日本では、転職を前向きなステップとしてとらえてこなかった歴史があります。
いまだに、転職回数を記載させたり、やめた理由はなんだと詰め寄る会社も珍しくありません。
履歴書には生年月日や写真をはり付ける、つまり年齢や見た目で平気でより分けてきたという慣習を、いまだやめれられない会社もあります。
表現すらそれっぽい書き方をしているけれど、”xx歳以上はお断り”と明言している求人もまだまだたくさんあります。
かたくなに変わっていかない自国を、どこか物珍しくみている自分さえいます。
さて、海外では、転職をしてポジションを上げる、給料を上げるというのは当たり前です。
そこの企業で頭打ちにあれば、もっと背伸びをできる部屋を欲しいと思うでしょう。
あなたが欲しい!といってくれて、それを評価してくれる(つまり昇給)企業が現れれば、それは前向きなチャンスとして取りに行くでしょう。
私はそうして、国境を越えながら今に至ります。
その見極めと、一歩を踏み出す勇気を!。。。。
言うのは簡単ですが、実行するにはエネルギーがいるのです。
ある企業にいた際、いつも愚痴をいっていた同僚がいた。
彼と私は同じ職務を担当していたが、社歴も経験も浅かった彼は、私のことを姉御といって慕っていた。しかし、新しいマネージャーが入り、彼のYes manぷりは度を超えていった。
どんな人がくるのか? 履歴書には、某有名大学卒、アメリカ某有名大学客員研究員歴、某製薬会社の管理職と、それは立派な肩書が書かれていた。(女性)
ハイヒールをかつかつ鳴らして、見るからにできる人!か、
その真逆か・・・ どちらかしかないだろうと。
彼女は、後者。
コミュニケーション能力はお世辞にも高いとはいえない。
管理職だからという看板を糧に、能力のなさを隠し、部下のせいにする。
とはいえ、専門知識もこの業界の経験も私には及ばなことはすぐに認識したようだった。だからこそ、すべての責任を私におしつけ、Yesしか言わない彼を飼い犬のように手名付けるようになった。
彼の態度も一遍した。
それから半年、
私は、やめることを決めた。
仕事は好きだ、でも働く人間はもっと重要だと思っている。人生の多くの時間をともにする人間。それにより、好きだった仕事が嫌いにすらなるほど、影響を及ぼすものだから。
幸い、複数のヘッドハンターから声がかかっていた。積極的に行動に移し、そして、条件も現状よりアップしたポジションを獲得した。
やめる直前、彼が電話をかけてきた。
” いいですよね、自分は、勝手にやめていくんですね。
簡単にやめて自分だけ楽になるんですね。こっちは大変なのに ” って。
こういう人に限って、こんな言葉を簡単に人に発することができてしまう。
どう思うかはその人の自由。そう思いたければ思っていればいい。
ただ一言私はいった。
” 簡単で楽だと思うなら、あなたもその”簡単で楽”な方法をとってみたら?”
やったことがない、行動に移せない人に限って言うのです。
「転職」
この立った2文字の裏には、決して履歴書には書かれることのない思いがある。
人によっては、計り知れない辛さでもあり、未来への期待値かもしれない。家族を巻き込んだ大きな決断にもなりうる。そうしたプレッシャーを抱えながら・・・
転職できる保証などどこにもない。今より良い条件でまとめられる約束もない。
そんななかで行動を起こして、成功させること。
簡単なことであるはずがない。
そこに割く多大なエネルギー消費が、履歴書にかかれることもない。
Take the chance!
To be continued・・・