1
/
5

Wantedly Journal | 仕事でココロオドルってなんだろう?

Special

「もうね、お金じゃないんです」。仕事ではなく「活動」をして生きていく。

文字を声に変え、視覚障害者と世界をつなぐ(後編)

2016/11/14

視覚に障害のある方のために、書籍や雑誌、広報誌の活字を読み上げ、音声化する音訳ボランティア。新井曉美さんは、大学生の頃から78歳になった現在まで、半世紀以上に渡りこのボランティアを続けてきました。

前編▶目の見えない人のために声で読み続けて半世紀。78歳の図書音訳ボランティアが本を読み続けることを決めた日。

後編では、2人の子供の育児と並行しながらどのように音訳と関わってきたのか、また、音訳をする上でのポリシーやボランティアとして活動を続ける理由を聞きました。

育児と音訳との間で

大学卒業後、点字図書館での音訳ボランティアを続けながら、「もっと文学や芸術の勉強がしたい」という気持ちが高まり、文学部の聴講生になった新井さん。聴講生になり半年が過ぎた頃、放送研究会の先輩から電話がかかってきたのをきっかけにNHKで科学教育部のアシスタントとして働きはじめます。

その頃の仕事ですか? デンスケというテープレコーダーをかついで、いろんなところに音声を録りに行くんですよ。放送劇に必要な狼の声の代わりに、警察犬の足音や匂いを嗅いでいる音を録ったりね。それだけじゃなくて、医者の先生がお話ししてくださった話を番組の長さに合わせて編集したり。昭和36年の話です。

家族は私が働くことにいい顔をしていなかったのもあって、半年くらい働いた頃に「そろそろ聴講生に戻ろうかな」と思っていたんですけど、ちょうど母校の大学から『福沢諭吉全集』(岩波書店)の編集助手として戻ってくる気はないかと声がかかったんです。それから2年半、最後は缶詰めにされてお尻をたたかれながら、校正をしたり、図書館で記事を拾ってきたりいろいろやりました(笑)。

その後、28歳で結婚。仕事には就かず、音訳ボランティアの活動を続けていましたが、子供を妊娠し、いざお腹が大きくなると音訳作業をするのが難しいことに気づき、ボランティアを中断。二人目の出産前後は、ご主人の転勤先の足利に暮らしていたため、「何もできないのはもったいない」と通信教育で点字の勉強に励みます。

音訳は腹式呼吸なんです。お腹が苦しいと息が「はぁ」っとなるでしょ。そういった口内音や息遣いは、聞いている方にしてみれば堪ったものじゃないんです。読み手の息遣いのタイミングが自分のタイミングとあわないと苦しくなってしまうし、不潔に感じてしまいます。だから、妊娠中は点字図書館には「ごめんなさい」と謝っておやすみさせてもらいました。二人目のときに点字を勉強したのは、お礼のお手紙に点字で返事を書きたいというのが動機だったんですけど、音訳はあくまでできる人がやるもので、文字の世界では点字が基本だという思いがあったから。

2年ほどして足利から横浜に戻れたものの、横浜から点字図書館のある高田馬場までは当時は往復で3時間もかかったんです。それじゃあボランティアの時間がなくなっちゃう。子供を保育所に預けるほどのお金はないし、自分で育てたいという考えでいましたからね、ある程度落ち着くまでは家のことに専念することにしました。

200タイトル以上を音訳。下準備に数ヶ月を要すものも。

二人目の子供が幼稚園に通い始めてからも、距離的な問題から点字図書館での活動は難しいと諦めた新井さんは、神奈川県ライトセンター(注)の前身となる施設が入っていた横浜赤十字病院に飛び込み、音訳ボランティアに復帰します。その後、社会福祉協議会(注)がオープンすることを知ると協議会の3回生として参加し、講師を務めるなどして貢献。現在の活動場所である横浜市中央図書館での活動は平成2年からスタートさせ、すでに25年以上が経ちます。

新井さんが音訳を始めてからこれまでに読んできた本は200タイトル以上。これは正式に登録されている分のみをカウントした数字で、対面で読んだものや社会福祉協議会時代に読んだもの、テープが壊れてしまったものは含まれていないため、一体何冊読んできたのか、新井さん自身も正確にはわからないのだとか。

「これ、聞いてご覧になります?」

ここで新井さんが担当した『怪獣人生』のテープを聞かせてもらうことに。

『怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄』中島春雄(著)(洋泉社)

「ゴジラとは、というところまで説明をするんですか?」と尋ねると、

「その説明は本の中でどうぞってことになるから。音訳は、説明書になったらいけないんです」と新井さん。

(以下、音訳テープより)

表紙カバー及び表紙説明。表紙カバー説明、表。カバー上部の左端から右端まで2センチ幅の真っ赤な帯状の囲み。その中に、白抜き漢字でタイトル「怪獣人生」。赤い囲みの下に黒の6ミリ幅の帯状囲み。その中に白抜きでサブタイトル「元祖ゴジラ俳優・中島春雄」。次いで黒の囲みの下に6ミリ幅の白の帯状囲み、中に黒文字で著中島春雄。

(略)

海で泳ぐゴジラ。ゴジラの太い首と右側の肩から腕の一部、右脇の体の一部、そして少し離れたところに尻尾が見えています。ゴジラの太い首に両手をまわし、後背に座り込んだ中島春雄さん。潜水服のグレーの上着に、ブルーの鉢巻。笑顔です。写真向かって左側奥に緑の山影。遠く水平線の彼方に白い雲がわきあがっています。

(以上、音訳テープより)

サイズも事前に計りますし、台本ももちろん自分で作ります。もっと簡単に言ってるものもありますよ。これはちょっと細かく言ってあげようかなと思ってやっています。このときは8時間50分のテープなので、週に2度通って1ヶ月くらいでできたと思います。その前に本をいただいて家で下調べや校正をして。家で調べきれなかったものは図書館で調べさせてもらいます。私の場合、小説に限らず「学」のつく本を読ませていただく機会も多いので、例えば、あまり得意じゃない物理の本を読んだ時には、周りに「誰か詳しい人いない?」と聞いたりしました。そしたら、子供の嫁ちゃんのお兄さんが詳しいということで、「教えてもらっていい?」とお願いをして、理解を深めたり。

(注)神奈川県ライトセンター

神奈川県が設置し日本赤十字社が指定管理者として運営している視覚障害者と、視覚障害者を支援する方々のための施設。

(注)社会福祉協議会

民間の社会福祉活動を推進することを目的とした営利を目的としない民間組織です。福祉の向上にむけ、様々な活動を行っている。

感情は抑えて、でも無味乾燥じゃだめ。

これまで読んできた作品のなかでも印象に残っている作品のひとつとして、血友病の薬からエイズに感染してしまった少年を描いた『エイズと闘った少年の記録』(ポプラ社)を挙げた新井さん。読んでいて、つい感情移入してしまうのはこういった実話ものだそう。

『エイズと闘った少年の記録』ライアン=ホワイト、アン=マリー=カニンガム(著)、加藤耕一(訳)(ポプラ社)

この本は泣けて、泣けて。読みながら声が変わってくるんですよ。「わぁ困った」と思って、「今日はダメ、ものにならない」って帰った日もありました。エイズに感染した少年の記録なんですけどね、私も子育てしちゃったからかしら。お母さんと子供の対話の部分で泣いてしまうんですよね。

小説の場合、たとえ本物のように描かれていても「これは小説だ」って思えば、わりと自分と切り離せるの。実話っていうのはきついですね。言葉もその前後の行動もすべてが本当にあったことなので。

音訳の基本は感情を抑えること。聞き手が抱く感情と、読み手が抱く感情がぶつかってしまうと違和感が出ることがあるので、違和感が出ない程度に読みなさいと言われているんです。だから、淡々よりちょっとウェットくらいかな。無味乾燥もだめなんですよ。池波正太郎の『鬼平犯科帳』も24巻全部を読んだんですけど、90分テープで137巻かな。そのときなんてね、濡れ場でも何でもあるでしょ。濡れ場で「淡々と」と言われたって棒読みで「あぁ」だなんて、できないでしょ(笑)。そういった場合はある程度は抑揚をつけないとだめなんですよ。感情を出すことで「クサい」ってほっぽられる本と、面白い本とがあるんです。

何時間にも及ぶ録音作業では、気をつけるべきルールが多く、一体どれほどの緊張感を背負わなければならないのだろうと想像もできないほど。しかし、意識していることは他にもあるのだそうです。

先天盲の子供たちがいる施設に行ったときの話なんですけど、彼らには視覚経験がないので、私はてっきり「この子たちはいろんなことを詳しくは知らないんだろうな」と思っていたんです。でも、私に向かって「先生のお洋服は何色?」って聞いてきた子がいて、「ピンクよ」と答えたら「ピンクだ、優しい色だ」って言うんです。

私が驚いて、先生にどうやって色を教えていらっしゃるのかを尋ねたら、「私は音で教えています」って。ピアノでキンキンと高い音を出して「これは黄色」とか、ソフトな音を出して「これがピンク」とかね。そのときに色の世界についての記述をカットしちゃいけないんだって本当に思いました。「色だってわかる人はわかります。中途失明の方なんてほとんど知っていますよ」って。なるほどと思いましたね。それからは読む速度を早くしても、読むようになりました。

お金にはならなくても、ここには人間関係の広がりがある。

仕事の定義ってなんだろうって思うんだけれども、経済的なものが加わらなければ仕事とはいえないかなと思っています。私の場合は生き甲斐になっちゃってますからね。仕事ではなく活動と言ってるんです。

新井さん自身は「働いてお金を稼ぐ」ということから離れて暮らしてきたものの、お金を稼ぐこと自体を否定するつもりは全くないのだと言います。それどころか、「目的があるのならすすんでお金を稼ぐべき」というのが新井さんの考えです。

稼ぐことがいいことだっていうのはすごくよくわかります。私もNHKや大学に勤めていたときはお金を稼ぎましたし、学生の頃には家庭教師のバイトもやりました。自分のお金をもつことは素晴らしいです。だってお金がなかったら常に誰かに頼ることになりますよね。お願いばかりになっちゃって、その人の言うことを聞かなきゃいけないって思っちゃう。親に頼めば、親の言う通りにするとか、兄弟に頼めば、余計なこと言われても仕方がないとか。でも、そんなの嫌じゃないですか。自分で性にあった仕事をやって、稼ぐ。稼いだお金を有効に使う。私はお金って使うためにあると思ってるんですよ。家庭教師をしたのは、音訳に必要な「オープンテープ」という録音機を買うためで、買えるだけのお金が貯まったら家庭教師を辞めて吹き込む方に専念しました。NHKでもこの機械の操作ができたことが役立ちましたし、何一つ自分にとってマイナスなものはなかったです。目的のある資本稼ぎはするけど、将来に結びつけるなんて考えてもなかったのに。

それでも私がこの活動をしているのは、「そんなにうれしいの? 喜んでくれちゃうの?」ということがあるからなんです。ボランティアではなく仕事として、音訳周りのことをやっている方もいますから、それもひとつだと思います。でもね、私には時間がないのよね。そろそろ死んでしまうしね(笑)。

視覚障害者の方はグループで大正琴をお稽古する方が多いんですけど、あるグループにお願いされて10年くらい譜面を読んでいたんです。それをもとに何人かの方が琴を一緒に練習をなさる場面を想像しただけでうれしいじゃないですか。これですよ、続けてきた理由は。もうね、お金じゃないんですよ。人間関係があるからなんです。


大学に通い、お稽古をして深い教養を身につけられる恵まれた家庭で育ち、結婚後もご主人が生活費を稼いでくれたからこそボランティアを続けることができたと話す新井さん。それらの環境を活かし、自分の得意なことで世の中に惜しみない還元をしていく姿は強く、美しく、惹きつけられるばかりのインタビューとなりました。経済的な何かを生み出すことだけがすべてではなく、お金を介さない「活動」を続けることで、誰かの人生に光を灯すことができることを新井さんが教えてくれました。

前編▶目の見えない人のために声で読み続けて半世紀。78歳の図書音訳ボランティアが本を読み続けることを決めた日。

Interviewee Profiles

新井曉美
音訳ボランティア
1938年生まれ。小学生の頃から声に出して本を読むのが得意で、学校の先生から褒められる。高校から放送研究会に所属し、声を使う仕事がしたいと放送劇を演じる声優を目指すが、家族の反対にあい断念。大学在学中に父親がつないでくれた縁をきっかけに点字図書館の創立者である本間一夫氏と出会い音訳を始める。結婚、出産を経て、日本赤十字、社会福祉協議会などで音訳に取り組み、平成2年からは横浜市中央図書館を拠点に活動中。2015年社会教育功労者として文部科学大臣から表彰を受ける。78歳になる現在までに読んだ作品は200タイトル以上。
  • Written by

    梶山ひろみ

  • Photo by

    岩本良介

NEXT