#会社の構造物語|第9話
〜熱量だけで人はくるのか編〜
「新規事業の立ち上げメンバーを募集してるんですが、全然応募が来ないんです!」
相談に現れたのは、地域でリフォーム会社を経営する社長。
本業は順調。次は空き家を活用した新しいサービスを始めたいらしい。
社長が見せてくれた募集ページには、大きな文字が躍っていた。
『地域の未来を変える仲間、求む!』
その下には、熱いメッセージが延々と続く。
挑戦。成長。可能性。夢。未来。
一方、仕事内容については、ほとんど書かれていない。
「社長、これ何の募集なん?」
「新規事業の立ち上げメンバーです!」
「それは分かった。どんな仕事をする人?」
「得意なことを活かしてもらいたいんです!」
「営業? 企画? 現場の運営?」
「そのへんも、一緒に考えていけたら!」
「何人必要なん?」
「いい人が来たら、何人でも!」
Pは募集ページをもう一度眺めた。
「……社長、まだ席も作ってないのに、人を呼んでるん?www」
まず、人が必要な理由を教えてください
Pはホワイトボードに、新規事業の流れを書き始めた。
物件を探す。所有者と交渉する。改修する。利用者を集める。予約を受ける。現場を管理する。売上と経費を確認する。
「これ、今は誰がやってるん?」
「僕です!」
「全部?」
「はい! でも手が回らなくなってきたので、仲間を増やそうと!」
「なるほど。じゃあ、まず社長がやる仕事と、人に任せる仕事を分けよう」
「えっ、求人ページを直してくれるんじゃないんですか?」
「誰に何を任せるか決まってないのに、何を書くん?w」
Pは続けた。
「事業責任者が必要なのか、現場スタッフが必要なのか、専門家に一部を外注すればいいのか。そこから決めよう」
「そんなに細かくしなくても、うちは柔軟にやりたいんですよ!」
「柔軟に働くことと、役割が決まってないことは別やで」
社長は少し不満そうだった。
全員、業務委託なので大丈夫です!
「ちなみに、採用する人は社員? それとも業務委託?」
「最初は全員、業務委託です!」
「どの仕事を委託する予定?」
「来てもらってから決めます!」
「働く時間は?」
「基本は平日の9時から18時ですね」
「場所は?」
「事務所に来てもらいます」
「仕事の指示は?」
「もちろん僕が出します!」
Pのペンが止まった。
「社長、業務委託って何やと思ってる?」
「え? 社会保険に入らなくていいスタッフですよね?」
「……それ、雇用と業務委託の違いから確認しようか」
業務委託は、社会保険を外した雇用ではない。
独立した事業者に、合意した業務を依頼する契約だ。
契約書の名前だけで決まるものでもない。実際の指揮命令や働き方によっては、労働者として扱うべき場合もある。
「今いる業務委託の人たちは、どう働いてるん?」
「みんな僕の指示で動いてくれてますよ。家族みたいなものです!」
「……社長、それは一度、契約と勤務実態を専門家に確認してもらおう」
「えー! そこまでしなくても、今まで問題なかったですよ?」
「今まで問題にならなかったことと、問題がないことは違うんよ」
Pは、求人の修正より先に確認すべき事項を説明した。
必要な役割。業務範囲。責任者。報酬。契約形態。
そして、既存スタッフの働き方。
ところが社長は、首をかしげた。
「でも、それをやってたら募集が遅れません?」
「必要な準備やと思うけど」
「僕は早く事業を大きくしたいんです!」
今回は、お請けできません
「社長、まずは仕事と契約を整理しよう。そのうえで求人を作るなら、私もお手伝いできる」
「いや、そういう難しい話じゃなくて。もっと人が集まる言葉を考えてほしいんです!」
「言葉だけ変えても、働く条件は変わらんよ」
「うちは形式より信頼関係を大事にしてるんです!」
「信頼関係を守るために、条件を決めるんよ」
社長は腕を組んだ。
「そこまで言われると、うちのやり方を否定されてるみたいですね」
Pは少し考えてから、静かに答えた。
「社長、今回はお請けできません」
「えっ!? 問題があるから相談してるんですよ?」
「うん。問題がある会社を支えるのが私の仕事やからね」
「じゃあ、どうして?」
「問題を放置したまま、人を集める手伝いはできないから」
社長は黙った。
「社長の夢が悪いわけじゃない。でも、その夢に参加する人にも、生活がある。責任がある」
「……」
「人を迎えられる会社にする。そのための改善に取り組むなら、お手伝いできる。でも、今のまま募集だけ進めるなら、私は関われない」
社長は最後まで納得した様子ではなかった。
Pは資料を片付け、事務所を後にした。
それから、半年後
社長は別の制作会社に依頼して、立派な採用ページを完成させた。
写真も動画も美しい。
『あなたの挑戦が、地域の未来になる。』
応募も以前より増えた。
しかし、面談では同じ質問が繰り返された。
「具体的な担当業務は?」
「入ってから一緒に考えます!」
「雇用契約ですか?」
「まずは業務委託で!」
「勤務時間は自由ですか?」
「基本は毎日来てほしいですね!」
応募者は「検討します」と言って帰っていった。
ようやく加わったメンバーとも、担当範囲や働き方の認識が食い違った。
そしてある日、契約条件について外部の専門家に相談したスタッフから、会社に確認を求める連絡が入った。
社長は慌てて、昔の資料を探した。
引き出しの奥から出てきたのは、半年前にPが置いていった一枚のメモ。
『採用活動の前に、業務と契約形態を整理すること』
社長はしばらく、その紙を見つめていた。
やがて電話を手に取った。
「もしもし……労務のことで相談したいんですが、社労士さんをご紹介いただけますか?」
Pに電話がかかってくることはなかった。
それでよかった。
会社を変えるかどうかは、社長自身が決めることだから。
構造設計Pのひとこと
人が集まらない原因は、求人の文章とは限りません。
仕事内容、役割、責任範囲、契約条件。
それらが曖昧なままでは、どれだけ魅力的な言葉を並べても、安心して働ける場所にはなりません。
そして、仕組みを変えるには、経営者自身の意思が必要です。
問題が多い会社だから、お断りするわけではありません。
問題を改善する意思がないまま、誰かを巻き込もうとする仕事は、お請けできないのです。
会社が変わるかどうかは、社長が決める。
その会社と仕事をするかどうかは、私が決める。
※この物語は、組織運営で起こりうる課題を題材にしたフィクションです。特定の企業・人物・出来事を描いたものではありません。