグレーター」としての動きそのものですね。
Alyssa:そういうマインドになれたのは、チームメンバーの存在も大きかったです。なかでも、電気もバックエンドもわかるメンバーのオールラウンダーな働き方を間近で見られたのが大きかったです。
スマートホームは、機器の仕様があり、それをどう制御するかのロジックがあり、最終的に配線やコードに落とし込むという非常に複雑なプロセスを辿ります。私はメルカリ時代にテックリードとして複雑な仕様を整理していた経験があったので、その「PM的な視点」と「現場の知識」が組み合わさったときに、ようやく自分の進むべき道が見えた気がします。
ルーティンワークにならない、二度とない仕事
━━━ その後、大規模な「NOT A HOTEL SETOUCHI」のプロジェクトが進行します。ここでの内製化は相当ハードだったのではないでしょうか。
世界的建築家ビャルケ・インゲルス氏率いるBIGが設計した「NOT A HOTEL SETOUCHI」
Alyssa:これは本当に大変でした(笑)。本来は別のプロジェクトで、自分たちで主導する体制の検証を進める予定だったのですが、急遽「SETOUCHIで実践してみよう」という話になって。スケジュールもタイトで、現場では建築工事の遅延など、予想外のトラブルが次々と起こります。
━━━ ソフトウェア開発のスケジュール管理とは、全くの別物ですよね。
Alyssa:全然違いますね。でも、そのカオスな現場を乗り越えるなかで、チーム全体の「調整力」と「交渉力」が飛躍的に上がったと感じています。NOT A HOTELの建築チームのみならず、ゼネコンさんや職人さんと直接会話し、「スマートホームの品質を守るためには、このタイミングでこの配線を終わらせてほしい」といった交渉を、粘り強く繰り返しました。
━━━ Alyssaさん自身も、SETOUCHIの前後で変化はありますか?
Alyssa:スマートホーム全体に関する解像度が圧倒的に上がりましたね。現場で何が起こりそうか、どこがトラブルの元になるかが、先々まで見通せるようになりました。また、私一人で抱えるのではなく、新しく入ったメンバーたちが自律的に動いてくれたことも心強かったです。彼らも未経験の領域を恐れずに吸収してくれて、分散してプロジェクトを進められるようになった。これが内製化の大きな成果だと思います。
━━━ チームが拡大していくなかで、今後はどのような組織を目指しているのでしょう。
Alyssa:今はまだ、個人の高いスキルに依存している部分があります。これからは拠点が爆発的に増えていくので、ナレッジトランスファーの仕組みづくりが不可欠です。誰かがつきっきりで教えるのではなく、新しいメンバーが自律的に学べる体制。私たちが培ってきた「NOT A HOTELクオリティのスマートホーム」のつくり方を、再現性のあるものにしていかなければならないと考えています。
日本で培った技術を、世界へ展開したい
━━━ AlyssaさんはNOT A HOTELに参画して5年目に入りますが、これほど長く情熱を注ぎ続けられる理由は何だと思いますか。
Alyssa:実は私、結構飽きっぽいんです(笑)。ルーティンが苦手で常に刺激を求めているタイプなんですけど、NOT A HOTELの仕事だけは一度も飽きたことがないんですよね。
拠点ごとに設備も違えば、新しい制御技術も次々に出てくる。毎年どこかが開業して、そのたびに中毒性があるというか(笑)、強烈な達成感を味わえるのが本当に幸せです。
それに何より、『世界中にあなたの家を』というコンセプトに心から共感しています。自分が大好きなプロダクトを自らの手で開発できるのは、最高に贅沢なこと。この先、NOT A HOTELがどこまで進化していくのか、好奇心が尽きないのも楽しめている秘訣な気がします。
━━━ 最後にこれからのAlyssaさん個人の目標についても教えてください。
Alyssa:インテグレーターとしては、正直まだまだ学びの連続です。でも今後は、この日本で磨き上げたクオリティを携えて、本格的に海外へも展開していきたいですね。
海外の施工環境や文化のなかで、どうすればNOT A HOTELの心地よさをパッケージ化して届けられるか。これまでとは全く違うレイヤーの設計が必要になりますが、そこを乗り越えて、海を越えた先でハウスが完成したとき、きっとNOT A HOTEL AOSHIMAのとき以上の感動を味わえるはずです。経験があるから挑むのではなく、興味があるから道を切り拓く。そうやって、まだ誰も見たことのない景色をかたちにするインテグレーターであり続けたいと考えています。