日本最大手の組織設計事務所で「設計グループダイレクター」として活躍し、数々の建築を世に送り出してきた建築士・浦 俊弥。25年間、大規模プロジェクトの真ん中で都市と向き合い続けてきた彼が、2026年3月、NOT A HOTELという新たな挑戦へと舵を切った。
確固たるキャリアを築き上げた彼が、なぜ今、未知なるスタートアップに参画したのか。「残りのキャリアの時間をどこに使うか」と語る浦に、その決断の背景と、新天地で見据えるこれからのものづくりについて聞いた。
都市と向き合った25年間
━━━ まずは浦さんの建築士としての原点について教えてください。
浦:彫刻家の祖父と建築設計の父の影響で、幼少期から建築雑誌に囲まれて育ちました。理系科目は少し苦手だったのですが、絵や工作が好きだった自分の特技を一番活かせる道として建築学科を選んだという背景があります。
新卒で多様な大規模プロジェクトに携われる大手組織設計事務所を選んだのは、特定の作風に縛られず、幅広い可能性に触れたかったからです。
「師匠を持たない」という環境だったからこそ、25年間にわたり多くの先輩たちの下で、自分らしいスタイルを柔軟に築き上げることができたと考えています。
浦 俊弥:工学院大学大学院修了。日建設計にて複合開発、超高層ビル、オフィス、学校施設、ホテル、商業施設、リノベーション、ワークプレイスの意匠設計監理に従事。2026年3月、NOT A HOTELへ参画。Lead Architectを担う。
━━━ 特に自分の矜持となっているプロジェクトは何ですか?
浦:一つは、飯田橋の再開発プロジェクト(飯田橋グランブルーム)です。120メートルの超高層ツインタワーをはじめ、オフィス、住宅、商業施設が一体となった巨大な複合開発でした。
これほどのスケールになると、地震や台風といった日本の厳しい自然環境に晒されるなかでの責任の重さを強く実感します。現場ではミリ単位の設計が求められ、何万枚もの図面をチームでつくり上げ、数多くの技術者・職人さんたちと形にしていきました。
私たちが街並みで目にする何気ない建物の一つひとつに、どれほど膨大な技術と人の想いが詰まっているのかを身をもって体験できた、私の技術的な原点とも言えるプロジェクトです。
━━━ 不特定多数の「マス」が関わる公共建築の最前線にいたわけですが、その立場から日本の建築業界のこれからの可能性をどう捉えていますか?
浦:日本の近代建築には、個人の哲学的な作家性を追求するアプローチもありますが、私のバックボーンにあるのはその土地に根差した社会インフラとしての建築という思想です。社会の進化に伴走し、人々の生命や財産を守る確かな構造物を、多様なプロフェッショナルが試行錯誤しながら具現化していく。この「組織だからこそ到達できる圧倒的な誠実さとスケール感」に、私は今も深く共感しています。
この巨大なエネルギーがあるからこそ、これからの日本の開発プロジェクトには、まだまだ新しい価値を生み出す余白があると感じています。じっくりと時間をかけて街の基盤をつくる仕組みのなかに、もっと軽やかで流動的な変化を組み込むことができたら、日本の都市はさらに面白くなる。
また、今、意欲のある日本の若手建築家たちが世界中でボーダーレスに挑戦し、新しい知見を蓄えていますよね。彼らのフレッシュな感性と、私たちが培ってきた「社会の基盤をつくる大きな足腰」が掛け合わさったとき、日本の建築界は世界を驚かせるような次のダイナミズムを生み出せる。
そんな、新しい循環の始まりにいるのだとワクワクしています。
生涯、あと建築をいくつ建てられるだろうか
━━━ そんな浦さんの目に、NOT A HOTELはどのように映っていましたか?
浦:正直にお話しすると、周囲で話題になっているのは知っていましたが、自分が手がけている大規模建築とは用途があまりにも違うため、当初はそれほど意識していませんでした。
転機となったのは、2025年の夏頃です。ちょうどオフィスデザインのプロジェクトに携わっていた時期だったのですが、NOT A HOTELのオフィスが雑誌に大きく掲載されていて。その空間が非常に美しく、実際に見学させてもらったのがはじまりでした。
一般的なオフィスは、多くの意見を反映させるうちにデザインが平均化され、どこか既視感のある空間になりがちです。でも、彼らのオフィスには、空間の暗がりのつくり方、モノトーンの統一感、飾られたアート、引き出しを開けた際のカトラリーの並びなど、細部に至るまで、徹底された世界観が緻密に表現されていた。「自分の大切にしたい世界がここにすべて詰まっている」と、一気に引き込まれましたね。
複合型ワークスペース「NOT A HOTEL OFFICE」
━━━ そこから実際の建築も見に行ったんですよね。
浦:はい。すぐに「NOT A HOTEL MINAKAMI TOJI」と「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA」を案内してもらいました。驚いたのは、内部の圧倒的なクオリティの高さです。「ここまで丁寧につくり込めるのか」と感じました。同時に、敷地に対する建築の佇まいが素晴らしい。自然の地形をほとんどいじらず、元々そこにあった環境に、建築をそっと置いていくような調和のさせ方が実に見事でした。
一方で、構造や設備といった「空間をよりダイナミックに、機能的に昇華させる技術」に関しては、自分が組織設計で長年培ってきた最大の得意領域でもあります。ここに自分が参加すれば、彼らの持つクリエイティブと私の技術が心地よく掛け算になり、さらに新しい可能性が開けるのではないかと直感したんです。
NOT A HOTEL MINAKAMI TOJI(Photo by Kenta Hasegawa)
━━━ しかし、50歳という年齢や、組織の要職という地位を手放すことに、周囲の驚きや迷いはありませんでしたか?
浦:大変ありがたいことに、温かい引き止めや、今後の活躍を期待する声をたくさんいただきました。ただ、私のなかでの決断の理由は、驚くほどシンプルだったんです。
組織設計事務所が手がける巨大プロジェクトは、都市の未来を担う素晴らしい仕事である一方、完成までに10年以上の歳月をかけるのが常態です。それが都市を守るための丁寧なプロセスであることは百も承知の上で、50歳という節目を迎えたとき、「これからのキャリアで、自分はあとどれだけ深く建築に関われるだろうか」と考えました。
じっくりと街を育てる仕事に深く携わってきたからこそ、人生の後半戦は、もっと打席数を増やして、数多くの素晴らしい空間を世に送り出したいというクリエイターとしての純粋な欲求が湧き上がってきたんです。
そんなタイミングで、NOT A HOTELが「設計組織の内製化」に舵を切り、本格的にチームを拡大し始めた。これまでの経験を携えて、まったく新しいものづくりの仕組みに飛び込めるチャンスは今しかないと、運命的なタイミングに背中を押されたわけです。
━━━ 浦さんがNOT A HOTELに直感した、これまでにない「ものづくりの可能性」とは何ですか?
浦:建築業界は、長い歴史の中で培われた安全や信頼のシステムが非常に強固な、成熟した世界です。それは誇るべきことですが、一方で、仕組みそのものを新しくアップデートすることが難しい側面もありました。
しかしNOT A HOTELは、発注者でありながら、いきなり不動産の「売り方・届け方」という出口にメスを入れた。さらに、超高精細なCGを用いてつくる前から「体験の解像度」を極限まで高めたり、設計プロセスにAIを取り入れて自動化を試みたりと、これまで業界が『できたらいいな』と思いながらも踏み込めなかった領域に、凄まじいスピードで挑戦しています。
圧倒的なスピードとクオリティを両立させながら、設計のプロセスそのものを変革していく分岐点がここにある。建築の歴史が動くその中心に、自分がプレイヤーとして最前線に立てるのだとワクワクしたんです。
急成長するのはプロダクトだけじゃない
━━━ 入社して約3ヶ月が経ちましたが、現場はどうですか?
浦:スピードは体感「3倍」ですね。これまでは一つの課題に対して時間をかけて粘り、悩むというプロセスがありましたが、ここでは「みんなが悩んでいることを、その場でクリアなゴールへと導くこと」が私の役割です。毎週開催される、濵渦さん(代表取締役 Co-CEO / Chief Visionary)を交えたデザインオフサイト(各プロジェクトのデザイン・方針を決める会議)のスピード感と熱量はすさまじいものがあります。
濵渦さんは建築の専門家ではありませんが、だからこそオーナー視点を誰よりも的確に捉えている。パースが一瞬画面に映っただけで、空間の中に一瞬で入り込み、「ここに子供がいたら」「この年齢の人がこのシーンで過ごすなら」と、驚くべき解像度で瞬時に的確なフィードバックを繰り出してくるんです。
ここまで物事をシンプルに、的確に本質を突けるクライアントやボスにはなかなか出会うことがありませんでした。毎日が新鮮で、早くその解像度に追いつかなければと刺激を受けています。
━━━ 「都市」というマスを相手にしてきた浦さんの技術は、NOT A HOTELの「個人の居場所」という設計にどう活きていますか?
浦:スケールは違えど、ものづくりの本質はまったく同じです。建築というのは結局のところ「バランスの見極め」。予算をどこまでかけるか、安全面と攻めたデザインの境界線をどこに見出すか。濵渦さんのジャッジもそのバランス感覚が非常に優れています。
私は基本的に、知恵を絞れば「建築で実現できないことはない」と考えています。「これ一体どうやって建てるの?」というような難易度の高い建築であっても、どうしたら実現するかを論理的に証明し、具現化していく。大規模建築で培った知見があるからこそ、その構造や設備のバランスを最速でコントロールし、チームを支えたいと考えています。
建築士という役割を自ら定義する
━━━ 浦さんが、NOT A HOTELで成し遂げたい目標を教えてください。
浦:難しい質問ですね。私は「何歳までにこれを達成する」といった個人的な目標に期限を設けないタイプなんです。常に目の前のことに夢中になり、全力で取り組んできた結果が今につながっています。
ただ、NOT A HOTELでは「世界で最も無駄がなく、スピーディな設計組織をつくる」という組織としての明確なコミットメントを持っています。これを着実に達成することが、今の私の大きなミッションですね。
━━━ 最後に、伝統的な建築の世界で葛藤している若手や、同世代の建築士に向けてメッセージをお願いします。
浦:従来の建築の世界は、社会のニーズに対応していく「マーケットイン」の手法でした。しかし、NOT A HOTELが実践しているのはその真逆。先に自分たちが信じる理想の体験をつくり、世の中に提示する「プロダクトアウト」の思想です。
従来の不動産は「床面積」や「設備スペック」で価値が決まりがちでしたが、NOT A HOTELは世界に先駆けて「建築体験そのもの」に値付けをしました。デザインの力がダイレクトに経済や顧客の購買行動につながることを証明し、すでに業界のあり方を変え始めています。自ら新しい価値をつくり、世の中に最初に問いかける存在でありたい。私たちのチームは今、まさにその最前線を全力疾走しています。
先日、建築チームの全体会議でもみなさんにこう伝えました。「私たちは、従来の建築業界にいる設計者や建築家という枠組みだけで自分たちを定義してはいけない。外にロールモデルがないからこそ、誰もやったことのない役割を、自分たちの手で共につくっていこう」と。
先人たちが素晴らしい建築を日本に残してくれたように、今度は私たちの世代が素晴らしい建築体験を残し、日本を元気にし、その価値を上げていく。そのために、建築士としてのこれからのキャリア、そして残された時間のすべてをここに注ぎ込みたいと思います。