大学で地域振興や第一次産業を考える際、アイデアとしてよく挙げられるのが「6次産業化」や「有機(オーガニック)」というキーワードだ。
農林漁業者が生産(1次)だけでなく、加工(2次)、販売・サービス(3次)までを一貫して行うことで付加価値をつけ、利益を生み出す。教科書の上では理想的なモデルとして語られることが多いが、その実態はどうなっているのか。
その現場の手触りを確かめるため、私は北海道興部町にあるノースプレインファームで1ヶ月間住み込みで働いた。同社は自社一貫で農場、乳製品製造プラント、直営レストランを運営し、有機酪農の先駆的なモデルとして知られている。
実際にプラントと農場の両方に身を置き、手を動かしながら見えてきた商売と労働のリアルを記録しておきたい。
1. プラント現場で痛感した「6次産業化」のリアル
ノースプレインファームでは、牛を飼って乳を搾り、生乳から牛乳、チーズやバターをつくり、梱包して販売までを行う。
現場に入って最も大変さを実感したのは、乳製品を製造するプラントでの業務だった。仕事の量が単純に多いというより、こなすべきタスクの幅が極めて広い。
食品製造工場であるため衛生管理への徹底は必須であり、それに加えて日々の梱包作業が重なる。一つ一つの作業は、製品表示のシール貼りや出荷用段ボールの組み立てなど、地味で膨大な手作業の連続だ。限られた人数で製造ラインと衛生を維持する過酷さを前に、「この作業は外注した方が早く、製品づくりに集中できるのではないか」という考えが頭をよぎった。
その考えの延長線上にあるのが、現代社会における「分業化」の仕組みだ。
6次産業化は、分業化が進んだ現代における一つのカウンター(対抗軸)だと言える。生産から販売までをすべて自前で抱え込むこと自体は目的ではなく、あくまで手段に過ぎない。企業がどこまでバランスを取り、自前でやる部分を付加価値に変えられるかが肝なのだと実感した。
同社は「牛1頭で酪農が成り立つべきだ」という哲学を掲げている。従業員数約40人に対して、飼育している牛の数も約40頭。少ない頭数に徹底して付加価値をつけることで、従業員とその家族の暮らしを支え、環境負荷を抑えながら持続可能な酪農を実現している。単なる経済活動を超えた視野を持ってこそ成り立つモデルだと痛感した。
2. 牛飼いの朝と、均一化できない労働のあり方
農場での労働環境も、都市部の常識とは全く異なっていた。
朝5時に始まり、終わるのは18時半。拘束時間は13時間半におよぶが、そのうち休憩が5時間半ある。 朝5時から7時まで働き、2時間半休憩。9時半から11時半まで働き、3時間休憩。14時半から18時半まで働いて、実労働時間はきっちり8時間。
なぜこのような変則的なシフトになるのかと言えば、牛の生活リズムに合わせているからだ。人間の都合で作られた「8時から17時まで」という枠組みでは牛は生きていけない。餌やりや搾乳、掃除のタイミングを生き物の都合に合わせると、自然とこの働き方になる。
社会全体では8時間労働や完全週休二日制が正義とされるが、それが全ての現場に当てはまるわけではない。乳牛は毎日乳を搾らなければ病気になってしまうため、本来の酪農において牛を飼うことは「牛と暮らすこと」そのものだ。
一つの固定化された価値観ですべてを均一化しようとすると、社会の食を支える現場に歪みが生まれてしまう。現場のリズムに触れたことで、画一的なルールでは測れない労働の多様性を深く考えさせられた。
3. 有機(オーガニック)という価値の本質
同社は飼料から製品に至るまで有機にこだわり、有機JAS認証を取得している。現場で働く中で、「有機の価値とは何か」という問いにも向き合った。
世間一般では「有機=健康に良い、栄養価が高い」というイメージを持たれがちだが、厳格な基準で農薬や肥料が管理されている日本の流通において、栄養価や安全性に劇的な差があるわけではない。
ではなぜ、有機製品は倍近い価格になるのか。
有機の本質は、単なる機能性ではなく「その思想や製造プロセスへの投資」にある。化学的な農薬や肥料に頼らず、土地を痩せさせない方法で家畜や環境の健康を保つこと。その手間と環境負荷の低減に対して、納得して対価を支払えるかどうかの価値観なのだと腑に落ちた。
だからこそ、「すべてを有機にすべきだ」という極論も、「有機は意味がない」という否定もどちらも違う。価格の高い有機製品を日常的に買える層は限られており、消費者の生活実態を無視して理想だけを押し通すことはできない。社会、経済、環境のバランスをどこで取るべきかという、経営のシビアな均衡点を考えさせられた。
4. 現場を動かしているのは「人」の誇り
プラントや牛舎、直営店で多様なスタッフと対話する中で、最終的に行き着いたのは「現場を支える人の熱量と誇り」だった。
牛とどう接するか、どんな熱意で乳製品を加工するか、どんな誇りを持ってお客さんの前に立つか。一人ひとりの現場に対する姿勢が、最終的な製品の品質とブランドの信頼に直結している。
おわりに
机の上で理論を学んでいるだけでは見えてこない、現場の地味な作業の重み、生き物のリズムに合わせた労働のあり方、そして理念と価格のせめぎ合い。
教科書の言葉を鵜呑みにせず、現場のリアリティに飛び込んで手触り感のある一次情報を掴み取ることの重要性を、オホーツクの風の中で学んだ1ヶ月だった。