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「書くこと」と私〜私から一番遠い「強み」〜

こんにちは!

SEKAISHAの笠巻です。

今回はインターンの三浦さんに「自分の強み」について語ってもらいました。

「強み」というと、能力的な強みをイメージする人が多いですが、実は「好き」も強みになるのかもしれません。

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SEKAISHAインターンの三浦です。

平日はインターン三昧、週末や夜に大学のレポートに追われる状態の私ですが、それでも、最近は自分のことをよく振り返っています。

私はどうしてこういう選択をしているのか、どうしてこういう人間なのか、どうして私は今このことを書こうとしているのか……。

小学生の私と作文教室

思えば、小学生の頃通わされていた作文教室で、お題の絵に日記を書くという課題がありました。

みんなが次々と書き終えていく中、私はひとつの課題にしがみついていました。

書いても書いても終わらないからです。みんながどう書いていたかは知りませんが、私の場合は、完全に物語を生み出していました。そうやって書いている間は、その空想力で、何にでもなれたからです。

書き終わらずに、用紙の裏にも、どんどんどんどん書いていったら、課題が終わる前に、授業の時間が終わりました。

その姿を見た先生が「あなたなら、中学生で芥川賞取れちゃうんじゃない?」といってきたことを覚えています。

なぜなら、取れていないからこそ、今の私がいるからです。

ですが、それ以来、私は「作家になる」と言いふらしていました。

そんなこんなで、空想力と「書くこと」に対して得意に思っている感覚が、私に「作家になる」と言わせたのでした。

「書くこと」を諦めた中学生時代

ただ、私が文章で褒められたことはそれくらいです。

小学生の頃の私は確かに作家になるような萌芽を見せていましたが、中学以降で、「作家になった方がいいよ」と言ってきた人はいませんでした。読書感想文、短歌、俳句のコンクールで入賞するような子を尻目に、私には才能がないことを(何も始める前に)自覚していました。

意気揚々と家族に見せた話も、「これ◯◯物語の二番煎じだろ?」と言われました。

次第に私はこう考えるようになりました。

「どこかに正解があって、私が思いつく話はその正解ではない」と。自分の書いた空想は現実をひとつも描けていないと。

そんな風に「想像力の翼」がだんだんと折れて行くように思いました。

作家のように「書くこと」は、私にはできない夢なのだと諦めていったのです。

次第に、私はより多くの人と関わるような道に関心を持つようになりました。

中高時代、私は演劇部にいました。多くの人の手でひとつの物語を作ることに惹かれていったのです。そうやっていくうちに、演劇に関わることを将来もしたいと思うようになりました。

周りを巻き込めないことがコンプレックス

そんな風に、多くの人と関わっていきたいと感じていた私ですが、「周りを巻き込んで、何かを始めること」が苦手だと強く感じています。

小学生の頃から、部長や班長などポストには立候補して、人をまとめても、「世の中を変えたいから、これをやりましょう!私についてきて!」「団体立ち上げ!」とはなりません。他人に便乗するスタイルです。

おそらく、人望を集めるタイプではなく、「いい子だね、三浦さん」止まりの真面目な生徒だったため、どうしても人を巻き込む経験が少なくなっているのでしょう。何より、人を巻き込むだけの責任が取れないことや、迷惑をかけてしまうことの方が気になってしまうのです。

結果、私は他人への影響力や、巻き込むような行動力を強められずにいます。

その弱点のせいで、思うように行動できていないと感じていましたし、自信を失っていました。

そんな弱みに向き合うある日、友達の一言で中高生時代のことを思い出しました。

レポート課題と私

中高生の頃、私はレポートの課題が好きでした。

何か自分の調べたいことを選んで、それに関して自分の見解を書いていくことは、歴史や社会的背景などに関心があった私の得意分野でした。「書くこと」によって、自分の考えが整理されていったのです。

実は、その頃、何も書けなくて困っていた同級生の代わりにレポートの下書きを書いたこともありました。ただ、そのことは「下書き書いてくれてたよね」と友達に初めて言われて思い出すほどに、最近まで私にとっては遠い思い出になっていました。

そんな風に他人から見ると「書くことが好きな三浦さん」だったエピソードがあるにも関わらず、自分には「うまく書くことができない自分」という思い出しか残っていません。

そして、私は突然わかったのです。

芥川賞作家にはならないにしても、「書くこと」が好きだったこと。

私は「書くこと」によって自由でいようとしたこと。

何より、他の人から見ると、私にとっての当たり前は当たり前でなかったということ。

あまりにも当たり前だった「書くこと」という行為が、私にとっては「強み」と言えるものなのかもしれないと突然気づきました。

自分から最も遠い「強み」

自分の「強み」は、ある意味最も遠い場所にありました。

自分の「強み」がわからなくなるほど、私は自分の苦手なことばかり気にしていました。何より、「書くこと」は自分の「弱み」だと思ったり、自分にとっては至極当たり前の行為になっていたり、全く「強み」とは思っていませんでした。

私より優れている人はたくさんいても、私の強みが強みでなくなる訳ではないのだと思います。

あなたの「強み」は何ですか?

人には譲れないこだわりは何ですか?

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