創業者の町工場を守るか、壊すか。債務超過4億円から始まった挑戦
はじめまして。
東京都大田区にある極東精機製作所の代表をしている鈴木亮介です。
この会社は、僕の祖父が創業しました。
戦後まもない時代、まだ何もないところから機械を一台ずつ揃え、少しずつ仕事を取り、職人を育てながら作ってきた町工場です。
祖父の世代の町工場の経営者は、とにかく働きます。
朝から晩まで工場に立ち、機械を回し、油にまみれながら仕事をする。
「技術で飯を食う」という言葉を、そのまま体現しているような人でした。
そんな祖父が作った会社なので、子どもの頃から工場は身近な場所でした。
金属の匂い、機械の音、削り出されたばかりの部品。
それが当たり前の風景でした。
ただ、僕が経営に入った頃の会社は、かなり厳しい状況でした。
財務は債務超過。
金額にして約4億円。
町工場としては、かなり危険な状態です。
「このままだと会社が無くなるかもしれない」
そんな状況でした。
その時、正直かなり悩みました。
祖父が作った町工場を、そのまま守るのか。
それとも、一度壊して作り直すのか。
僕が出した答えは後者でした。
町工場を守るために、町工場のやり方を変える。
まずやったのは、「難しい仕事」を取りに行くことでした。
難削材、複雑形状、大型丸物。
他社が嫌がる仕事ほど、技術の差が出るからです。
その結果、航空、重工、産業機械などの分野で仕事が広がり、JALや日立グループなどの企業との取引も増えていきました。
ただ、それでも思いました。
加工だけでは、未来は変わらない。
そこで始めたのが、自社プロダクトの開発です。
町工場が、自分たちのブランドで製品を作る。
最初に作ったのは、美容機器でした。
精密加工の技術を応用して開発した「FACE POINTER」という製品です。
「町工場が美容機器?」
最初はそんな反応も多かったですが、結果的には多くの人に使ってもらえる製品になりました。
その後もプロダクト開発を続け、BARYON ROLLという製品では世界的なデザイン賞であるiFデザインアワードも受賞しました。
町工場がデザイン賞を取る。
祖父の時代には、きっと想像もしていなかったことだと思います。
でも、僕は思っています。
祖父が作った町工場の本当の価値は、「加工」だけではない。
技術があること。
機械があること。
そして、何かを作れる場所があること。
これは、すごく強い。
だから今、工場にはいろんな人が来ます。
スタートアップ。
デザイナー。
クリエイター。
エンジニア。
3Dプリンターのプロジェクトをやったり、バイクのプロジェクトをやったり、新しい製品を試作したり。
工場が、いろんな挑戦の場所になり始めています。
最近よく思うのは、工場って「ものづくりの実験場」みたいな場所だということです。
鉄もある。
機械もある。
技術もある。
作りたい人が来れば、だいたい何でも形にできる。
だから今、僕は次の挑戦をしています。
東京に、世界で一番面白い町工場を作る。
新しい工場「Kyokutou Base」も計画しています。
製造、開発、デザイン、ブランドが一体になった場所です。
祖父が始めた町工場は、まだ進化の途中です。
もし
ものづくりが好きな人
普通の会社じゃ物足りない人
工場で何か作ってみたい人
そんな人がいたら、ぜひ一度話しましょう。
東京の町工場から、面白いことを一緒にやりましょう。
極東精機製作所
鈴木亮介