”世の不条理を変えたい”私が起業家を志した理由 -スタークス創業ストーリー Part1-

こんにちは、スタークス代表の上ノ山です。

先日、Amazonの創業者であるジェフ・ベゾスの半生を書いた伝記『果てなき野望』を久しぶりに読み返したんですね。そうしたらベゾスの幼少期の記述に「小学生のころ、工作が好きで、いろいろなものを作っていたが、自分が作ったものはお店で売られている同じようなものよりも遥かに安い、と自慢していた」みたいな記述があったんです。人間は成長するけれど、変わらない個性は変えないで伸ばすものだなと、笑ってしまいました。

伝記ではないですが、経営者になるまでは、自分の過去を真剣に振り返ったり、その意味を自ら問いかけるなんていう青臭いことはあまりしたことがありませんでした。でも、会社を創り、メンバーも増えてくると、自分の夢やミッションを語る機会が増え、過去の意味を繰り返し問いかけることになります。そうすると、最近では「自分自身を昔よりもよく分かるようになってきた」そんな感覚をすこしづつ持ち始めています。

もちろん、今はまだまだ自分自身、成功しているとは到底言えませんし、歴史に名を残した経営者のように波乱万丈のドラマがあるわけでもありません。ただ、自分なりに激動の創業期をなんとか乗り越えた、そんな感覚があることも確かです。人生が螺旋階段だとすると、1周して、やっと1つ上の階に上がることができた、そんなタイミングだと思っています。

そこで、今私がなぜここにいて、なぜスタークスを創業することになったのか、そしてここからどこへ向かおうとしているのかを改めて整理し、一緒にミッションを追いかけてくれるメンバーたちに、いつもスタークスを応援してくれる人たちに、そしてこれから協力してくれるかもしれない方たちにしっかり伝えたいと思います。少し長くなるかもしれませんがお付き合いください。

違いを認め、アイデンティティを尊重する教育との出会い

幼少期を地方で過ごされた方は分かると思いますが、田舎って普通は保守的だったり、抑圧的だったりします。コミュニティが小さいし、人の流動性も低くて、目立つことや、型にはまらないことが良しとされないところがあると思います。ちょっと人と違うことをすると途端にいじめられたりする。

でも、私が育った新潟のとある小学校は、今考えれば奇跡としか言いようがないくらい真逆の環境だったんです。子どもたちの「違い」を認め、むしろ人それぞれの強みを伸ばし、人と自分はどう違うのかというアイデンティティを尊重してあげる、そんな学校でした。

当時の自分は「毎日学校が楽しい!」くらいにしか思っていませんでしたが、きっとこの時の経験が自分自身の価値観の出発点を創ってくれたんだと、今では思っています。ただ、この奇跡のような時間は案外早く、簡単に終わりを迎えます。

個性を押し殺し、世の不条理を噛み締めた暗黒の時代

進学した中学校は、地元でも荒れていることで有名な学校で、クラスは完全に崩壊していました。普通に窓ガラスが割られるくらいの感じですから、「のびのびと個性を伸ばす」生活は、「いかに荒れ果てた学校の中で生き延びるか」というサバイバルに一転します。

当然、ちょっと目立つようなことをすれば、真っ先にいじめられますし、目立つようなことをした友人を助けようとするだけでもいじめられる、そんな状況でした。何もできない自分自身への嫌悪感、罪悪感がつのる中で、次第に「なぜ世の中はこんなにも不条理と不合理に満ちているのか」と子供ながらに憤っていました。

正反対の小学校と中学校を経験したことで、教育という同じ目的のために存在している仕組みでも、やり方次第で天と地ほどの差が生まれるということを、直感的に理解したんですね。それ以来、私は自分の目の前で起きるものごとに対して「どうしてこうなっているのか?、どこが間違っているからこんな不合理が生じるのか?」と根本的な問題を問いかけるのが自分の生き方になっていったように思います。それ以来、この「問いかけるエネルギー」が自分の人生を前に進める原動力になりました。

個性という人の可能性によって世の中を変えたい

荒れ果てた中学校時代のリハビリ生活のように高校を過ごし、無事に暗黒の時代から社会復帰した私は、大学生になり、たまたま入ったダンスサークルで人生のロールモデルと出会います。

「マイケル・ジャクソン」です。

今の若い人たちには、マイケル・ジャクソンは素晴らしい歌とダンスの人として記憶されているかもしれません。もちろんそれも事実です。でも、同時代のマイケル・ジャクソンは一人で「反戦と人種差別」の問題に立ち向かい、強烈なメッセージを発信し続けた人だったんですね。それによって本当に多くの人が心を動かされ、実際に行動し、世の中も変わっていった。

私はマイケル・ジャクソンの生き様に非常に感銘を受けました。マイケル・ジャクソンは「個性という人の可能性によって、世の中を変えている」。これ以上の存在はないと思ったんです。世の中を変える、そのためには自分の「影響力」をどうやって大きくする事ができるか、その方法について考えるようになりました。さすがにマイケル・ジャクソンのような歌や踊りの才能は私にはありませんでした。

そのとき、ちょうど日本ではサイバーエージェントやライブドア(現LINE)など、若い起業家たちが頭角を現すITベンチャーブームが到来していました。そこで「起業家」という生き方を知ります。自分は歌と踊りで「影響力」を得るのは無理かもしれないけれど、起業家という生き方を通じて、世の中を変えるような事を成し遂げたなら、それができるかもしれない、そう思ったんですね。これが私が起業家を志した瞬間でした。

マイケル・ジャクソンになることを諦めて、起業家になる

            Michael Jackson『Thriller』Epic Records 1982年

こうやって振り返ってみると個性や違い、アイデンティティを尊重し、人の可能性を信じられるようになった小学校時代と、世の中の不条理や不合理を変えたいと中学校時代が、「マイケル・ジャクソン」という1つの偶像に見事なまでに結晶していたことに気がつきます。

人の可能性を信じ、世の中を変えたい。だから、「マイケル・ジャクソンになることを諦めて、起業家になった」と言ったら、「この人、大丈夫かな?」と心配になる人も多いと思いますが、実際そうなので仕方ありません。でも、もちろん「頑張ればなれる」みたいに単純に考えていたわけではなく、どういうキャリアを選択すれば、起業家としての勝ち筋が見えるのか、必死に考えていました。

マイケル・ジャクソンも最初から頂点にいたわけではなく、ジャクソン5の一人として見出され、少しづつスターダムへの階段を上がっていったわけです。では、自分にとってのジャクソン5は一体なんなのかと。そこで出会ったのが、新卒で入社することになるファインドスターなのですが、少し長くなってきましたので続きはPart2でお話したいと思います。

Part2「スタークス創業の原点編」へ続く

以上

スタークス株式会社's job postings
23 Likes
23 Likes

Weekly ranking

Show other rankings