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「コロナ禍で“海外“は、エンジニアにとって逆にチャンス」。セブ島ベンチャーCTOが海外で挑戦しつづけるワケ

皆さんこんにちは!シードテック人事の荒井です!

今回は、シードテックのラボチームを作り上げているCTO平井さんへのインタビューです!


「エンジニアとして海外で働く」という選択肢、考えたことはありますか?

エンジニアとしてあらゆるキャリアを歩んできたシードテック株式会社のCTOである平井さん。

今や7年も海外でエンジニアとして働いているのはどうして?

フルスタックなキャリアを持つ平井さんに、エンジニア×キャリアのあり方をインタビューしてみました。



【平井真哉(ひらいしんや)】日本とフィリピン・セブ島の両方で活躍する筋肉系エンジニア。体育会系だった大学時代に突如プログラミングの世界に魅了され、独学武者修行のため上京。筋トレの傍ら、数多くの開発案件を手掛け、フリーランス・エンジニアとして独立。その後も多くの開発案件に携わる中で、エンジニアにとって英語スキルの重要性を強く感じ、渡比。創立時のNexSeed(=シードテック株式会社の前身となるフィリピンセブ島にある会社)に参画、そしてエンジニア留学の立ち上げを牽引。現在はシードテック株式会社のCTOとして従事。​


就活、「これはあかん」と思って、エンジニアになることを決めた。

――エンジニアになったきっかけを教えて下さい。

もともとはずっとスポーツとゲームばっかりやっていました。小中ではサッカーを、高校ではバスケットボールをしていて、大学もその推薦で入学しました。大学生活中に就活を試しにしてみたんですが、自動車メーカーの集団面接を受けてみて「これはあかん」と思って、プログラミングを勉強することにしました

――就活をやめて、なぜ"プログラミング学ぶ"になるんですか?(笑)

いやぁ、もう僕はかなりの社会不適合者で(笑)。普通に生きていくのって無理だなと思ったんですよ。そのとき幼馴染がすでにIT系で起業してて、彼の家に入り浸っていたときに、ゲームばっかりしている自分を観て「プログラマーとか向いてるんじゃない?」って言われたんですよね。なんとなくゲームはエンジニアが作るものだと知っていて、たしかにそんな道もあるなという感じでエンジニアになることを決めました。


独学でプログラミングを勉強。無事に挫折。

――そこからどうやってエンジニアになったんでしょうか?

まずは陸の孤島みたいな田舎の家で、独学するぞ!と、ひとりでこもって勉強していたんです。当時はオンラインで簡単に学習できるサイトなんてなかったし、教えてくれる人もいなくて、なにからやっていいか全然わからなくて。ずーっと借りた家で勉強していたんですけど、通常エンジニアになるために1週間で完結させるような内容を、ただひたすら3ヶ月間、何度も何度もやってました

――なるほど…引き伸ばしてやっていたと…。

そこで「このままやっていてもエンジニアとして稼げるようにはならない」と思って、転調してサーバーサイド側の勉強をし始めたんですが、もうちんぷんかんぷん。「そもそもサーバーって何?どういうこと?」みたいな感じで。


写真に写るとき必ず変な顔をしているのは「関西人だから」だそうです。

プログラミングの基礎構文は何度も書いていたら書けるようにはなるんですけど、これがどうしたらログイン機能を実装できるのかとか、どうしたらFacebookみたいなものになるのかは全くイメージできなくて、そのうちお金がなくなってきて、アルバイトをし始めて、そしたらアルバイトで忙しくなって、プログラミングする時間がなくなって、無事に挫折しました(笑)。

――典型的な挫折パターンを歩んでいるわけですね(笑)そこからどうやって持ち直したんでしょうか?

僕とてもミーハーなんですけど、当時やっていたドラマ「リッチマンプアウーマン」で、その中に出てくるIT起業の社長が時給600万稼いでます!みたいなのを見て、「うわ、かっこいい。バイトしてる場合じゃない。自分もプログラミングやらなきゃ」って思ったんです。


安易ですね

そこからもう一度やり直そうと決めたんです。でも、同じようにやってもまた挫折するだけだなと思って、学びながら働かせてくれるところを探そうと思って、Webで調べて、片っ端からIT系の会社の社長にメールを送りまくりました。当時は学生だったので、文面もたぶん失礼だったと思うんですけど、「気合いだけはあります!なんでもやります!とにかく働かせてください!」みたいな感じでメールを送りました。

ご縁あってあるベンチャー企業で働かせてもらえることになり、朝誰よりも早く出社して、めちゃめちゃ働きつつ、昼休みや業後に、エンジニアに「これ…教えて下さい!」って少しずつ教えてもらっていました。

――そこからの成長はどうでした?

入社して1ヶ月で、WebアプリとiPhoneアプリをそれぞれ1つずつリリースできたんです。今思うと、「HTML/CSS」「サーバー」など、独学で勉強していた知識は点で存在していて、教えてもらえる環境があったから線でつながっていって、自分のなかで納得できてサービスが作れたんだと思います。教えてもらえる環境ってすごいなって、その時思いましたね。


赤点しかとったことがなかった英語を学ぶためにセブ島へ。

――なるほど…!その後、エンジニアとしてはどういうキャリアを描いたんでしょうか?

インターンを終えて、フリーランスでも何本か案件を取れだしていたのですが、「もっとプログラミングを極めたい!」と思うようになりました。プログラミングがもともと英語で書かれていること、最新の技術はまず英語で情報が入ってくることを知っていたので、英語をちゃんと勉強したいなと考えました。

僕、英語は中学1年生のときから赤点しかとったことがなかったんですけど、「英語やるなら海外や!」と思って、バックパックしに行くことに決めました。物価が安くて、英語圏で、南国で、遠隔でノマドっぽく仕事ができる…みたいな世界ってなんかかっこいいなって思ったし(笑)。そんな条件で検索したところ、候補がフィジーかセブ島になりました。

――フィジーかセブ…どうやって選んだんですか?

「せっかくなら赤道超えたほうがかっこよくないか?」と思って、フィジーに決めたんです(笑)。

で、フィジーに心を決めたものの、友人づてで、セブ島にあるNexSeedの立ち上げに参画する話が舞い込んできて…結局セブ島に行くことにしたんです。


意志弱すぎじゃないですか

その話をもらってから、代表と話をしてみて、自分の意思決定よりももっとワクワクしちゃったんです。ジョインすると決めてから3ヶ月間、「IT系の新規事業を立ち上げる」ということをミッションとして渡されました。
ちなみにそのとき、「それができなかったらクビ、帰って」と言われていて(笑)、かなり危機感を持ちながら取り組んでいました。

市場調査をして、「こんなサービスが売れると思う」と1日1回は提案をしてはバッサバッサと斬られて…。論理的な詰めが帰ってきては精神をすり減らされて、でも結局提案自体は1つも通らなかったんです

――なんと…!

夜な夜な代表とお酒を飲みながら話をしていたときに、自分が独学していたときに当時は「プログラミングを学べる場がない」と思っていたという話をしました。

実は「学べる場がないな」という経験から、もし自分の知っている人がプログラミングをしたいと思ったときに、彼らが学習に迷わないように軌跡を残していたんです。具体的には、学習し始めて何日目にHTMLを学習し始めたとか、学習にどれくらいかかったかとか、いつ仕事を初めてとったかとかをGoogleカレンダーに事細かく残してたんですね。そのカレンダーを見せながら代表と話をしていたら、「原体験から課題感を持っているって、サービスになるんじゃないか」という話になって。


いい話なのにカメラ向けるとふざけてくる

確かに、自分が学んできたことのうち"無駄な部分"を削ぎ落として教えたら、もっと短い期間でエンジニアになれただろうなと思ったんです。加えて、当時のNexSeedが提供していた英語留学とかけ合わせれば、グローバル人材の育成ができるというストーリーが描けた。これをビジネスにしたいと思って、サービスを始めることにしました。


「僕、アイアンマンになりたいんですよね」

――まだ当時は、学生でしたよね?

はい。休学中だったので、「ちゃんと大学を卒業する」という親との約束を果たすために、一度帰国することにしました。

ですが、復学してもどうも面白くなくて…。ビジネスをしたり、プログラミングしているほうが100倍楽しいし、将来の自分のためになると強く思いました。そこで、大学に1年通った自分と、今すぐに大学をやめてビジネスを1年した自分の未来についての対比を、親にアツくプレゼンしたんです。それで大学を辞めることになりました。

――退学してからは何を?

日本で起業して、少しだけ日本で働いていたんですけど…僕、アイアンマンになりたくて

――は?

(笑)。映画のアイアンマンに憧れてるんですよ。主人公のトニースタークは、世界を股にかけて世界を救うヒーローで、資産家で、自分自身が技術者。その世界観に憧れていたからこそ、日本で少し働いてみて「やっぱり海外で、言語や国を問わず働きたい」と思うようになって。そこからまたセブ島に戻ることにしました。

セブ島に戻ってからは、エンジニアとしての腕を鍛えるだけではなく、より"ビジネスに精通したエンジニア"になりたいと思うようになりました。セブ島に戻ってきてからは、マネジメントや経営に関われるように働いています。

――アイアンマンが出てくるとは思いませんでした…(笑)。そんなきっかけでまた海外に戻ってもう10年近く海外でキャリアを積んでいるとのことですが、なにがそうさせるんでしょうか?

"良いサービス"を創ろうと仕事をしていると、自ずと視野が拡がるところでしょうか。日本人としか仕事をしていないと、どうしてもマーケットは日本に閉じがちになりますよね。フィリピン人と仕事をしていると、そもそも宗教や文化が異なるので、"良いサービス"の価値観が違うんです。国民のほとんどが英語話者であることや、僕と彼らの共通言語が英語であることから、市場調査やサービス設計をするときには自然と「世界」が市場になります。日本の外を対象にすることで、自分の気づかなかった価値観にも触れられることは単純に面白いですね


「アイアンマンになりたい」を本気で言う人

海外には渡航できなくなったけれど、海外でする仕事は減らない。今こそチャンスじゃない?

――海外に飛び出したいという人に、メッセージをお願いします!

世界的にコロナのインパクトが大きくて海外が遠のいているのかもしれませんが、これはずっとは続かないし、ITに限って言えば世界に仕事が減っているわけではないので、これをチャンスだと思ったほうが良いです。今、コロナだからって足踏みする人がほとんどだと思うんですよね。仕事はあるのに、行きたい人は減る。つまりチャンスですよ。今のうちからどんどん行動して、必要なスキルを習得するとか、アプローチしておくとかは、今のうちにやっておいたほうが良いと思います。ぜひ一緒に、海外にチャレンジしましょう。


平井さん、ありがとうございました!

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平井さんはシードテック株式会社でCTOとして大活躍しています!

平井さんのように、エンジニアのキャリア経験を活かして、セブ島と日本にいるメンバーをマネジメントしてくれる、新しい仲間を募集中です!!

詳しくは→→こちらの募集要項を見てください!

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