AIへの間違った期待と正体:「DX」を目指す現場の問題
※「「DX」に抱いた空想と実態のギャップ」の続きとなる記事です。
前回、私はDXの「変革」という言葉と、実態の乖離について触れました。
- 「空想」のDX:デジタルによって価値そのものが劇的に変わること
- 「実態」のDX:既存の仕組みをデジタルでなぞる「高度な自動化」
もし「自動化」そのものが目的であり、それによって十分な価値が提供できるのであれば、それは一つの正解かもしれません。 しかし、私たちが「DX」という大きな旗を振りながら、その実態が「自動化」だとしたら、そこには何かズレがあるのではないでしょうか。私はそこに、拭いきれない違和感を覚えています。
今回は、なぜこのギャップが生まれるのか。背景にある「期待」の正体と、AIが得意とする領域について掘り下げてみようと思います。
AIへの思い込み・期待とは:ビジネスリテラシーという視点
AIへの期待値は、使う側の「リテラシー」に大きく依存しているように感じます。
できることが分かっている人は適切に使いこなしますが、そうでない場合、世間の流行を見て「他所がやっているから、うちも」と走り出してしまう。実際、私が関わったプロジェクトでも、「他社が実装しているから」という理由で発足したものの、本来の目的を見失い(最初からなかったかもしれません)、判断が迷走する場面がありました。
特に製造現場では、「白黒はっきりさせたい」「歩留まりは100%に近いほど良い」という完璧主義の雰囲気を感じます。しかし、実際のAIのアウトプットは体感で70%程度であることが多い。その残り30%の「稀なエラー」を拾うために、AIにさらにAIを重ね、システムがスパゲティ状態になっていく……。そこにあるのは、技術への信頼というより、「実態はよくわからないけれど、何かうまくやってくれそう」という根拠のない期待感ではないでしょうか。
これは、日本人特有の同質性や、皆がやっているから安心だという「バンドワゴン効果」の結果とも言えるかもしれません。
ここで問われるべきは、技術リテラシー以前の「ビジネスリテラシー」ではないでしょうか。 つまり、技術を理解しているかどうか以上に、その技術がビジネスとしてどのように機能するのかを捉える視点です。なぜこの場面で、この技術が機能しなければならないのか。その本質的な検討の不足が、期待と実態のギャップをより大きくしているように思います。
AIの得意とは:四角い情報空間の中での「内挿」
では、AIが得意とする「内挿(Interpolation)」とは、具体的にどういう状態を指すのか。私の解釈によるイメージで説明してみようと思います。 イメージしやすいように、二次元の平面を想像してみてください。
平面の中に、いくつかの実績データを打ち、それを囲うように「四角い枠」を描きます。この枠内が、私たちが定義した「情報空間(前提となる世界)」です。
この空間において、AIは驚異的な能力を発揮します。点と点の間にある空白を過去のパターンから推測して埋めていく。あるいは、点と点を結んで最短の「ロジック」を構築する。与えられた情報の要約、分析コードの提案、既存プロセスの最適化……。これらはすべて、「すでに決まった枠組みの内側にある正解」を探し出す内挿の作業です。この範囲内において、AIはまさに無双の状態になります。
しかし、ここで意識しておきたいのは、AIは「四角形の外側」に直接アクセスしているわけではない、という点です。AIにとっての宇宙は、私たちが与えた四角形(前提)がすべてです。その枠組み自体をアップデートすべきではないか、もっと違う次元に答えがあるのではないか、といった問いは、人間の関与なしには生まれません。
製造現場で、さらに高度なAIを重ねてシステムを複雑化させてしまうのは、この「四角形の中」だけで100%の正解を求め、内挿の精度を突き詰めようとしすぎた結果とも言えるのではないでしょうか。
枠組み自体を問い直し、四角形の外に点を置く役割——つまり「外挿(Extrapolation)」は、誰が担うのでしょうか。 内挿を得意とするAIに「旗振り役」までを期待してしまうと、知らず知らずのうちに私たちの思考もその四角い枠の中に閉じ込められてしまうかもしれません。この役割のバランスを整えることこそが、本来の意味する「DXの変革」を実現するための第一歩になるのではないでしょうか。
(つづく)