『 飲み代という投資 』
2009年、2016年にも、私は「飲み代」について他のブログサイトで書いている。
今読み返すと、かなり尖っているし、勢いだけで書いている部分もある。
ただ、不思議なことに、根っこの部分は今もあまり変わっていない。
私は昔から、
“飲み代”というのは単なる消費ではなく、
自分への投資だと思っている。
もちろん、酒そのものに価値があるわけではない。
誰と飲むのか。
どこで飲むのか。
どんな話をするのか。
どんな空気に触れるのか。
そこに価値がある。
サラリーマン時代の若い頃、運良く株で手にした泡銭で、私は散々飲み歩いた。
今思えば、かなり無茶だった。
マンション、外車、夜の店、全部まとめて勢いよくお金を使った。
当然、すぐにすっからかんになった。
でも、その時に知ったことがある。
お金を使うと、世界が少し変わる。
今まで相手にもされなかった人が近寄って来る。
今まで入れなかった場所に入れる。
今まで聞けなかった話が聞ける。
もちろん、寄って来る人の中には怪しい人も沢山いた。
でも、それも含めて経験だった。
人を見る目。
空気を読む感覚。
場を作る力。
話す力。
距離感。
そういうものは、案外、
“ざわざわした場所”で磨かれる。
だから私は、若い人ほど、少し背伸びしてでも外へ出た方がいいと思っている。
無駄遣いを推奨しているわけではない。
ただ、経験の無い節約は、時として人を小さくしてしまう。
特に、
「いかに自分がお金を使わないか」
ばかり考え始めると、人間は守りに入る。
ごめんなさい、ケチは儲からない。
いや、儲かるチャンスを見抜く力が無くなって行く。
ビジネスや自分の人生で大きな買い物をする時、投資すべきかどうかの決断力が身に付かない。
すると、行動範囲も狭くなる。
付き合う人も固定化される。
挑戦もしなくなる。
タダ酒の時だけ出動する。
これはかなり怖い。
自分では気付かずに、将来の可能性が消えてなくなっている。
お金というのは、
使った瞬間に無くなるものではなく、
“何に変わるか”が大事なのだと思う。
知識に変わる人もいる。
人脈に変わる人もいる。
勇気に変わる人もいる。
自信に変わる人もいる。
そして時々、人生そのものが変わる。
一方で、昔からずっと思っていることもある。
それは、
“タダ酒”に慣れ過ぎない方がいい、ということ。
奢ってもらうこと自体が悪いわけではない。
私自身、沢山の先輩にご馳走になってきた。
ただ、その時間に対して、
「何を吸収するか」
「何を返せるか」
を考えなくなった瞬間、人は少しずつ鈍くなる。
自腹で払う酒には、どこか緊張感がある。
「この時間を意味あるものにしよう」
「何か持って帰ろう」
「次は自分が払える側になろう」
そんな感覚が生まれる。
自分で払った飲み代というのは、後でもっと大きくなって戻ってくる。
しかも、お金以上の形で。
だから、私は飲み代は、飲み交わした仲間全員分を払ってきた、必死に(笑)
2026年。
世の中はどんどん効率化している。
オンライン会議も、AIも、便利なものは増えた。
でも、人間はたぶん、
最後は“人”で動く。
だからこそ、
人と会うこと。
同じ空気を吸うこと。
同じ場で笑うこと。
そういう時間には、今後ますます価値が出る気がしている。
飲み代というのは、
ただ酔うためのお金ではない。
自分を少し成長させるために払う、
未来の自分への投資なのだと思う。