履歴書には、学歴を書く欄があります。
プロフィールには、所属を書く欄があります。
SNSには、短い自己紹介を書く欄があります。
どれも大切な入口で、実際、私も埋めてきました。
けれど、埋め終わっても残る問いがあります。
この人は、なぜその順番で選び、それらはどこでつながっているのか。
私の主な経歴を箇条書きにすると、こうなります。
- 現在はダイキン工業のDX推進部で働いている
- 早稲田大学で社会科学を専攻し、ドイツのマンハイム大学に1年間交換留学した
- 高校時代、ビジネスコンテストの東京都大会で準優勝した
- 有吉佐和子文学賞と「働くってなんだろう」エッセイコンテストで賞をいただいた
- 早稲田大学・野口智雄ゼミのマーケティング戦略コンペティションで最優秀賞を受賞した
- 欧州滞在中、ポーカーを「不完全情報下の意思決定」を考える実践の場とし、26セッション・175時間52分にわたり取り組んだ
こうして並べると、一見、それぞれが別々の経験に見えるかもしれません。
けれど、私の中ではそれほど離れていません。
社会や人の行動を読み、複雑なものをときほぐし、自分なりの形で他者に差し出す。社会科学でも、文学でも、事業提案でも、ポーカーでも、繰り返してきたのは同じことでした。
読む。ときほぐす。ものがたる。
振り返ってみると、私はずっと、目の前の複雑さに筋道を与えることをしてきたのだと思います。
問題は、その「経験と経験の間隙にあるもの」を、どう見せるかでした。
誰に見てもらうのか。
何を伝えるのか。
何を残し、何を削るのか。
見終えた人に、何を持ち帰ってもらうのか。
既存のプロフィールを置き換えるのではなく、その奥にある自分なりの文脈まで編集して見せる場所を、自分で作ってみることにしました。
“Je suis moy-mesmes la matiere de mon livre.”
「わたし自身が、わたしの本の題材なのだ。」
— モンテーニュ『エセー』「読者に」(宮下志朗訳)
自分自身を、ひとつのプロダクトとして設計してみる。
そうして作り始めたのが、個人ポートフォリオサイト kenharima.com です。
そして制作を続ける中で、一度作ったもの、さらには一度公開したものまで、あとから削ることになりました。
その話は、後ほど書きます。
「載せられるもの」ではなく、「覚えて帰ってもらうもの」から逆算する
制作を始めた当初は、とにかく足していました。
経歴、資格、受賞歴、プロジェクト、文章、写真、アニメーション。
せっかく自分のサイトを持つのだから、できるだけ多くのものを見せたい。
ところが、作り込むほど妙なことが起きました。
情報は増えているのに、自分が何者なのかは、かえって分かりにくくなっていく。
そこで、基準を入れ替えました。
「何を載せられるか」ではなく、
「このサイトを数分見た人に、何を覚えて帰ってほしいか」
から考えることにしました。
想定する読者も、一人まで絞りました。
私と一緒に仕事をするかどうかを判断する人です。
その人が知りたいのは、私がやってきたことの一覧だけではないはずです。
むしろ、
「この人には、何を任せられるのか」
ということだと思いました。
その結果、現在のサイトでは、
「読む。ときほぐす。ものがたる。」
という一行を軸に、社会科学、哲学、事業戦略、執筆、そして不完全情報下での意思決定の実践を、ひとつの文脈として読めるように構成しています。
Webサイトを作るというより、情報を編集する作業でした。
何を足すか以上に、何を削るか。
どの順番で読ませるか。
一つひとつの情報が、全体の中でどんな役割を持つのか。
実装より前に考えることの方が、ずっと多かったように思います。
AIに「作ってもらう」のではなく、AIと作る
このサイトの実装には、生成AIをかなり活用しています。
ただ、私自身が面白いと感じたのは、AIがコードを書けることそのものではありませんでした。
面白かったのは、むしろ当たり前の方です。
曖昧な要求を出せば、曖昧なものが返ってくる。
「Appleっぽくデザインしてほしい」
「高級感を出してほしい」
とだけ伝えても、返ってくるのは表面的な装飾になりがちです。
必要だったのは、自分の意図を仕様として緻密に言語化することでした。
曖昧さを、曖昧なまま残さない。
PCではこの配置にする。
スマートフォンでは、この位置で改行する。
アニメーションは残すが、初期表示速度は犠牲にしない。
ダークモードでもコントラストを崩さない。
指定した要素以外のレイアウトには触れない。
AIが実装し、私がブラウザで確認する。
違和感を見つける。
原因を切り分ける。
要件を書き直す。
もう一度実装する。
その反復を続けました。
多言語切り替えや表示速度の最適化も、AIとの対話を重ねながら実装しました。PC、スマートフォン、タブレットで実際に表示を確認し、不自然な改行や配置が生じれば、その都度調整しました。
単に「動けばよい」のではなく、
誰が、どんな環境で見るのかまで含めて仕様を決める。
そう考えるようになりました。
この制作を通じて鍛えられたのは、プログラミングの技術以上に、曖昧なイメージを要件に変換する力だったと思っています。
頭の中にある「なんとなくこうしたい」を、そのままAIに渡しても、良いものはできません。
何が問題なのか。
理想状態はどこにあるのか。
何を変えてよくて、何を変えてはいけないのか。
そこまで言葉にして初めて、実装可能な仕様になります。
これは、Web制作だけの話ではありません。要件定義や、DXの現場で曖昧な課題を構造化する仕事とも、そのまま地続きだと思っています。
公開したものも、あとから捨てた
制作を続ける中で、一度作ったもの、さらには一度公開したものまで、いくつか削りました。
その一つが、問い合わせフォームです。
当初は独立したContactページを設け、Formspreeという外部サービスを利用して、サイト上から直接メッセージを送れる仕組みを実装していました。
さらに、個人情報の扱いを明示するためのプライバシーポリシーまで用意していました。信頼してもらうために、必要だと思うものを一つずつ足していったのです。
kenharima.com 2026年8月中旬まで実際に公開していたContactページ。
機能としては、問題なく動いていました。
実際に、その状態で公開もしていました。
けれど、使う側の立場からあらためて考えると、疑問が残りました。
採用担当者や仕事で連絡をくださる方にとって、本当にフォームの方が便利なのだろうか。
メールなら、使い慣れたメールソフトから送れる。
送信履歴が手元に残る。
資料も添付できる。
どこへ送られたのかも明確です。
少なくとも、このサイトの用途では、フォームを残す理由が見つかりませんでした。
結果として、Contactフォームを廃止しました。
現在は、連絡先として hello.kenharima@outlook.com を直接掲載しています。
ただ、削ったのは機能だけではありません。
制作の途中では、Big Five系の尺度やCVQ(Calling and Vocation Questionnaire)などを用いた自己分析結果をまとめたページも作っていました。
自分がどのような性格特性や価値観を持っているのかを、主観的な自己紹介だけではなく、心理尺度という別の角度からも知ってもらおうと考えたためです。
項目を整理し、結果を可視化し、自分なりの解釈まで加えました。
kenharima.com 制作初期に公開していた、心理尺度による自己分析ページ。
けれど、こちらも作り込むほど、次第に違和感が大きくなりました。
情報としては増えている。
けれど、それは本当に、このサイトを訪れた人が知りたいことなのだろうか。
むしろ、
「自分がどんな人間なのか」を説明しようとしすぎることで、かえって人物像がぼやけているのではないか。
そう考えて、このページも削りました。
自分で作ったものを消すのは、正直、惜しいです。
時間もかかっていますし、せっかく動いているもの、せっかく整理した情報を、わざわざ捨てる必要があるのかとも思いました。
けれど、この過程ではっきりしたことがあります。
「作れること」と「作るべきこと」は、まったく別の問題だ。
そして、もう一つ。
「伝えられること」と「伝えるべきこと」も、同じではない。
作ったことそのものを成果にしてしまえば、使う人より、作った側の都合が優先される。
説明できることをすべて説明してしまえば、読む人より、説明する側の都合が優先される。
自分を知ってもらうためのサイトだからこそ、
何を見せるかだけではなく、何を見せないかまで設計する。
「完成」ではなく、仮説の現在地
kenharima.com は、完成品ではありません。
いや、おそらく私が生きている限り、「完成」することはないでしょう。
PC、スマートフォン、タブレットで実際に開き、文章を変え、写真を差し替え、余白を数ピクセル動かし、ときにはセクションそのものを削る。
一度決めたものでも、より良い方法が見つかれば変える。
その意味で、このサイトはポートフォリオであると同時に、いまも動いている小さなプロダクトです。
AIによって、個人が「作る」ことのハードルは急速に下がりました。
コードを書けなくても、以前なら形にできなかったものを、驚くほど短い時間で実装できるようになっています。
だからこそ、これから重要になるのは、作る技術だけではないはずです。
何を作るのか。
なぜ作るのか。
誰のために作るのか。
そして、何を作らないのか。
私自身も、まだその途中です。
この制作で得たのは、AIでWebサイトを作った経験だけではありません。曖昧な構想を仕様にし、実装し、検証し、ときには捨てるところまで、自分で意思決定を繰り返した経験でした。
そして、このサイト自体が、
「私は何ができる人なのか」
を説明する文章であると同時に、
それを実際に作ってみせた成果物でもあります。
実物は、こちらです。
サイトはいまも書き換えています。
違和感を見つけたら、それこそ教えてください。
2026年8月、大阪にて。
本稿は、2026年8月時点の kenharima.com について記したものです。