前回は、IPO準備会社で不足しがちな「内部統制人材」について書きました。
今回は、その延長線上にある課題として、監査法人対応の難しさについて書いてみたいと思います。
IPO準備が本格化すると、監査法人から多くの質問や資料依頼が届くようになります。
経営者や管理部門の方からすると、
「なぜ、ここまで細かい資料が必要なのか」
「会計処理の結論は合っているのに、なぜ追加説明が必要なのか」
「これまで問題にならなかった処理が、なぜIPO準備では論点になるのか」
と感じることもあると思います。
しかし、監査法人が確認しているのは、会計処理の結論だけではありません。
その結論に至った判断過程、根拠となる契約書やデータ、社内の承認状況、今後も同じ処理を継続できる仕組みまで含めて確認しています。
ここが、IPO準備会社における監査法人対応の難しいところです。
監査法人対応は「質問に回答する作業」ではない
監査法人から質問が届くと、会社側はまず、その質問に回答することを考えます。
もちろん、質問に対して適切に回答することは必要です。
しかし、IPO準備における監査法人対応では、単発の回答だけでは十分でないことがあります。
例えば、売上認識について質問された場合、監査法人が確認したいのは、単に「いつ売上を計上したか」だけではありません。
- どのような契約条件に基づいているのか
- 会社がどの時点で義務を果たしたと判断しているのか
- その判断を裏付ける証憑は何か
- 例外的な取引をどのように処理しているのか
- 同様の取引に対して一貫した処理が行われているのか
といった点まで確認します。
会社が「これまでも、このタイミングで売上を計上してきました」と回答しても、それだけでは監査法人にとって十分な説明にならない場合があります。
必要なのは、会社としての考え方を整理し、第三者が読んでも判断過程を理解できる形にすることです。
会計基準の高度化により、会社側の判断が求められる
IPO準備会社では、税務申告を中心とした決算から、企業会計基準に基づく決算へ移行していくことになります。
その過程では、単に仕訳を修正すれば終わるわけではありません。
売上認識、棚卸資産、固定資産、ソフトウェア、引当金、減損、税効果会計、ストック・オプション、関連当事者取引など、さまざまな会計論点について、会社として判断する必要があります。
会計基準には原則や考え方が示されていますが、個々の会社の取引に対する答えが、そのまま書かれているとは限りません。
契約内容、取引実態、事業モデル、社内の業務フロー、利用可能なデータなどを踏まえ、会社自身が適切な処理を検討する必要があります。
監査法人は、その会社の判断が企業会計基準に照らして合理的か、根拠資料によって裏付けられているかを確認します。
つまり、監査法人が会社に代わって会計処理を決めてくれるわけではありません。
会計処理の主体は、あくまで会社です。
会社が自ら会計方針を定め、取引実態に基づいて判断し、その判断根拠を監査法人に説明できる状態にしておく必要があります。
ポジションペーパーが求められる理由
判断を伴う重要な会計論点については、監査法人から、判断メモやポジションペーパーの作成を求められることがあります。
ポジションペーパーという言葉だけを聞くと、難しい専門文書のように感じられるかもしれません。
しかし、本質はそれほど複雑ではありません。
会社が、
- どのような取引を行っているのか
- 何が会計上の論点になるのか
- どの会計基準を参照したのか
- 会社としてどのように判断したのか
- 判断の根拠となる事実や資料は何か
- 財務諸表にどのような影響があるのか
を整理したものです。
重要なのは、会計基準の文章を長く引用することではありません。
会社の取引実態と会計基準を結び付け、なぜその結論になるのかを説明することです。
また、ポジションペーパーは、監査法人へ提出するためだけの資料ではありません。
会社内部で判断過程を共有し、翌期以降も同じ基準で会計処理を行うための記録としても機能します。
担当者が変わった場合でも、過去にどのような検討を行い、なぜその結論に至ったのかを確認できる状態にしておくことが重要です。
監査法人とのやり取りが長期化する原因
監査法人とのやり取りが長期化する背景には、監査法人からの質問が多いことだけでなく、会社側の回答体制が整っていないこともあります。
例えば、次のような状態です。
- 回答担当者が明確になっていない
- 質問の意図を十分に理解しないまま回答している
- 結論だけを伝え、判断根拠が整理されていない
- 契約書や証憑が複数の部署に分散している
- 前回の回答内容が文書として残っていない
- 監査法人への回答と実際の社内運用が一致していない
- 同じ質問に毎期対応している
こうした状態では、一度回答しても追加質問が発生し、対応が何度も往復することになります。
例えば、監査法人から売上認識について質問を受けた際、経理部門だけでは契約条件や実際のサービス提供状況が分からないことがあります。
その場合、営業部門、事業部門、法務部門などへ確認し、必要な資料を集めなければなりません。
しかし、誰が回答を取りまとめるのか、どの資料を正とするのかが決まっていなければ、確認に時間がかかります。
結果として、経理部門だけでなく、営業、開発、法務、事業部門、経営陣まで巻き込んだ対応となり、会社全体の負荷が高まります。
監査法人対応を円滑に進めるためには、会計知識だけではなく、社内の情報収集や部門間連携の仕組みも必要です。
監査法人対応を属人化させない
監査法人対応が、特定の経理担当者だけに集中している会社もあります。
その担当者が過去の経緯や監査法人とのやり取りをすべて把握しているため、日常的には問題なく対応できているように見えます。
しかし、その担当者が退職したり、業務が集中して対応できなくなったりすると、過去の判断経緯が分からなくなる可能性があります。
IPO準備会社では、監査法人対応も会社の業務プロセスの一つとして整備する必要があります。
例えば、
- 監査法人からの依頼事項を一覧で管理する
- 回答担当者と提出期限を明確にする
- 重要な会計論点は判断メモとして残す
- 提出資料と回答内容を一元管理する
- 翌期も使用する資料は更新手順を決める
- 経理責任者やCFOが重要論点をレビューする
といった仕組みが考えられます。
また、監査法人から求められた資料を、その都度ゼロから作成していると、毎期同じ作業が発生します。
一度作成した資料については、翌期以降も更新して使用できるよう、作成目的、データの取得元、更新方法、レビュー方法を整理しておくことが重要です。
監査法人対応を一人の経験や記憶に依存させず、会社として再現できる状態にする必要があります。
監査法人から求められる資料には理由がある
会社側から見ると、監査法人から求められる資料の中には、
「なぜ、この資料まで必要なのか」
「そこまで細かく確認する必要があるのか」
と感じるものもあると思います。
ただ、監査法人は、監査意見を表明するために、十分かつ適切な監査証拠を入手する必要があります。
そのため、会社の説明だけでなく、契約書、請求書、検収書、システムデータ、社内承認の証跡など、客観的に確認できる資料が求められます。
また、会社が作成したExcelや集計表についても、その数字がどのシステムから取得され、どのような加工を経て作成されたのかが確認されることがあります。
会社側では日常的に使用している資料であっても、監査法人側から見ると、
- 元データは網羅的か
- 抽出条件は適切か
- 加工過程で誤りが生じていないか
- 作成者以外がレビューしているか
- 会計帳簿と整合しているか
といった確認が必要になります。
資料の作成自体よりも、数字の作成過程や信頼性を説明することに時間がかかるケースもあります。
会社側と監査法人側では、見ているポイントが異なる
私自身、事業会社で経理実務を経験した後、監査法人で上場会社監査・IPO監査に従事してきました。
会社側では、限られた人員と時間の中で、日々の業務や月次決算を止めずに進める必要があります。
一方、監査法人側では、会計処理の妥当性だけでなく、判断根拠、証憑、内部統制、監査調書への記録、審査への説明まで意識する必要があります。
同じ会計論点を見ていても、両者が重視しているポイントは必ずしも同じではありません。
会社側にとっては、「実務上問題なく処理できていること」が重要です。
監査法人側にとっては、「その処理が会計基準上妥当であり、十分な証拠によって第三者に説明できること」が重要です。
監査法人から細かな資料や説明を求められた際に、会社側が「結論は合っているのだから問題ない」と感じることがあります。
一方、監査法人側は、「その結論をどのような事実と証拠に基づいて判断したのか」を確認する必要があります。
監査法人対応を円滑に進めるためには、この双方の視点を踏まえて、会社の実務を説明可能な形に整理することが重要です。
外部専門家を活用する意味
監査法人対応に必要な人材を、すべて社内で確保できれば理想的です。
しかし、IPO準備会社にとって、企業会計基準、監査法人対応、決算実務、内部統制のすべてを理解した人材を採用することは簡単ではありません。
そのため、重要な会計論点が発生した場合や、監査法人とのやり取りが長期化している場合には、外部専門家を活用することも選択肢になります。
外部専門家が関与することで、例えば次のような支援が可能になります。
- 監査法人からの質問内容や意図の整理
- 会計論点の洗い出し
- 必要な事実関係や資料の特定
- 判断メモ・ポジションペーパーの作成支援
- 監査法人への説明資料の整理
- 社内の会計方針や運用ルールへの落とし込み
- 翌期以降も継続できる対応プロセスの整備
重要なのは、監査法人を説得するためだけの資料を作ることではありません。
会社自身が取引内容と判断根拠を理解し、今後も継続して適切な決算を行える状態にすることです。
また、監査法人からの質問に回答するだけでなく、その背景にある会社の会計方針、業務フロー、証憑管理、内部統制まで整理することで、翌期以降の対応負担を減らすことができます。
監査法人対応は、IPO準備のためだけに行う一時的な作業ではありません。
上場後も継続して、適時・正確な決算と開示を行うための体制づくりにつながるものです。
IPO準備、会計論点整理、ポジションペーパー作成、決算・監査法人対応、内部統制整備などでお困りのことがございましたら、壁打ちベースでもお気軽にご相談ください。