大学受験なんてクソだと思っていた僕が、30歳を超えて再び教育ベンチャーをはじめた理由

大学受験にハマるなんて思っていなかった

大学受験は無駄なものだ、とたいていの人が思ってる。でも、僕にとってはそうじゃなかった。むしろ、ひとりで家にこもって机に向かっていた日々は、それまでの人生でいちばん充実していた。それ以外にハマったのは、中学・高校とそれぞれ中退するほどのめり込んだオンラインゲームと、受験勉強の直前にのめり込んだ初恋だけだった。だから、大学受験は、ゲームと初恋の後にやってきた僕の青春の第三幕だった。

僕の学習スタイルは完全な自学自習だ。ひらたく言えば、1日最低12時間、多い時には18時間ほど、自宅にこもってゲームに熱中するように学習にのめり込む。学び方も、カリキュラムも、生活スタイルも、モチベーションも、世界一を競うプロゲーマーのように、合格という勝利に向けてミリ単位での完璧を目指す。それを経験してきた僕の視点からすると、ほとんどの受験生がやっている勉強の仕方は、素人ゲーマーのお遊びのように無駄だらけの作業に思えた。

半年間の集中した学習の後で志望校に合格した僕は、大学一年の夏休みを使って自分の学び方をインターネット上に綴りはじめた。まだ「ブログ」という仕組みすら存在しない時代だったから、その時に読んでくれる人が一番多かった「2ちゃんねる」に書いていった。タイトルは「早稲田への道」。

サークル活動から帰ってきた深夜にパソコンを開いてキーボードを打ち始め、明け方まで書いては寝落ちを繰り返していたので、実際の投稿は起きてからの昼過ぎになることもよくあった。それだけがんばれたのは、インターネットが存在したことで大学受験を乗り切れたから、その恩返しをしたいといった気持ちも少なからずあった。

夏休みのあいだじゅう書き続けたこともあり、僕が書いた一連の文章の読者は急速に増えていった。それは嬉しいことだったけれど、リアルでの僕は、ごく普通の大学生としての青春で忙しかった。そもそも大学生になってまで受験のアドバイスなんてダサすぎるだろうと内心では思っていたし、夜な夜なネットの匿名掲示板で神様として活躍してるなんてリアルの僕にとってはトップシークレットだったから、夏休みが明けて一通りの文章を書き終えると次第にネットから距離を置くようになった。

ネットでの僕の出現頻度が少なくなると、僕が作り出した架空の書き手(uさん)は、2ちゃんねるの大学受験板の一部で神様扱いされるようになった。時々メールボックスに届く人生相談のような長文のメールにはできるかぎり返すように心がけたし、受験期が終わるたびにその年の読者に向けたメッセージを書くようにもしていた。なにせネットでは神様だったから。でも、リアルでは単なるいち大学生にすぎない僕は、他人の人生にかまってばかりはいられない。僕は僕で、自分の人生を立ち上げなくてはならない時期に差し掛かっていたからだ。

政治家になりたいと考えて大学に入ったものの、その夢はわずか二か月で潰えていた。その後、大学二年から大学四年の終わり頃まで、僕は小説家になりたいと考えていた。ゲームのように、受験のように、俺はきっと小説も一気に上手くなれる。そんなふうに思って机に向かったはいいものの、一行たりとも自分が書いた小説らしきものの文章に満足できなかった。

努力をしなかったわけじゃない、と思う。一言でいえば、僕には小説の才能がなかった。才能がないことを認めるまでの葛藤は、なかなかにしんどかった。でも、誰かが言ってたけれど、葛藤は人を成熟させる母胎なのだ。10年くらいかかった気がするけれど、最近の僕は自分に小説を書く才能が中途半端になくてよかったなと思うようになった。だって、そのおかげで僕は自分の持っている才能に巡り合うことができたのだから。

起業するなんてことは夢にも思っていなかった

小説で食っていくという夢を諦めた後、僕は自分を活かして人の力になれる仕事で食っていけないかと考えた。それで思い出したのが、受験期が終わるたびに2ちゃんねる経由で「おかげで合格できました。ありがとうございました」といった内容の連絡をもらっていたことだった。「オンラインで、Skypeをつかって、勉強そのものではなく、勉強法を指導する」というアイデアを思いついた時、これはいけるぞ、と直感的に思った。

当時僕は友人たちとシェアハウスで暮らしていて、光熱費込みで2万5千円だった。節約すれば食費を含めて月5万円あれば生きていけた。できるかぎり安くしたかったし、そうすればまだ少なからずいたネットのファンが申し込みやすいのではないかという計算もして、キリのいい1人1万円という月謝にして「道塾」と名付けた私塾をネット上に公開した。

オープンしてみると、広告は一切していないのに数人の申込があった。これでバイトはしなくて済むと安心したのも束の間、「塾生」となった彼ら彼女らにSkypeでの指導をはじめると想像以上におもしろかった。Skype越しに相手に投げかける言葉で、相手の行動もマインドもどんどん変化していく。爆発的に伸びる生徒も少なくなかった。

指導を重ねるたびに僕は自信を深め、全国大会を目指す部員を指導するコーチみたいに熱血に指導した。そういう時間は、一人でこもって小説を書いている時より、ずっと充実感があった。こうして僕は再びのめり込めるものと出会った。新聞、テレビといったメディアに取り上げられ、途中で本を出版したりもした。そうやって、怒涛のような日々が過ぎていった。

結局、6年間、合計で1000人を超える生徒を指導した中で、僕はひとつのことを確信した。それはどんな落ちこぼれている生徒にだって「もっと学びたい」「成長したい」「がんばりたい」という強い欲求が心の奥底に眠っている、ということだ。

たとえ成績が低くて、一見すると勉強嫌いに思える受験生だって、腹を割って話せば、そのようなピュアな強い欲求を隠し持っている。でも、学校の中でのランク付けや、受験結果を期待する周囲の目線という「他者からの評価」の中で、一人ひとりが持っている学びへのピュアな欲求は失われてしまう。

その結果、「学びへのピュアな欲求」は「他者からの評価を得ようとする欲求」に置き換わる。はじめはピュアに持っていた「大学に入って自分の人生を広げたい」という思いは、他者からの評価を得ようとする受験競争の中で、「偏差値を上げたい」という単純なものに置き換わっていく。それが僕が1000人を超える受験生を見てきて実感したことだ。

ほとんどすべての受験生が合否結果を気にして怯えながら勉強している。不安のあまり受験勉強に手がつかないような受験生は、表に見えてこないだけで、数え切れないほど存在する。その理由は、合格という「結果」を求めるあまり、日々やるべき学習の「プロセス」が疎かになってしまうためだ。これは現代社会が構造的に抱える病だと僕は思う。

このことに気づいたのは、僕が大学受験の勉強法を指導する塾を経営していたからだ。僕の塾で爆発的に成績が伸びて志望校に合格する生徒は少なくなかった。急速に成績を上げて伸びた彼ら彼女らに共通していた資質があった。それは「受験結果をさほど気にせずに日々の勉強プロセスに没頭していたこと」だ。

一方で、受験の勉強法をウリにしていた僕の塾には、成績を一瞬で上げてくれる「魔法の薬」を期待して門を叩く生徒が少なくなかった。受験を乗り越えた人なら分かる通り、そんな魔法は存在しない。でも「魔法の薬」を求めている受験生に「そんなものないよ」と言っても届かない。不治の病に冒された患者のようなもので、そういう生徒は、ほぼ例外なく苦しみながら受験勉強をした。当時、そうした生徒に対して適切な処方箋を出すことができなかった。

この問題を解決できなければ、どうやったって受験結果だけで競っている教育産業の枠を超えることはできない。究極的に言えば、その限界にぶち当たったことが、僕が「道塾」を閉めた理由だ。

夢にも思わなかったことが繰り返す人生だからこそ

いま書いてきたことは、道塾を閉めるまでにほぼ考えきっていた。そうやって問題は分析できていたけれど、それをどうやって解決すればいいのかが分からなかった。だから解決へのアクションを起こせなかった。そんな思いを抱えながら、道塾を閉めてからの1年間、僕は家にこもったり放浪をしたりしていた。

するうちに僕は30歳を迎えて、再び教育の道で生きていこうと決めた。そのあたりのことは長くなるので省略するけれど、教育の道で生きていこうと決意した僕に、ある日、天啓のようなひらめきが訪れた。それは「テクノロジーを使えば教育を変えられる」という想いだった。

早稲田大学の文系青年によくいるんじゃないかなと思うのだけれど、心の中で熱い志は僕も人一倍もっていた。でも、その思いを実現しようとすると、途端に陳腐なものになってしまう。その理由を当時は分からなかったけれど、僕には具体的な「スキル」がなかったのだ。議論や文章がその「スキル」なんじゃないかなと思っていたけれど、それはずっと過去の話だ。

現代社会で社会を変革するインパクトを出したいのなら、最先端の「テクノロジー」を学び、身につけて、それを自在に使えるようにならなければ決してできない。そう気がついた時に、僕は30代をかけて「テクノロジー」を身につけていこうと決めた。そうやって「Education x Technology」が30代の生きる領域なのだとはっきり決まった。

手始めに「プログラミング」を学んだ。創業パートナーの庄司と一緒に会社を立ち上げてからは、さらに「スタートアップ」の方法論を学んでいった。このあたりにはシリコンバレーをはじめとした世界の最先端を走り続けている人たちの叡智が詰まった領域で、それを学んでいくのはただひたすらにおもしろかった。

テクノロジーというのは、いろんな意味があるけれど、今の僕にとっていちばん興味ある「テクノロジー」は、これまでの「教育」の概念には存在しなかった「学びと教え」の技術の開発だ。これは、教育のバージョンアップであり、ひいては社会のバージョンアップにもつながる、人間というOSのベースを書き換えるようなテクノロジーの開発だと思う。

もちろん、そんな大層なことを僕一人でできるわけがない。でも、同じ志を持った仲間が集まればちょっとずつ変えていけるんじゃないかと走り始めて3年。ようやく本当にこれを社会に打ち出せる一歩手前までこれたと思っている。

自分の人生が、まさかこんな風に展開するなんて、想像もしていなかった。でも、夢にも思わないような未来があるからこそ、今この瞬間という日々のプロセスに全力を尽くすことはおもしろい。そんな思いを込めて、いま僕はセンセイプレイスという会社に没頭している。

そのようなムーブメントを一緒に起こしていける仲間と一人でも多く出会いたいと思って、この記事も書かせてもらった。これを読んで僕やセンセイプレイスのやっていることに興味を持ってくれる人がいれば、一緒に作りたいという人がいたら、遠慮なくご連絡いただければと思います。志を持って一歩を踏みした人が増えた分だけ、僕はこの社会はより良く変わっていけるはずだと信じています。

センセイプレイス株式会社's job postings
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