20歳で戦力外通告。若くして地獄を経験したお話。
プロ野球の舞台は、華やかな面ばかりではない。今日は、そんな裏側をお話していこう。
私が、入団したの18歳だった。当時、社会人ばかりでその年は、育成で2名のみ高卒だった。
『やってやる!』『頑張るぞ!』と言う気持ちとは逆に厳しい上下社会が待っていた。
入団からすぐに、沖縄キャンプが始まる。誰よりも朝早く起きて、先輩方のランドリーがホテルのメインフロアに届く為、それらを全て、先輩方の部屋の前に持っていく。
そして誰よりも早く朝食を済ませ、ドリンクの準備や雑務をこなし、年下の仕事が山ほどあった。
練習終わりも、最後まで残り、トレーニングルームの掃除(沖縄キャンプ時)など
高卒でドラフト1位であれば若干は緩和されるが、育成となるとマイナスからスタート。小さなところからアピールが大事だった。だがしかし、正直なところ、こんなことプロ野球選手にもなってなぜしなければならないのか。これが部活ならわかる。今は仕事でやっている。正直、意味不明だった。
戦力外通告は本当に一瞬。
シーズンが終わり、秋季キャンプが始まる。それぐらいに、トレーニングルームでマネージャーから、『明日、スーツ着て中日ビルへ』これが戦力外の合図となる。
ほんとに悔しかった。それは、自分が周り(先輩)の目ばかりを気にし過ぎた点と、『自分』が出せなかった自身への怒りに近いものだった。
とは言え、本当に素晴らしい経験をさせてもらった。
プロ野球上がりでも素晴らしい人間になり、今現役でプレーしている選手のセカンドキャリアの見本となり、安心して今はプレーを、セカンドキャリアでは自分がいるから安心だ。そんな材料になれたらと思っている。そしてそれが私の『野球』への恩返しだ。