ひとつ先に申し上げますと、私はこの改修を「効率化の仕事」だとは思っていません。チームが気持ちよく働けない状態を、放っておけなかっただけです。 結果としてコストが半分になりましたが、動機はそこにありませんでした。
誰も全体像を把握していなかった
新規事業である人材紹介事業のオペレーション再構築を任されたのは、入社してすぐのことでした。
ローンチ直後の事業で、状況は良くありませんでした。タスク漏れによるクレームが多発し、4名の事務メンバーは常に手が回らない。数字は誰も正確に把握していない。「とにかく人が足りない」という話になっていました。
ただ、話を聞いて回るうちに違和感がありました。全員が忙しいのに、誰一人として業務の全体像を説明できなかったのです。自分の担当範囲は答えられる。その前後がどうなっているかは分からない。この時点で、これは人員の問題ではないと判断しました。
640時間
まず、全業務フローを分解しました。誰が、何を、どの順番で、何分かけているか。すべて洗い出して並べたところ、月間640時間分の重複と手戻りが浮かび上がりました。
クレームの原因も見えました。タスクが落ちていたのは、担当者の不注意ではありません。「誰が決めるのか」が定義されていない工程が、いくつも存在していたからです。判断が必要な場面で全員が「誰かがやるだろう」と考えるという構造になっていました。
つまり問題は、頑張りの量ではなく設計にありました。
役割の線を引き直す
RACIを使って、全部署の役割と責任範囲を再定義しました。誰が実行し、誰が最終判断を下し、誰に相談し、誰に共有するか。曖昧さを残さない形で全部に線を引きました。
あわせて、GASとAIによる自動化を新しいフローに組み込み、5部署でバラバラだったデータ定義を統一。経営層向けの戦略判断KPIと、現場マネージャー向けの歩留まりダッシュボードを、階層を分けて構築しました。見るべき数字が立場ごとに違うのに、それまでは同じ表を全員が見ていたからです。
プレイヤーからの反対
設計はできました。しかし、順調には機能しませんでした。
強く反対したのは、事務チームの中核にいたメンバーです。当初は変化への抵抗だと思いました。ただ、話を聞くうちに、まったく違う構造が見えてきました。
旧フローの「無駄」は、無駄ではなく防御でした。
二重チェックも、複数人での確認も、誰かが設計したものではありません。過去にクレームが起きるたび、現場が自衛策として一枚ずつ積み上げてきたものでした。640時間は、失敗の記録そのものだったわけです。それを「無駄」と呼んだ時点で、私は現場が守ってきたものを否定していました。
そして、本当の問題はもう一段深いところにありました。
その人にとって、その業務量こそが自分の存在価値の証明になっていたのです。誰も全体像を把握していない組織では、「その人にしか分からない」ことが、唯一の安全保障として機能します。効率化の提案は、その人にとって仕事を奪う話ではなく、組織内での立場を奪う話として届いていた。
抵抗の正体は、感情ではありませんでした。インセンティブ設計の問題です。属人性が評価される構造がある限り、誰も標準化には協力しません。当たり前のことでした。
ここに気づいてから、進め方を3つ変えました。
① 防御の理由を、設計要件として扱う
チェック工程を削るのをやめました。代わりに、なぜそのチェックが生まれたのかを一件ずつ確認し、自動化で代替できるものと、人が判断すべきものに分けました。削減ではなく、置き換えです。
過去の事故を「非効率の言い訳」として扱うか、「設計に織り込むべき情報」として扱うか。ここで信頼のされ方が変わりました。
② 属人性ではなく、設計に価値が移るようにする
新フローの設計に、最も反対していたそのメンバー自身を巻き込みました。
「あなたしか知らないこと」を、「あなたが作った仕組み」に変換する。 RACIで役割を明示したのは、責任の所在を決めるためだけではありません。誰がどこに貢献しているかを、可視化するためでもありました。
属人性が価値になる構造を、設計への貢献が価値になる構造に置き換える。ここが一番時間をかけた部分です。
③ 決めるべきことは、決めて通す
一方で、すべてを合意で進めたわけではありません。
データ定義の統一は、各部署の希望を聞いていたら絶対にまとまりません。全員にとって都合の良い定義など存在しないからです。ここは議論の対象にせず、決定事項として提示しました。
合意を取るべき論点と、決めて通すべき論点を分ける。この線引きを曖昧にすると、プロジェクトは必ず止まります。 対話は手段であって、目的ではありません。
結果
改修は8ヶ月で完了しました。予定より4ヶ月早く、33%の短縮です。事業部全体の人員コストは約50%削減しました。
そして、コストを削っただけではありません。同じ期間に、人材紹介事業として重要指標の一つである「選考通過率」も上がりました。 事務作業に追われていた時間が、本来やるべき業務に戻ったからです。コストと品質は、設計次第で同時に上げられる。これは実感として残っています。
最も反対していたメンバーは、最終的に新フローの運用の中心になりました。ただし、これは理解してもらえたからではありません。その人が損をしない構造を作ったからです。 ここを取り違えると、次の現場では再現できません。
なぜ人事に戻るのか
この一件で確信したことがあります。
組織で起きる問題の大半は、人の問題ではなく設計の問題です。 誰が決めるかが決まっていない。何が評価されるかが噛み合っていない。だから人は、その構造の中で合理的に振る舞っているだけなのに、非協力的に見える。
ただ、正直に言うと、私が最後まで気にしていたのはコストでも工数でもありませんでした。あの4人が、毎晩残業しなくてよくなること。 それだけでした。
4社を経験して振り返ると、私はずっと同じことをしていました。技術で突出していた訳でも、営業で数字を作った訳でもない。それでもどの職場でも、メンバーが本音を話してくれて、去るときには送り出してもらえた。私が作っていたのは、価値ではなくチームだったのだと思います。
そして今、新しい何かを生み出すことより、社会に必要とされ続ける事業を支えている人たちが、気持ちよく働ける環境をつくることのほうが、はるかに重要な仕事だと感じています。現場で泥臭く売り、作り、管理している人たち。その人たちを一つのチームとして支えたい。
制度は、作るものではなく根付かせるものです。そして根付かせるには、現場の合理性を理解した上で、決めるべきところを決めきる必要がある。構造を設計する力と、人の内側を掴む力。 その両方を、事業側で一度使いました。
次は、会社そのものを対象にやりたいと考えています。これから先の労働人生を、すべてそこに使うつもりです。