今回は、中途事業部でマネージャーを務める吉川俊平さんにお話を伺いました!
事業部の責任者として、CA・RA・マーケの統括まで担う吉川さんですが、実は入社の1年前まで、「自分は社会で働けない人間だ」と本気で思い込んでいた過去があります。
学生インターンで月60万を稼いで天狗になり、
新卒で就職をせずインターン先にそのまま入社し、3ヶ月で退職。
さらに次に入った会社は1ヶ月半で退職し、そこから約1年、家に閉じこもる日々——。
「大逆転」を体現するそのキャリアは、決してきれいに整った物語ではありません。
「一度キャリアで折れてしまった自分に、もう一度チャンスはあるんだろうか」
「経歴に自信が持てなくて、次の一歩が踏み出せない……」
そんなあなたの背中を押すヒントが、ここにあるかも!ぜひ一読してください!
吉川俊平(よしかわ しゅんぺい)/ 中途事業部 マネージャー
・学生時代は野球に打ち込む
・大学3年からスタートアップ企業で求人広告営業のインターンを開始
・大学卒業後はそのまま就職
・その後、新卒採用支援の会社に転職するも1ヶ月半で退職
・約1年のブランク期間を経て、2022年ZERO TALENTに入社
・現在は事業部責任者として活躍
――吉川さん、ゼロタレに入社してもうすぐ4年ですよね。この4年間を一言で表すとどんな言葉が出てきますか?
一言で言うと、「起死回生」ですね。今もその途中にいる感覚です。
実は、ZERO TALENTに入る前は1年間のブランク経験もあったんですよ。
その時の自分には、数年後こんな状態だなんて想像もつかなかったと思います 笑。
――その一言にはどんな背景があるのか、、、。じっくり聞かせてください!
「エースで4番のキャプテン」から「ベンチメンバー」
9年間苦悩した野球時代
――まずは学生時代からですね!学生時代はずっと野球を続けていたとか。
そうなんです。小学1年生から高校3年までずっと野球一色でした。
でも、上手く行っていたのは最初の4年間だけで...。
小学4年生までは、エースで4番でキャプテン。地元の少年野球チームは、自分が友達を誘って作ったようなチームで、規模も自分が大きくしていったんですよ。
ただ、5〜6年生になると、自分が誘った子たちにどんどん抜かされていって。
気づいたらエースで4番のキャプテンから、ベンチにいるっていう...。
――それはきついですね……。ただ、中学は部活ではなく、クラブチームに行かれたんですよね?
はい。正直に言うと、うまくなりたいという理由ではなく、
「試合に出られない言い訳を作るため」って理由が本音でした。
全国大会に出るような強豪クラブなら、試合に出られなくても仕方ないって思えるじゃないですか。正直、逃げでしたね。
しかも中学に上がってすぐに肘を怪我してしまって、練習にも試合にもほぼ出られない状態が3年間続いて。
監督からは「お前いる意味ないから辞めろ」って言われるくらいでした。
――追い討ちが...。逆にそこまで言われて、なんで辞めなかったんですか?
理由は2つあって。ひとつは、こんな僕でも「高校でも一緒にやろう」って言ってくれるチームメイトがいたこと。
もうひとつは、親にやめたいって言ったら殴られたんですよ 笑。
それで半強制的に続けざるを得なかったんです。
高校3年、最後の夏。新聞に「4番の吉川が打てず大敗」
――高校では、同じクラブチームの仲間と一緒の学校に進学したんですよね。
同じクラブのメンバー4〜5人と「高校でも野球を続けよう」って決めて、地元で一番の進学校を目指してみんなで勉強して、揃って入学したんです。
野球部でも、なんだかんだで1年生の時から試合に出させてもらえて、3年間4番も背負えました。
――おお!高校ではかなり活躍されてたんですね!ちなみに、高校3年最後の夏の大会では、因縁の相手と当たったと聞きました、、、!
そうなんです。県予選の初戦で、当たった相手が長野県でもかなり強い私立の高校で。
そこには元クラブチームのメンバーが4人いたんですよ。
親たちも「これで勝てたら下剋上じゃん!!」って盛り上がってましたね笑。
僕はその時4番を背負ってて「絶対打たなきゃ行けない」って気合いが入ってました。
――その大事な試合は、どうだったんですか、、、?
正直全くもって打てなかったです。
しかも、5回で途中交代させられてしまいました。3年間ずっと4番だったのに、初めての途中交代が最後の大会で起こったんですよね、、、。
そんでもって、地元の新聞に「飯田高校、4番の吉川が打てず大敗」と書かれるほどでした、、、。
――ええ…。名指しでそれはしんどいですね。ちなみに、なんでそんな打てなかったんですか、、、?
弱小校だったので普段そんなに応援も来ないんですけど、休日だったこともあって学校の友人が大勢応援に来てくれて、上がってしまったのかな...と...。
あとは、単純に因縁の相手だったので力が入りすぎたことですかね。
自分でプレッシャーをかけすぎてしまったんだと思います。
――ジェットコースターのような野球時代でしたね、、、。この経験から、今に生きているなと思うことってありますか?
ありますね。
「どんなに暗い状況でも、頑張り続ければ、少しでも明るい未来はやってくる」っていう感覚が、価値観として強く残っているんです。
小学1年生から中学3年生までの9年間、本当にどん底に落ち続けた。でも辞めなかった。最終的に高校では、強い高校ではないですけど、4番として中心メンバーでやり切れた。これは僕の中でも成功体験だなって思います。
学生インターンで月60万。「就職しなくても稼げるやん」
当時のとっておきのイキリ写真とのこと。
――大学時代はどうでしたか?野球一色から一転、遊びも楽しんでいたと。
今まで長野で生活していたので、上京して「東京に馴染むぞ!」って感じで、インカレ入ったり、遊んでました(笑)。
就活も全然焦ってなくて、大学4年の4月から動けばいいや、くらいの適当な学生でした。
ただ、大学3年の秋くらいに、先輩に紹介してもらった新卒エージェントに相談したのがきっかけで、そのエージェントの方がちょうど独立して営業代行の会社を立ち上げるタイミングで、「うちでインターンしてみない?」って誘ってもらって、そのまま働き始めたんです。
――インターン時代はどうだったんですか?
メインは求人広告の営業で、テレアポから商談まで一貫してやってました。
あとは電気の切り替え営業とか、当時流行り始めたQR決済の代理店営業とか、いろんな商材を扱いました。
なんだかんだ営業成績も上げられて、5〜6人のインターン生のマネジメントも任せてもらってました。
マネジメントって言うと今となっては恥ずかしいくらいのレベルですけど(笑)。
――ちなみに、そのまま新卒で就職せずにインターン先に入社された理由は...?
2つあって。ひとつは、成果報酬型で月に50〜60万稼げてしまったこと。「就職しなくても稼げるやん」って、自分に酔ってしまったんです。完全に天狗でした(笑)。
もうひとつは、社員2名のスタートアップだったので、ゼロから会社を作っていくところに賭けてみたいってその時は思ったんです。
「これ以上、自分でやっていく自信がない」——初めての退職
――でも、その年の7月に退職されるんですよね。何があったんですか?
コロナの影響が大きかったです。採用をストップする企業が増えて、主力だった求人広告の商材が全く売れなくなってしまったんです。「なんとかしないと!」ってことで、新規事業で映像制作を立ち上げたんですが、僕の力ではどうにもならなくて。
これ以上、自分でやっていく自信がなくなってしまったっていうのが、退職の理由です。
――そうだったんですね。で、次に選んだのが、、、?新卒採用支援の会社でしたね。
新卒採用支援の会社です。決め手は、「今までやってきた求人広告の営業経験が活かせる」という一点でした。
似た商材を扱っている60〜70人規模の会社で、経験を活かせるかなと。
1ヶ月半で退職。「自分は社会で働けない人間だ」
――ただ、その会社を1ヶ月半で退職されるんですよね。何があったんでしょうか。
今振り返っても何があったんだろうって感じなんですけど(笑)
ただ、理由は2つあると思っていて。
ひとつは、リモート勤務が体質的に合わなかったこと。リモートでテレアポするっていう業務との掛け合わせが、本当にダメで。
もうひとつが大きいんですけど、自分への期待値と周りとの差のギャップに耐えられなくなってしまったんです。当時、同い年の新卒3人が同じ部署にいて、当たり前ですけど、彼らのほうが商材知識も営業のポテンシャルも上に感じてしまって。
――ポテンシャルの差って、どう感じたんですか?
インターンで働いていた時、正直、新卒で入って正社員をやってる人たちのことをちょっと見下していたんですよ。「自分の方が稼げてる、頑張ってる」って。でもこの会社の新卒同期は、全然自分より営業できるし、考え方も新卒1年目とは思えないレベルで。
しかも僕は事務作業が本当に苦手で、インターン時代は他の人に全部投げてたんですけど、この会社の新卒はそういう細かい部分もちゃんとできる。
自分がいかに口先だけでやっていたか、自覚できてしまったんです。
――鼻をへし折られた、と。
完全にへし折られました(笑)。自分に対する期待値が高すぎたぶん、周りとのギャップに耐えられなくて、1ヶ月で見切りをつけて逃げてしまったんです。
2ヶ月間、ひたすら寝ていた。「働ける場所がない」
――「ニート時代の写真載せましょう...!」
吉川「いや、ニートで外に出ないからそもそも当時の写真がないんですよ笑」
――そこから、約1年のブランクに入りますよね。この期間はどう過ごしていたんですか?
最初の2〜3ヶ月は完全にニートで、家でいっぱい寝てました。
あと、なぜかランニングだけはめちゃくちゃしていて、毎日走ってました(笑)。
――ちなみに転職活動は...?
シンプルにメンタルが病んでいて、動けなかったんです。
インターン時代に、自分だけでやっていくのは無理って感じて、
2社目で正社員として組織に属するのも無理って感じた。ってことは、自分でやるのも、組織で働くのも、どっちも無理な人間だっていうレッテルを、自分で自分に貼ってしまったんですよ。
「じゃあ、もう働ける場所ないな」って。だから家に閉じこもってしまった。
――そこから、どうやって動き始めたんですか?
まずは学生時代にやっていたバイト先で、アルバイトを再開したんです。
10ヶ月間くらいアルバイトを続けて、働くっていうことに、少しずつ自信を取り戻していきました。
――正社員に戻ろうと思ったきっかけは?
アルバイトで自信が戻ってきた段階で、ようやく自分以外に目が向き始めたんです。
同い年で正社員としてバリバリ働いてる人たちへの焦りと、あとは親や、当時付き合っていた彼女など周囲の人に、これ以上心配をかけたくないっていう申し訳なさが、不安を上回った感じで。
それでようやく、転職活動を始めました。
「学歴・経歴にとらわれない」——ゼロタレとの出会いは、Wantedly
――そして、ゼロタレに出会うわけですね。実は吉川さん、応募経路はWantedly経由だったと聞きました。
そうなんですよ(笑)。まさに、今の自分が候補者側にいたわけです。今、僕らがゼロタレでWantedlyから採用している人たちと、全く同じ入り口から入ってきた。
――何社か内定をもらった中で、ゼロタレを選んだ決め手は?
一番大きかったのは、掲げているビジョンへの共感でした。
【 学歴・経歴にとらわれない 】っていう考え方に、共感できたんです。
経歴が綺麗じゃない人でも支援している会社。それって、まさに当時の僕自身がゼロタレに相談したいユーザーそのものだったんですよ。「自分みたいな経歴の人間を、この会社は本気で支援するんだ」って思えたのが決め手でした。
リーダーに一歩届かなかった悔しさ
――入社してからはどうだったんですか?
CAプレイヤーを約1年、そこからCAリーダーを約1年、直近2年はマネージャーをやっています。
悔しかったのは、リーダーに上がるタイミングで同期に負けたことですね。数字の評価で競り負けて。
でもその時の感情って、落ち込みじゃなくて「次は絶対なれる!」っていう自信だったんですよ。ここが、昔の自分と大きく変わったところで。前の自分だったら、また「自分はダメだ」って落ちてたと思うんです。
この時の自分は前向きに捉えられるようになってましたね。
――候補者と向き合う中で、大事にしていたことは?
僕自身が早期離職を経験しているので、若い年齢の時にいかに頑張りやすい環境で働けるかことが大事かっていうのを、いつも伝えていました。
理想だけを追い求めて失敗しないように、まずは土台を作る期間だよって。
スタンスとしては、「今後、一緒に働いていく仲間を作る」っていう気持ちで向き合っていて。この仕事って良くも悪くも人の人生を左右するので、どこかで助け合える関係だったらいいなって思ってやっていました。
印象的な2人の支援者
――特に印象に残っている支援ケースはありますか?
2つあって。
ひとつは、営業から人材営業への転職で、インセンティブ抜きで年収100万UPを実現した方。前職の経験を活かしつつ、業界を変えることで大きく待遇を伸ばせたケースでした。
もうひとつが個人的にすごく思い入れがあって。第一志望の大手人材会社に一度落ちてしまった方の話です。
そのときはリスクヘッジで受けていた大手通信会社に転職されたんですが、そこで営業として実績をしっかり積んで、1年半後にもう一度、第一志望に再チャレンジして内定を勝ち取った方がいました。
――すごい!!!リベンジ転職ですね!!
はい。「話せる実績」を作ってからのリベンジでした。最初の面接では話せることが少なかったけど、1年半後には堂々と語れる営業成績があった。
この方の話は、僕自身の「一度落ちても、積み上げれば覆せる」っていう感覚と重なって、本当に嬉しかったですね。
人材紹介事業全体の統括へ。「事業部の数字に責任を持つ」
――そして今はマネージャーとして、どんな業務を?
CA・RA・マーケまで、事業部全体の統括管理をしています。マーケに関して、実際の運用はマーケ担当が動かしているので、僕はその担当と連携しながら集客の設計を見ている形ですね。基本的に、事業部の数字全体に責任を持つポジションです。
――プレイヤーから事業責任者へ。景色はどう変わりましたか?
数字を "自分で作る" から "メンバーが作れるようにする" に変わったのが一番大きいですね。
あとは、何かに取り組むと必ずプラスとマイナスの両側面があるっていうのが最近改めて感じていて...。マイナスの側面から目を背けたり、気づかないでいることの危うさを、この立場になってすごく感じています。
「大逆転は、今もその途中」
――ここまで聞いてきて、まさに「大逆転」ですよね。
でも僕、「大逆転している最中」だと思ってるんです。今の現状に満足しているわけでは全然なくて。自分も、事業部も、会社も、まだ成長の途中で。
大逆転って、完成した瞬間じゃなくて、覆し続けている過程そのものなんじゃないかなって感じてます。
こんな人と、一緒に働きたい
――最後に、これから応募を考えている方に向けて、どんな人に来てほしいですか?
2つあって。
ひとつは、自分の人生・キャリアを良くしていきたいっていう原動力がある人。
僕は、頑張り続けていれば未来は明るくなるって本気で思っています。それは、9年間どん底に落ち続けた野球でも、ニートから這い上がった経験でも、証明されてきたことなので。
――もうひとつは?
ゼロタレのビジョンにちゃんと共感できる人、ですね。
何かしら挫折を経験して、それでも前を向いてきた人や今まさにその最中にいてこれから再起を図りたい人。
その経験を、候補者に自分の言葉で伝えられる人と一緒に働きたいです。
僕自身、鼻をへし折られて、家に閉じこもって、「働けない人間だ」って自分にレッテルを貼った経験があるからこそ、今、候補者と対等に向き合えているんだと思うので。
――「経歴に難があってももう一度頑張りたい」って思っている人には、まさに刺さる話ですね。
過去に何回折れていても、覆せます。断言できます。僕がその途中にいるので。
僕の話しを読んで、少しでも興味を持っていただけたのなら、嬉しいです。
ぜひ一度カジュアルにお話ししましょう!!!お待ちしてます!