IPO準備会社で不足しがちな「内部統制人材」について
IPO準備会社で不足しがちな人材として、前回は「企業会計基準ベースの経理人材」について書きました。
今回は、それと同じくらい重要なテーマとして、内部統制人材の不足について書いてみたいと思います。
IPO準備会社では、事業成長のスピードに対して、経理・会計・内部統制・監査法人対応の体制整備が追いつかないことがあります。
特に内部統制については、IPO準備が本格化してから、監査法人や主幹事証券会社から対応を求められ、急いで整備を進めるケースも少なくありません。
ただし、内部統制は、業務記述書、フローチャート、RCMを作成すれば終わりというものではありません。
むしろ重要なのは、会社の実際の業務に合った形で統制を設計し、日々の業務の中で無理なく運用できる状態にしていくことです。
内部統制は「文書化」だけでは不十分
IPO準備の過程では、販売、購買、在庫、固定資産、決算・財務報告プロセスなどについて、業務フローや統制内容を整理していく必要があります。
このとき、よくある誤解は、内部統制を「3点セットを作る作業」と捉えてしまうことです。
もちろん、業務記述書、フローチャート、RCMは重要です。
しかし、文書を作成しても、それが実際の業務と合っていなければ意味がありません。また、統制が文書上は存在していても、実際に運用されていなければ、内部統制として機能しているとはいえません。
例えば、RCM上は「上長が承認する」と記載されていても、
・何を確認しているのか
・どの資料に基づいて確認しているのか
・いつ確認しているのか
・承認の証跡はどこに残っているのか
・例外処理が発生した場合にどう対応しているのか
が不明確であれば、監査法人に対して十分に説明することは難しくなります。
内部統制は、形式的に文書を整えるだけではなく、会社の業務実態に即して、リスクに対応した統制を設計し、証跡を残し、継続的に運用できる状態にすることが重要です。
IPO準備会社で内部統制人材が不足しやすい理由
未上場企業では、事業を伸ばすことが最優先になります。
営業、開発、採用、資金調達、顧客対応など、成長のために必要な業務が多く、管理部門の体制整備はどうしても後回しになりがちです。
そのため、IPO準備が本格化した段階で、内部統制に関して次のような課題が見えてくることがあります。
・業務フローが文書化されていない
・承認権限が明確でない
・実際の運用と規程が一致していない
・証跡が残っていない
・Excel加工がブラックボックス化している
・担当者の経験則で処理が回っている
・決算時に監査法人から求められる資料をすぐに出せない
・内部統制を理解している人材が社内にいない
これらは、会社が悪いというより、成長フェーズの会社では自然に起こりやすい課題だと感じています。
ただし、IPOを目指す段階では、これらをそのままにしておくことはできません。
上場会社として、決算数値を適時・正確に作成し、重要な虚偽表示リスクを低減し、取締役会や監査法人に説明できる管理体制を整えていく必要があります。
実務事例:承認フローはあるが、証跡が残っていないケース
IPO準備の現場では、業務自体は一定程度回っていても、内部統制として見ると整理が必要になるケースがあります。
例えば、ある会社では、販売プロセスについて上長承認の流れ自体は存在していました。
担当者が見積書を作成し、上長に確認を取り、顧客へ提出する。受注後は請求書を発行し、入金確認まで行う。実務としては大きな問題なく回っているように見えていました。
しかし、内部統制の観点で確認すると、上長が何を確認していたのか、どの資料を基に承認していたのか、承認の証跡がどこに残っているのかが明確ではありませんでした。
口頭で確認していたり、チャット上でやり取りしていたり、担当者の判断で処理が進んでいたりする部分があり、後から第三者が見たときに、統制が実際に運用されていたことを説明しにくい状態でした。
このような場合、単に「承認フローがあります」と説明するだけでは不十分です。
IPO準備の段階では、
・承認者は誰か
・承認の対象は何か
・金額基準や例外処理はあるか
・承認時に確認すべき資料は何か
・承認証跡はどこに残すか
・月次決算や監査法人対応時に確認できる形になっているか
まで整理する必要があります。
実務上は問題なく回っているように見える業務でも、IPO準備の段階では、「第三者に説明できる状態」まで引き上げる必要があります。
ここに、内部統制整備の難しさがあります。
内部統制人材に求められるもの
内部統制人材に求められるのは、J-SOXや内部統制報告制度の知識だけではありません。
会社の業務実態を理解し、どこにリスクがあるのかを把握し、そのリスクに対してどのような統制を設計すべきかを考える力が必要です。
また、統制を設計するだけでなく、現場で運用できる形に落とし込むことも重要です。
例えば、販売プロセスであれば、受注、出荷、検収、請求、入金、売上計上の流れを理解する必要があります。
購買プロセスであれば、発注、納品、検収、請求書受領、支払、仕入計上の流れを理解する必要があります。
在庫プロセスであれば、入庫、出庫、棚卸、在庫評価、滞留品管理、廃棄処理などを理解する必要があります。
決算・財務報告プロセスであれば、月次決算、四半期決算、税効果、引当金、減損、関連当事者取引、開示資料作成などの流れを理解する必要があります。
内部統制は、会計、業務、システム、現場運用がつながる領域です。
そのため、単に文書を作るだけではなく、会社の業務を理解し、監査法人に説明可能な水準まで整理できる人材が必要になります。
会社側と監査法人側の双方の目線
私自身、事業会社で経理実務を経験した後、監査法人で上場会社監査・IPO監査に関与してきました。
会社側では、日々の業務を止めずに、請求、支払、月次決算、社内調整、監査法人対応を進めていく必要があります。
一方で、監査法人側では、重要な虚偽表示リスクに対して、どのような統制が設計され、実際に運用され、その証跡が残っているかを確認します。
同じ業務プロセスを見ていても、会社側と監査法人側では、重視するポイントが異なることがあります。
会社側では「実務として問題なく回っているか」が重視されます。一方で、監査法人側では「リスクに対応した統制があり、第三者に説明できる証跡があるか」が重視されます。
IPO準備会社では、このギャップを埋めることが重要です。
そのためには、会社の実務を理解したうえで、監査法人が確認するポイントも踏まえ、内部統制を現実的に設計していく必要があります。
外部専門家を活用する意味
内部統制に詳しい人材を社内で採用できれば理想的です。
しかし、IPO準備会社にとって、J-SOX、内部統制、監査法人対応、決算プロセスまで理解している人材を採用することは簡単ではありません。
そのため、必要に応じて外部専門家を活用することも有効です。
外部専門家が関与することで、例えば以下のような支援が可能になります。
・業務フローの整理
・リスクと統制の洗い出し
・RCM、業務記述書、フローチャートの作成支援
・実際の業務と文書の整合性確認
・証跡設計
・決算・財務報告プロセスの整備
・監査法人対応資料の整理
・運用可能な内部統制への落とし込み
重要なのは、会社に合わない過度に立派な仕組みを作ることではありません。
会社の規模、業務内容、人員体制、システム環境を踏まえたうえで、上場会社として求められる水準に近づけていくことです。
内部統制は、会社の成長を止めるためのものではありません。
むしろ、上場後も継続して成長していくために、業務の再現性を高め、決算数値の信頼性を高め、経営判断を支えるための基盤です。
IPO準備、内部統制整備、J-SOX対応、決算・監査法人対応、会計制度構築などでお困りのことがございましたら、壁打ちベースでもお気軽にご相談ください。